第76話はちみつには勝てない
いつも『社畜OLの葛木萌、猫を助けて異世界へ!』をお読みいただきありがとうございます!前話では、入った瞬間に脳のキャパシティを超えるメルヘンお菓子空間に圧倒された萌。しかも、何やらこのお菓子の宿「フティラ宿」の店員には、黒〜い裏の企みがあるようで……?今回は、萌の元OLセンサーと幼児化チートが、お菓子宿の不気味な計画を盛大にバグらせます!それでは、第76話をお楽しみください!
「――では、こちらが宿泊の記入用紙になりますね」
そう言って手渡された羊皮紙を前に
萌はふんわりとしたドレスの裾を小さな手でくしゃりと握りしめていた。
中身は徹底的な現実主義を叩き込まれた元社畜OL。いくら目の前に
「宿泊費も食事代もすべて完全無料」という夢のような条件を提示されても
前世で培った『タダより高いものは無いセンサー』が不穏な警報を鳴らし続けている。
(怪しい……怪しすぎるでちゅ。利益を出さないビジネスモデルなんて、ボランティアか詐欺の二択しかありましぇん。でも、もし本当に親切なだけの宿だったら、疑うのは失礼でちゅよね……)
「あのぉ……本当に、今日はベッドあいてまちゅか? もし、ご迷惑だったりあいてなかったりしたら、ほかの宿とかに泊まるんでしゅけど……」
萌は上目遣いで、不安そうに大きな目をうるうると潤ませながら女性店員を見上げた。幼児化という天性のバフがかかったその姿は、破壊力抜群のあざとさである。
守ってあげたいと思わせる庇護欲の塊のようなその仕草に、女性店員はハキハキとした明るい笑顔を崩さずに深く頷いた。
「もちろんでございますとも! こちらに泊まっていただけるのですか! 私どもも、こんなに可愛いお客様に泊まっていただけるなら、とっても嬉しいですわ。さあさあ、遠慮なさらずにどうぞ。こちらの受付より先にある大広間には
今見えているものよりも、もっともっと素晴らしい光景が広がっているんですよ」
「わぁ……ありがとじゅます……」
ペコリと頭を下げて、小さなローラーシューズをコトコトと鳴らしながら、淡々と受付を済ませて待っている萌。
その無防備な後ろ姿を見つめながら
女性店員は表情の聖母のような笑顔とは裏腹に、その醜い本性を真っ黒な脳内で剥き出しにしていた。
(ふふふ……! こーんなに簡単に引っかかるなんて、本当にチョロいお子様ね。もっと警戒心を持てばいいのに。まあ、その方がこちらとしては都合がいいけれど……。まさかね、あの高名な『ヴィンテ・ラジ』の娘が、向こうから勝手に飛び込んでくるなんて思わなかったわ!)
そう、この女性店員はただの宿屋の
スタッフではない。目の前の幼い少女が、異世界でも畏怖される存在であるヴィンテ・ラジの娘であり、
『幻のエルフ』であることを見抜いていたのだ。
(貴重な幻のエルフの肉体……。普通の人間の旅人とは比べ物にならないほどの上質な魔力が詰まっているはずよ。ふふふ、まずは極上のスイーツでこれでもかと丸々と太らせて、一体どんな最高のお菓子(素材)にしてやろうかしら。考えるだけでヨダレが出ちゃうわね……!)
そんなおぞましい悪巧みが背後で渦巻いているとは夢にも思わず、萌は大広間へと繋がる重厚な木の扉をトコトコと押し開けた。
――そして、その瞬間。萌は完全にその場に硬直した。
「な、なんでさゅかーーー!? これ
お菓子だらけでしゅ……!」
大広間に足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んできたのは、現実世界の常識を
木っ端微塵に打ち砕く、圧倒的なスケールのお菓子のワンダーランドだった。
まず視界の特等席にそびえ立っていたのは、見上げるほど巨大なお城のような、パンケーキのふわふわタワー。何十枚、何百枚と積み重ねられたパンケーキは、焼きたての温かい湯気を上げており
その頂上からは黄金色に輝く純度100%のハチミツが、まるで滝のように止めどなく流れ落ちて、大広間をぐるりと一周する甘い川を作っている。
さらにその横を見れば、今度はサクサクに焼き上げられた巨大なクッキー生地の割れ目から、濃厚なカスタードと生クリームが津波のように溢れ出し、まるで白い雪山のように大量に積まれていた。
甘酸っぱいベリーのソースが湧き出る噴水、色とりどりのマカロンでできた椅子やテーブル。空間全体が、暴力的なまでの糖分と香ばしいバターの香りで満たされている。
「う、うぷ……もうお腹がいっぱいなのに……手が、止まらないんだ……」
「タダなんだから、食べなきゃ損……
だよね……へへ、幸せだなぁ……」
見回せば、そこにいる他の旅人や冒険者たちは、誰も彼もが衣服をはち切れんばかりにお腹を膨らませ、うつろな恍惚の表情を浮かべながら、這いつくばるようにお菓子を口に運び続けていた。
その姿はまるで、甘い泥沼に囚われた家畜のようでもある。
(あ、圧倒的なカロリーの暴力でちゅ……! 前世のデスマーチ残業終わりに、ストレス発散のために深夜のコンビニスイーツをカゴいっぱいに爆買いしていた頃の『甘味欲求(ストレス解消)
センサー』が、バリバリと音を立てて再起動を始めてるでちゅ……!)
中身は徹底的な現実主義の元社畜OL。
さっき爆硬お肉を限界まで食べて満腹だったはずなのに、脳内に直接語りかけてくるような極上ハチミツの香りを前に、幼児化した萌の防衛ラインは一瞬で崩壊した。
「にゃあぁぁぁん!(萌! あのはちみつの川に飛び込みたいにゃ! 溺れたいにゃぁぁ!)」
「み、みちゃーれ! 待つでちゅ、ワタチも……もう我慢できましぇんっ!」
ついに誘惑に負けた萌は、頭の上の相棒とともに、勢いよく黄金色のはちみつの川へと飛びついてしまった!
「わ、わぁ! これがはちみつのなかで
さゅか……! 口の中に入れた瞬間にとろけるくらい甘いのに、あと味がすっごくさっぱりしてて、ついついはちみつをすくう手が止まらないでちゅ!」
小さなエルフの体を温かいはちみつの川に半分浸らせながら、萌は夢中で両手ですくってペロペロと舐め続ける。
前世のブラック企業でボロ雑巾のように擦り切れた全細胞が、異世界の極上糖分によって急速にデトックスされ、癒やされていくのを感じる。みちゃーれも横で「猫かき」をしながら、尋常じゃない
勢いでハチミツを飲み干していた。
(ひっひっひ、かかったわね、愚かなエルフのガキが!)
大広間の隅で、それを見ていた女性店員が、顔を歪めて勝ち誇ったような邪悪な笑みを浮かべた。
(私の特製はちみつには、満腹中枢を
完全に破壊し、死ぬまで食べ続けさせる呪詛――『暴食の呪い』が極限まで込められているのよ! さあ、理性を失って、そのまま豚のように丸々と肥えて、私のお菓子の材料になりなさい……!)
店員の脳内では、すでに極上のエルフスイーツが完成したときの勝利のダンスが踊られていた。
――だが。店員は、萌が普通の幼児ではないことを、そして『幻のエルフ』と
いう存在の本当の恐ろしさを、全く理解していなかった。
「ぷはぁ! 美味しかったでちゅ! ぷにぷに、でちゅね……あれ?」
ひとしきりハチミツの川を堪能し、お腹いっぱい舐め回した萌が、ふと自分の
小さなお腹を見つめる。
店員の計算では、今ごろ呪いによって胃袋がはち切れんばかりに膨張し、目は
うつろになり、ただ貪り食うだけの生ける屍になっているはずだった。
しかし、萌の体の中では、幻のエルフの規格外なチート固有スキル
【状態異常・呪い完全無効】が、システム上のエラー音すら鳴らさずに無音で
発動していた。
それどころか、はちみつに込められて
いた、数万人を廃人にするレベルの膨大な『暴食の魔力』すらも、萌の底なしの魔力回路が「ちょっと上質な栄養素
(おやつ)」として、綺麗さっぱり吸収・分解してしまったのだ。
「あれだけ食べたのに、なんだか体がすっごく軽くて、エネルギーがみなぎってきた気がするでちゅ! アゴの疲れも
長旅の疲れも完全に治っちゃいました!」
萌ははちみつの川からケロリとした顔で立ち上がると、ドレスについたはちみつをパパッと手で払った。
すると、入店時に貼られた魔法の防汚コーティングのおかげで、汚れひとつ残らずピカピカのサラサラに戻る。
みちゃーれも毛並みがさらにツヤツヤになり、元気に萌の頭へ飛び乗った。
「な、ななな……なんですってぇぇ!?」
その光景を物陰から見ていた店員は
驚きのあまり目玉が飛び出そうになり
顎が床に外れんばかりに驚愕していた。
周りの屈強な冒険者たちですら、呪いによって動けない肥満体の塊と化している中で、萌たちだけが、むしろ食べる前
よりも健康的で、ツヤツヤと輝くようなオーラを放って元気になっているのだ。
(どういうこと!? 私の『暴食の呪い』を完全にレジストしたっていうの!?
それに、あのはちみつに含まれていた
膨大な呪いの魔力は、一体どこへ消えたのよぉぉぉ!?)
店員の顔から聖母の笑顔も、悪魔の余裕も完全に消え去り、冷たい汗が滝のようにダラダラと流れ始める。萌の
「無自覚で圧倒的なチート能力」が
お菓子宿の不気味な裏ビジネスを、正面から盛大にバグらせ始めていた――。
(第76話 完 )
第76話をお読みいただきありがとうございました!悪徳(?)店員の「暴食の呪い」を、ただのおやつとして綺麗さっぱり消化吸収してしまった萌。幻のエルフのチート能力、恐るべしです……。完全にパニックに陥ってしまった店員さんですが、この後一体どうなってしまうのでしょうか?次回、店員のさらなる悪あがきか、それとも萌の容赦ない現実主義ツッコミが炸裂するのか……!?どうぞお楽しみに!【作者からのお願い】「萌が可愛い!」「チート無双スカッとした!」と思ってくださった方は、ぜひ下にある【ブックマーク登録】や、評価の【☆☆☆☆☆】を★★★★★にしていただけると、執筆の物凄い励みになります!感想やレビューもお待ちしております!




