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第77話:萌の異変

いつも『社畜OLの葛木萌、猫を助けて異世界へ!』をお読みいただきありがとうございます!前話でお菓子宿の「暴食の呪い」をチート能力でケロリと無効化したはずの萌。しかし、元気いっぱいになったと思ったのも束の間、萌の様子に不穏な異変が……!?今回は、萌の隠された前世のシリアスな過去が明らかになる、物語の大きな転換点となります。それでは、第77話をお楽しみください!

「ぷはぁ! 美味しかったでちゅ!

アゴの疲れも、長旅の疲れも完全に治っちゃいました!」


萌ははちみつの川からケロリとした顔で立ち上がり、元気いっぱいに声を上げた。


実際、彼女の肉体に宿る「幻のエルフ」としての規格外な固有スキル

【状態異常・呪い完全無効】は

システム上何のエラーもなく完璧に作動していたはずだった。


はちみつに仕込まれていた、人間を丸々と肥大化させてお菓子の素材に変える恐るべき『暴食の呪い』は、萌の強大な

魔力回路によってただの

「上質な栄養素」へと綺麗に消化吸収された――はずだったのだ。


肉体的な異常は、間違いなく何一つと

して無かった。


だが、次の瞬間。萌の小さな胸の奥が

冷たい針で刺されたようにズキリと激しく痛んだ。


「甘くておいちぃでしゅっ! ――

……え?」


満面の笑顔のまま、萌の動きがピタリと凍りつく。


「なんだろう……美味しいのになんか、涙が止まらない……? しかも、目の前が急にぐあんぐあんするでしゅ……」


ぽつり、ぽつり。萌が戸惑ったように

見つめる小さな手のひらに、大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちては、黄金色のはちみつの水面に波紋を作って混ざり合っていく。


「にゃ、にゃあ……?(萌、どうしたにゃ……? はちみつ美味しくないにゃ?

どこか具合が悪いにゃ? 萌!)」


頭の上から慌てて飛び降りた相棒のみちゃーれが、見たこともない萌の異変に

血相を変えた。


心配そうにその小さな足元をウロウロと回りながら、短い前足で萌のドレスの裾をぐいぐいと引っ張る。


「ううん……はちみつは、とっても美味しいよ……。でも、なんでかな……涙が止まらないの……」


自分の身体に一体何が起きているのか、萌には全く分からなかった。


肉体は確かに呪いを完全に弾いた。


けれど、その呪いの根底に渦巻いていた「他者を搦め捕り、自由を奪って監禁する」という邪悪な精神的魔力が、萌が

大人になる過程で、そして前世の過酷な

社会人生活の中で、心の最深部にずっと頑丈な鍵をかけて封印してきた

【前世の幼少期のトラウマ】の蓋を

最悪な形で無理やりこじ開けてしまったのだ。


ドクン、ドクンと、小さな心臓が早鐘のように跳ねる。視界が急激にセピア色へと暗転していき、萌はそのまま糸の切れた人形のように、はちみつの川の中へとバタリと倒れ込み、意識を失ってしまった。


「萌――っ! にゃあぁぁん!!」


みちゃーれの悲痛な叫びが大広間に響き渡る中、お菓子のインテリアの物陰からゆっくりと不気味な足音が近づいてくる。その様子をじっと観察していた女性店員は、ここぞとばかりに顔を歪ませ、邪悪な本性を剥き出しにしたニヤリと

した笑みを浮かべた。


「さ、さすがに幻のエルフだとしても、私の特製呪いを完全には消化しきれなかったようね! あはははっ! いい気気味だわ! ヴィンテ・ラジの娘が聞いて呆れるわね!」


女性店員は、勝ち誇ったように腰に手を当てて大笑いをしていた。


いかに伝説の種族の血を引く娘といえど、まだ中身は幼い子供。精神の防壁までは完璧ではなかったのだと、完全に

勝利を確信した店員は、ドロドロに溶かすための魔法を唱えようと萌の身体へ手を伸ばす。


しかし、その瞬間。ハチミツの底に倒れていた萌の身体が、ビクリと不自然に

震え、ゆっくりとその両目が開かれた。


だが――その瞳は、いつもの聡明で愛らしい萌のそれではなかった。


焦点が全く合わず、底知れない恐怖に怯えきった、まるで暗闇に置き去りにされた子犬のような、絶望の光が宿っている。


「ひっ……! こ、ここどこ……? いつもの、薄暗い部屋の戸棚じゃあない……?」


萌はガタガタと小さな身体を激しく震わせながら、周囲の豪華なパンケーキや

クリームの山を見回した。


いや、彼女の脳内には、もう目の前にある異世界のお菓子など一切映っていなかった。


「はっ……! か、隠れないと……! お母ちゃんに見つかったら、また、また酷く怒られる……ッ!!」


幼児化したエルフの脳内で、今、完全に【前世の子供の頃の記憶】が主導権を握ってしまっていた。


前世の萌は、ブラック企業の社畜になって心を擦り切らせるよりもずっと前

物心がつくかどうかの幼少期の頃から、実の親から「いらない子」

「生まれてこなければよかったのに」

と怖いこと、都合の良い道具として扱われ続けてきたのだ。


お腹を空かせながら、狭くて冷たい戸棚の中に閉じ込められ、息を潜めて嵐が過ぎ去るのをただ待つだけの孤独な日々。


そんな過酷な機能不全家族の環境で育った萌にとって、「お母ちゃん」の言葉は絶対的な支配であり、逆らえば自分の

生存場所すらなくなるという、幼い心に刻まれた絶対的な洗脳の象徴だった。


異世界に転生して手に入れた、誰にも縛られない自由気ままな楽しい旅。


それを、たった今、前世の忌まわしき

「家族の呪縛」が完全に侵食し、塗りつぶそうとしていた。


「ごめんなさい、ごめんなさいお母ちゃん……! 私、いい子にするから、ご飯も我慢するから、いらない子って言わないで……叩かないで……ッ!」


小さな頭を両手で必死に抱え込み

はちみつにまみれながら、シクシクと

ガタガタ震えて泣き叫ぶ萌。


そんな萌のあまりの変貌ぶりに

相棒のみちゃーれはただ事ではない恐怖を感じてピタリと寄り添い、女性店員は「一体何が起きているの? 急に母親が

どうとか狂い出して……」

と気味悪そうに細い眉をひそめるのだった。

(第77話 完 )

第77話をお読みいただきありがとうございました!肉体的な呪いは防げても、精神に作用する負の魔力によって、前世の悲しい幼少期のトラウマ(機能不全家族の記憶)がフラッシュバックしてしまった萌……。いつもの冷静なOL脳も、エルフのチート能力も、心の傷の前では封じ込められてしまいました。恐怖におびえ「お母ちゃん」と泣き叫ぶ萌を前に、ゲスな店員の手が迫ります。この大ピンチ、一体どうなってしまうのでしょうか……!?続きが気になる方、萌を全力で応援したい!と思ってくださった方は、ぜひ下にある【ブックマーク登録】や、評価の【☆☆☆☆☆】を★★★★★にしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります!

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