お父様、覚悟を決めてください
「その村長さんのご子息はまだ領地の村にいらっしゃるの?」
「おそらくは……私は会ったことがないので分かりませんが。というのも、実はその頃とは村長が違うのですよ。少なくとも私がここに勤める前から新しい村長が就任しておりました。前の村長の息子とジェシカ様の話も村民から又聞きしたものですし……、気まずいのでわざわざ前の村長親子と関わることを避けておりました」
「そうなのね……。ちなみにジェシカさんの家族はその村にいるの? 娘が村長の息子との婚約を蹴ったのなら、そのままそこで生活するのは気まずそうね」
「いえ、ジェシカ様のご家族はとっくに村を出ているそうです。そんなことがあってそのまま住み続けることは出来ないと」
「それはそうでしょうね。ということはジェシカさんはここ以外帰る場所がないということね? 退去命令が出たら彼女はどうするのかしら……」
まあ大人だからどうにかするでしょう、とこぼすアリッサ。
その顔はジェシカの行く末を心配しているというよりも、ただ単に疑問に思っただけのように見える。特に思い入れの無い相手がどうなろうと気にならないといった冷徹さを感じさせたが、それは家令にとって有難いことだった。
彼女が情に厚く正義感の強い性格であったなら、家令の悪事を見逃すことなくその罪は裁かれるべきだと王宮の騎士団に突き出していただろう。それは正しい。正しいのだが家令にとってそれは破滅を意味する。
この方がそういったことに無関心で、且つ借りを受けたら返そうという誠実さがあったおかげで助かった。もっといえば彼女がこの邸を訪れた際、主人の命令に従って彼女を冷遇しないで本当によかった。本当はただ主人より彼女の方が怖かったから強い方についたというだけなのだが、その選択が正しかったと過去の自分を褒め称えたいほどだ。
「あの……私は逃げれば罪に問われないでしょうか? お聞きする限り、先ほどの件は横領とは比較にならないほどの罪かと……。知らなかったとはいえ、領地を視察していたのは私です。となると私も共犯者として罪に問われるのでは……」
「領地の責任者は領主よ。罪に問われるのは領主だけだから安心なさい。まあ、あの侯爵様が責任を貴方に擦り付けようとするだろうけど、貴方に累が及ばぬよう私の方で手を回しておくから心配しなくていいわ」
「え? 手を回すって……お嬢様にそのような事が可能なのですか? お嬢様……貴女、いえ、貴女様はいったい……」
王宮の捜査に手を回すほどの権力がただの子爵令嬢にあるとは思えない。
堂々とした立ち振る舞いといい、身分が上である侯爵に対しても物怖じするどころか圧倒させてしまうほどの気迫。実はもっと高位な身分の方なのではないだろうか……。
その問いにアリッサは答えず、ただ微笑んだ。
彼女の何の悪意も含んでいない純粋な笑みは初めて見た。
そして改めて思う。この方はこんなにも美しかったのだと。
「もう一度言うけど、貴方には何の恨みもないわ。でも、王家と侯爵様は嫌い。安全圏から下の者に理不尽を強いて、何の罪悪感も持たない彼等が嫌い。二度と理不尽なことが出来ないくらい、落ちぶれたらいいんだわ」
悪意あった……!
ああ、この方は理不尽を強いられることも、強いてくる奴のことも許せないのだな。まあ誰だって許せないが、この方にはそれをどうにか出来るほどの何かがある。
つくづくこの方に理不尽な態度をとらなくてよかった……。
もしとっていたなら今頃自分も報復されていたに違いない。
「お嬢様、このような私にご恩情を与えてくださりありがとうございます。選定期間の最後の日までお世話すること叶わず申し訳ございません」
家令は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。
それに対しアリッサは「いいのよ、元気でね」と温かい言葉をかけた。
この日を最後に屋敷から家令の姿が忽然と消えた。
しかし侯爵はその行方を気遣うことすらなく、家令がいなくなって不便になったことばかりを喚き散らしていた。
*
アリッサはずっと怒っていた。
十人中十人が理不尽だと思うような王命に抗うことなく受け入れる父親に。
私怨を会ったことも無い自分にぶつけ、不幸を願ってくるヘブンズ伯爵に。
国益と全く関係の無い婚約を王命まで使って強制させようとする国王に。
全員自分がそういう目に遭うわけではないからと、他人事として理不尽を押し付けてくる。自分よりも身分や立場の低いアリッサならば言う事を聞くだろうと権力を行使する。
その傲慢さに、こちらへの配慮の無さに、大義の無い言い分に腹が立って仕方がない。
こちらを理不尽な目に遭わせるつもりなら、自分達だって理不尽な目に遭えばいい。むしろそういう覚悟も無いのに相手にだけそれを求めるなど笑止千万だ。
だから父親には王命まで行使して強制的に女装させ、人前に出させるという理不尽な辱めを受けさせた。父親に関してはこれで許そう。残るはヘブンズ伯爵と国王だ。
バーティ侯爵に関しては、彼が常識的な対応をとってくれていたなら何もする気はなかった。婚約はしないまでも、そのままそっとしておくつもりだった。
だが蓋を開けてみればヘブンズ伯爵と共犯だったそうなので、こちらも相応の対応をさせて頂くことに決めた。それでなくとも恋人がいるのに色目を使ってきて気色悪いったらない。そもそも恋人がいるのに他の女に心を移しそうになる男なぞ屑だ。不誠実の塊だ。それだけでも許せない。
ただ、こちらは特に策を弄せずとも破滅の道を自ら突き進んでいる。
むしろよく今まで露見しなかったものだと感心してしまう。国王の真の目的を調べる為、そして交渉の材料となるかもしれないと始めたバーティ侯爵家の調査で、ここまでの事案が見つかるとは流石のアリッサも想像すらしていなかった。
この情報を母親経由で祖父へと伝達し、あちらも独自調査が終わったようで早々に王宮へと乗り込むとの報せが届いたときは笑いが止まらなかった。
これでやっと、あの無意識に傲慢な王と見当違いの恨みを向けるヘブンズ伯爵に思い知らせてやれる。自分達がいつまでも安全圏にいると思うのは幻想だと。
自分達を超える権力が現れたらあっという間に格下の存在に陥るのだと、その身をもって知ってもらおう。
「アリッサ……その顔怖いんだが……」
「あら、ごめんあそばせ。お祖父様達が王宮へと向かったと聞いて嬉しくてつい……」
「えっ……!? ち、義父上が王宮に……?」
娘の仄暗い笑みを見てしまった子爵が恐る恐る声をかけると耳を疑うような答えが返ってきた。
「何を驚いていらっしゃるの? 以後はお祖父様にお頼みすると申し上げたではありませんか」
「そ、それは……そうだが、まさか本当に実行に移すとは……」
父親のぬるい考えにアリッサは分かりやすくため息をつく。
そういう貴族にあるまじき甘っちょろい思考が今回の事態を招いた原因だろうと。
「こうでもしないと国の最高権力者に歯向かう真似なんて出来ないでしょう? 権力には権力をぶつけませんとお話になりませんわ」
「そうだけど流石に国際問題とか色々……って、ちょっと待て、先ほど『お祖父様達』と言ったか? え? 義父上以外にも誰か来るのか……!?」
「お父様、『来る』ではなく『来ている』です。おそらく既にお祖父様達は王宮で国王陛下に謁見している最中かと」
「え? え? 義父上が既にこの国に? しかも王宮で国王陛下に謁見しているだと!?」
「ええ、その場に同席できないことが残念でなりませんわ」
「そんな修羅場に同席したいって……お前正気か!? 私なんて想像するだけで嘔吐しそうなのに……。それにいったい誰が義父上に随行しているんだ? ドミニク公子あたりか?」
「さあ? 多分そうでしょうけど、私も存じ上げておりませんので。予想ですけどドミニク従兄様以外にもいらっしゃるかと。多分……皇族のどなたかが」
皇族が!? と叫んだ子爵はそのまま気を失いそうになった。
自分が発端となった事が国家間の問題にまで発展している。事の重大さを今更認識し震えが止まらない。
「こんなことになるなんて……。爵位を返上してでもあんな王命突っぱねればよかった……!」
「今更ですよ、お父様。いい加減覚悟を決めてください」
使える権力があるというのにそれを行使しようとせず娘を屑男の生贄にしようとした結果がこれだ、とアリッサは冷めた目で父を一瞥した。
「お父様が私を守ってくれませんでしたので、自分の身は自分で守りました。その結果国を巻き込んでの大事になったとしても、お父様に文句を言う権利はありませんわ」
「そ、それは……悪かった。反省している。それでも国を巻き込むのは……」
「何も国民を巻き込んではいないのですからいいではありませんか? 巻き込んでいるのは王族とその他貴族だけです」
「それが一番駄目じゃないか!?」
「人の心配よりご自分の心配でもなさったら? この件が終わったらお祖父様はお母様に離婚を勧めるかもしれませんよ?」
「えっ………………」
そうなることを予想していなかったのか、子爵は娘の指摘に唖然とするのだった……。




