『第96話 甘ーい誘惑を準備中」
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前回、大都会グランマルシェに到着した途端、萌の
マカロン作りのために「街中の最高級砂糖をすべて買い占めろ!」と規格外の命令を下したジント様。
ライダにい様とアレクにい様が商業ギルドへ突撃している間、萌はジント様と一緒に、ホテルの巨大な厨房で
お菓子の準備を開始します。
ボウルや測りを並べ、マジカルカバンから取り出したのは前世の「マカロンレシピ」。でも、なぜかジント様はこの不思議な文字が読めないようで……?
秘密のレシピを胸に、いよいよ幻のスイーツ作りが動き出す第96話です!
「じゃあジント、俺たちはギルドの
度肝を抜いて、極上の砂糖をありったけ分捕ってくるからな!」
「萌ちゃん、良い子で待っていてね。
すぐに世界一の材料を揃えてみせるよ」
ライダにい様とアレクにい様が、まるで魔王討伐にでも向かうような凄まじい
覇気を纏って部屋を飛び出していった。
ガチャンと豪華な扉が閉まり、静かに
なった特級スイートルーム。
街中の最高級砂糖を根こそぎ買い占めるという、大都会の経済を揺るがす大作戦が裏で動き出す中、主謀者(?)である0歳児エルフの私は、ふかふかのソファの上で短くて丸い腕を「ふんす!」と
突き上げていた。
(よし! お兄ちゃんたちが戻ってくる
間にお菓子準備を開始しなきゃ!)
マカロン作りは時間と温度、そして正確な計量が命の繊細なお菓子だ。
材料が届いてからドタバタしていては
せっかくの最高級食材が台無しになってしまう。
私はジント様の服の袖をちっちゃな手でぐいぐいと引っ張り
「あうー! ばぶばーっ!
(ジント様、キッチンに行こう!)」
と元気いっぱいにアピールした。
「おや、萌ちゃん。お兄ちゃんたちが
戻る前に、もうお菓子の準備を始めたいのかい? 本当に働き者で可愛い子だね」
ジント様は私の意図をすぐに察して
愛おしそうに目を細めると、私を優しく抱き上げて部屋に備え付けられたプライベートキッチンへと移動してくれた。
最高級ホテルの最上階を貸し切っているだけあって、そこは一般の家どころか
ちょっとした貴族の館のメイン厨房よりも大きな台所だった。
ピカピカに磨き上げられた魔導式の
オーブンに、広々とした大理石の作業台。お菓子作りの環境としてはこれ以上ないほど完璧だ。
「さあ、何が必要かな? 萌ちゃんの指示通りに動こう」
ジント様が私を作業台の安全な特等席に座らせてくれる。私はさっそく、赤ちゃん特有の拙い身振りと「あぶー!」
「あうー!」という声で、必要な道具をジント様に指示していった。
まずは大きな台所にボウルや測りや道具を用意した。
ジント様は私の小さな手が指し示す通りに、棚から銀色に輝く大きなボウルや、材料を1グラム単位で正確に量るための精密な魔導測り、泡立て器にゴムベラといった道具をテキパキと並べていく。
戦場では一騎当千の冷徹な公爵閣下が
エプロンもつけずに真剣な顔で製菓道具を並べている姿はシュールだけれど
私のために一生懸命になってくれるのがたまらなく嬉しい。
そして道具が揃ったところで、私は自分の首に下がっている小さなポシェット――国宝級の空間魔法具である
『マジカルカバン』に手を伸ばした。
ちっちゃな手を突っ込んで、ごそごそと中身を探る。
(ええっと、前世でお菓子教室に通っていた頃にまとめた、絶対に失敗しない
秘密のノートは……あったわ!)
私はマジカルカバンから、一冊の小さなノートを取り出した。
それは、前世の私が日本語の文字で細かく書き込んだ『マカロンレシピ』
だった。
マカロンを成功させるためのメレンゲの硬さ、マカロナージュの回数、乾燥の時間などが、びっしりと日本語でメモされている。
「ん? 萌ちゃん、それは何だい?」
不思議そうに覗き込んできたジント様に、私は得意気にレシピノートを広げて見せた。
「ばぶー!
(これを見てマカロンを作るのよ!)」
ジント様はノートに書かれた文字列を
じっと見つめ、それから美形な眉をわずかにひそめた。
その切れ長の瞳が、見たこともない複雑な記号を解析しようとするかのように
細められる。
「……不思議な文字だね。大陸中の
あらゆる言語や古代の魔導文字
エルフの古文書まで網羅しているつもりだったが……この本に書かれている文字は、私にはまったく読めないな。
萌には読めるのかい?」
「あうーっ!(そうなの! 萌には読めるけど、ジント様は読めないの?)」
私はふふんとちっちゃな胸を張った。
世界最強の魔法戦士であり、知識の塊であるジント様が読めない文字を
0歳児の私がすらすらと読んでいる。
この「ふたりだけの秘密」のような特別感が、なんだかちょっとくすぐったくて、誇らしい。
中身OLの私は、完璧超人のジント様を
少しだけ出し抜いたような気持ちになって、心の中でくすくすと笑ってしまった。
「そうか。萌にしか読めない、萌だけの特別な『幻のレシピ』というわけだね」
ジント様は困ったように、けれどそれ
以上に愛おしそうに微笑むと、私の
柔らかな頬を人差し指で優しくつついた。
「萌がそうやって秘密の知識を教えてくれるだけで、胸が甘い誘惑に囚われてしまいそうだ。
早く萌の作ったお菓子を食べてみたいよ」
ジント様のその極上の微笑みと優しい声こそ、私にとって最大級の
『甘ーい誘惑』だ。
中身OLの心臓が不意打ちでドキンと跳ねてしまい、私は顔が赤くなるのを隠す
ように、慌ててレシピノートに視線を
落とした。
(あ、危ない危ない……ジント様の天然な溺愛オーラは本当に刺激が強すぎるわ! 萌ちゃん、誘惑に負けずに集中よ!)
私が真っ赤な顔で「ばぶー!」とレシピを指差していると、トントンとキッチンの扉が小気味よく叩かれた。
「ジント、萌ちゃん! 街中の砂糖を買い占めてきたぜーーーっ!!」
「商業ギルドの倉庫から、一番良いやつを文字通り全て強奪……げほ、譲り受けてきたよ!」
部屋の入り口から、ライダにい様と
アレクにい様の威勢のいい声が響き
渡る。
いよいよ、お兄ちゃんたちが両手
いっぱいに抱えた『最高級の砂糖たち』
が部屋に届きお菓子作り開始が始めろうとしていた。
(第96話 完)
第96話をお読みいただき、ありがとうございました!
お兄ちゃんたちが砂糖の買い占めに向かっている間
ホテルの大きな台所で健気にお菓子の準備を始めた萌ちゃんとジント様。
ボウルや測りを並べるジント様の過保護なパパ(?)
っぷりもさることながら、マジカルカバンから飛び出した前世の「日本語レシピ」を巡る二人のやり取りが
とっても可愛らしかったですね!
大陸中の知識を持つジント様ですら「読めない」という不思議なレシピ。
萌ちゃんだけの秘密の知識を前に、ジント様もすっかり「甘ーい誘惑」に降参してメロメロになっていました。
そしてラスト、両手いっぱいに最高級砂糖を抱えたお兄ちゃんたちがついに帰還!
次回第97話、運び込まれた大量の砂糖を前に、いよいよマカロン作りが本格始動します!お兄ちゃんたちが萌のために取ってきたのでお菓子作り開始です!
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「ジント様すら読めないレシピをドヤ顔で見せる萌ちゃんが可愛い!」
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