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第74話『食テロに追い討ち』

いつも『社畜OLの葛木萌、猫を助けて異世界へ!』をお読みいただきありがとうございます!前話でみちゃーれが見つけてくれた『フティラ宿』のドアを叩いた萌ちゃん。ですが、一歩足を踏み入れた先は、中身OLの処理能力が追いつかないほどの「全面お菓子だらけ」のメルヘン空間でした!前話のお肉に引き続き、今回はさらに胃袋を刺激する甘〜い「食テロの追い討ち」が萌ちゃんと読者の皆様を襲います。ぜひ皆様も、お気に入りのスイーツや温かい飲み物をお手元にご用意の上、お楽しみください!それでは、第74話どうぞ!

――パタン。


萌は吸い込まれるように、今開けたばかりの木のドアを静かに、そしてそっと閉めた。


コトコト、コトコト。カカトの車輪を器用にバックさせて、宿の前に広がる石畳の上に立ち尽くす。


そして、きょろきょろと泳ぐように周囲の賑やかな街並みを見回し始めた。


「えっと……普通の宿を探しに来たのでしゅが、お菓子の宿にきてしまったでしゅ……。現実でしゅか? これ、本当に現実でしゅか?」


萌は自分の小さな両手を見つめたり

空を仰いだりしながら、必死にこれが現実かどうかを確かめていた。


中身は徹底的な現実主義を叩き込まれた元社畜OLである。


いくら異世界転生して「幻のエルフ」という超希少種族に幼児化したとはいえ、一歩足を踏み入れたら壁も柱もパフェもパンケーキも全部お菓子、という

メルヘンの過剰摂取(オーバードーズ)な空間を前にしては、脳の処理能力が完全にキャパシティをオーバーしてしまったのだ。


「にゃ、にゃあ?(萌、どうしたにゃ? なんで入らないにゃ?)」


頭の上に乗っかったみちゃーれが

不思議そうに首をかしげて萌の柔らかい髪を、肉球で優しくぽむぽむとつつく。


「み、みちゃーれ……ワタチ、さっきのお肉の食べすぎで、ついに脳が糖分を

欲して幻覚(デジャヴ)を見るようになってしまったかもしれないでちゅ。

ちょっと、私のぷにぷにのほっぺたをツンツンしてみてくだしゃい……」


「にゃ〜ん(こうにゃ?)」


ぷにぷにの頬に、みちゃーれの柔らかい肉球が当たった。痛くはない。けれど、もの凄くリアルなぬくもりと、かすかな猫の香りがする。そして何より、一度閉めたはずの木製の扉の隙間から、先ほどと全く変わらない「焼き立ての甘いバターとメープルシロップの芳醇な香り」が容赦なく漏れ出してきているのだ。


そう。幻覚でもなければ、お腹いっぱいで見ている夢でもない。ここは紛れもなく、現実の異世界なのだ。


(う、嘘でちゅ……! さっきあれだけ山盛りの爆硬お肉を完食して、アゴを限界まで疲れさせたばかりなのに……。

これ以上の市場調査(買い食い)は無理だと思ってたのに……!)


ドアの外にいるというのに、風に乗って運ばれてくる甘い香りの破壊力は凄まじかった。


中身のOL脳内では、すでに前世のデスマーチ残業終わりに、深夜のコンビニでスイーツをカゴいっぱいに爆買いしていた頃の「甘味欲求(ストレス解消)

センサー」が、バリバリと音を立てて再起動を始めている。


お肉の爆食い直後に、休む間もなく襲いかかる極上スイーツの香りの波。


これぞまさしく、空腹の読者と、萌の理性を完全に正面から叩き潰しにくる

非情なる『食テロに追い討ち』で

あった。


「はぁ……。残業(野宿)するわけにはいかないし、何よりお財布と相談するためにも、もう一度突入するしか無さそうでちゅね……!」


萌は小さなため息をつきながら、ゴクリと高鳴る喉を鳴らして唾を飲み込む。


そして意を決して、再びそのお菓子の楽園の扉へと小さな手をかけた。


ギシッ、と再び古い木のドアを開けて

中に入る。一度外に出て心の準備をしてから戻ってきたはずの萌だったが、一歩足を踏み入れて細部を目にした瞬間

その衝撃はさっきよりもさらに凄まじいものへと跳ね上がった。


「ひゃ、ひゃあぁ……! これ、本当にただの宿なのでしゅか……!?」


床に一歩進んだ瞬間、靴の裏から伝わってきたのは、もっちり、ぷにぷにとした不思議な弾力。驚いて足元を見つめれば、なんと床一面が、透き通るような美しいルビー色の「いちごのゼリー」でできていたのだ。


一歩歩くたびに、甘酸っぱいいちごの

フレッシュな香りがふわりと足元から立ち上ってくる。


さらに視線を上げると、通路の脇には

インテリアのように立派な大木が何本も生えていた。


だが、その木もよく見れば全てが精巧に作られたお菓子なのだ。


どっしりとした幹はツヤツヤとした濃厚なミルクチョコレート、四方に広がる

枝はサクサクとした香ばしいクッキー

生地。


そして何より萌の目を釘付けにしたのは、その枝に生い茂る葉っぱだった。


「……は、葉っぱが、わたあめみたいにふわふわと虹色に輝いているでちゅ……!」


ファンタジーの限界突破である。前世のブラック企業でボロ雑巾のように働かされ、激甘の缶コーヒーと売れ残りの安価なシュークリームだけを心の支えにしていた萌にとって、この空間は文字通りの『楽園』を通り越して、脳がとろけそうなほどの誘惑の嵐だった。


「にゃ、にゃあぁぁぁ……!

(萌! あの虹色の葉っぱ、すっごく甘くて美味しそうな匂いがするにゃ! 食べたいにゃぁ、今すぐ食べたいにゃぁ!)」


頭の上のみちゃーれが、虹色に輝くわたあめの葉っぱに目をこれでもかとキラキラ輝かせ、今にも飛びかかりそうな勢いで萌の髪をぐいぐいと引っ張る。


「ら、ダメでちゅよみちゃーれ! これはお店のディスプレイ(売り物)かもしれないでちゅから、勝手に食べたら器物破損(つまみ食い)でギルドか警察に逮捕されちゃうでちゅ……!」


必死に興奮する相棒をなだめつつ、萌はいちごのゼリー床で滑って転ばないように、そっと慎重にローラーシューズを

滑らせて進んだ。


すると、甘い霧が立ち込めるお店の奥の方から、一人の女性店員さんが姿を現した。彼女の服装は綺麗なメイド服のようだが、手にはなぜか大きめの銀色のスコップを握っている。


そして、床のいちごゼリーをサクッ、サクッと手際よく掘り起こしてバケツに入れながら、萌たちのほうへと歩いてくる。


「あら、可愛いお嬢ちゃん! いらっしゃいませー!」


女性店員さんはハキハキとした明るい笑顔で挨拶すると、驚きで固まっている萌に向けて、誇らしげに胸を張ってこの宿のシステムを説明してくれた。


「こちらのフティラ宿はですね、一級の空間魔法を使いまして、店内全てがお菓子の内装になった特別な宿になっております! そして、お外でお肉を食べたあとにこちらに来ると、それはもう胃袋に

とって凄まじい食テロになりますが……なんと、当店は全て無料! 宿泊費も

お菓子代も、料金などは一切受け取っておりませんの!」


そう店員さんが朗らかに言った、次の

瞬間。それまで萌の頭の上でなんとか言いつけを守っていた相棒の理性が、完全に限界突破した。


「にゃゃぁぁーーーんっ!!」


みちゃーれは「無料」という言葉を聞くや否や、待ってましたとばかりに猛烈な勢いで萌の頭を足場にして踏み切った。


そのまま宙を舞い、チョコの幹から伸びるサクサククッキーの枝へとダイレクトに飛び移る。


そして、お目当ての虹色に輝く綿菓子の葉っぱを、むしゃりと大きなお口で一口に食べてしまったのだ。


「み、みちゃーれ!? すぐにつまみ食いするんじゃありましぇんっ!」


焦る萌をよそに、綿菓子を口いっぱいに頬張ったみちゃーれは、その場でとろけるような声を漏らした。


「にゃぁぁんんん(オレンジに、リンゴに、レモンに、いちご……! 味がたくさんするのに全然混ざってなくて、噛むたびに色んなフルーツのフレッシュな味が別々に押し寄せてきて最高に美味しいにゃぁ!)」


みちゃーれは目を丸くしてキラキラと

輝かせ、口の中でそれぞれの果物の旨味が喧嘩しないという、不思議な魔法のお菓子のクオリティに大興奮。


もはや、次の葉っぱへ手を伸ばすのを止める気配は微塵もなかった。


相棒のあまりにも現金な暴走を前にしつつも、中身が現実主義の元OLである萌は、店員さんの言葉への驚きと疑問を隠せず、開いた口が塞がらなかった。


「む、無料!? ええっ! お、お金を受け取らないなんて、宿の経営(ビジネスモデル)が成り立たないのではありましぇんか? 一体どこから原価を回収してるのでちゅ? しかも、これだけ剥き出しのお菓子が部屋中に並んでて、衛生面とか虫対策はどうなっとるでしゅか!?」


無料という言葉の裏にある「圧倒的な原価割れ・倒産リスク」と、食品を建物全体に扱う上での「徹底的な衛生管理」への疑問。


小さな幼児の姿から飛び出した、あまりにもリアルで真っ当すぎる経営者目線のツッコミに、女性店員さんはフッと優しく、慈愛に満ちた笑みを浮かべて微笑んだ。


「ふふっ、大人のように鋭いお嬢ちゃんですね、驚きますよねぇ。でも、この

お菓子宿は食べても寝ても本当に完全無料なんですのよ。だって……私達にとっては、長旅で疲れた旅人さんの幸せそうな笑顔を見れることこそが、何よりの

最高のご褒美なんですもの。

あ、気になる衛生面についてですが

この宿のドアを開けて一歩中に入った時点で、お客様の身体の周りには薄い

『防汚と抗菌の魔力膜』が自動でピタッと貼られる仕組みになっておりますので、ホコリもバイキンも一切付着しませんわ。だから、安心してお好きなだけ召し上がってくださいね」


「そ、そうなのでしゅか……。魔法の

自動セキュリティ、すごいでちゅね。

それなら安心でちゅ……」


店員さんの淀みのない丁寧な説明と

何より旅人を思いやる聖母のような笑顔に、萌は「なるほど、異世界の魔法技術は素晴らしいでちゅね」とすっかり納得して、ほっと小さく胸をなでおろした。


前世の利益至上主義で社員を使い潰す

ブラック企業とは大違いの、あまりにもホワイトでボランティア精神に溢れた素晴らしい宿だと、萌は感動すら覚えていた。


――だが。純粋に感心している萌は

まだ、知る由もなかった。目の前で天使のように優しく微笑む店員さんの頭の中(真っ黒な脳内)では、今、萌の想像を絶するような、恐ろしいブラックな計算が働いているということを。


(ふふふ……なんにも知らない哀れな旅人たちが、毎日次から次へとやってきて、みーんな私の作ったフルーツやお菓子に目が無いんですもの。

そうしてタダだからと安心しきって

動けなくなるまで食べすぎて、お腹も体もまん丸く肥えてしまった人間を……

ふふふ、次の『美味しいお菓子の素材』として魔法でドロドロに溶かして、補充すればいいんですもの。これでまた

新しい新鮮なお菓子の在庫がたっぷり補充できますわ……!)


そんなおぞましく血も涙もない悪巧みを、店員さんが笑顔の裏で考えているとは夢にも思わず、長旅とお肉の満腹感でちょっぴり眠くなってきた萌は、すっかり安心しきってこの宿の部屋を借りようと、一歩前へ進み出るのだった。

(第74話 完)

第74話をお読みいただき、ありがとうございました!宿泊費もお菓子も全部無料という、前世のブラック企業とは大違いの超絶ホワイト(?)なフティラ宿。みちゃーれが飛びついた「味が混ざらない虹色の綿菓子」、文字だけでもめちゃくちゃ美味しそうですよね。……と、ほのぼのファンタジーな雰囲気に浸っていたら、ラストに店員さんのとんでもなく真っ黒な脳内モノローグが炸裂してしまいました。「まん丸くなった人を溶かして、お菓子の素材として補充する」って、優しそうな笑顔の裏がブラック企業よりコワすぎます!!(泣)せっかく社畜から脱出したのに、とんでもないホラー宿に引っかかってしまった萌ちゃん。「萌ちゃん後ろ後ろ!」「早く逃げてー!」と思ってくださった方は、ぜひ作品下部にある【ブックマーク登録】や、【いいね・ポイント評価(☆をポチッと!)】で応援していただけると、萌ちゃんがピンチを切り抜ける執筆の凄まじいエネルギーになります!果たして萌ちゃんの運命は……!? 次回、第75話もお楽しみに!

次回は萌が旅に出たあとのヴィンテ・ラジ家族のお話です

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