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第61話:『パパの笑顔が一番怖い』

いつも『社畜OLの葛木萌、猫を助けて異世界へ!』をお読みいただきありがとうございます!前話ではお兄にたちがドナドナされていきましたが……。安心してください、お説教部屋(物理)のターンはまだ続いています。そんな地獄の廊下に、あの『最強の確信犯』がホクホク顔で帰還します。どうぞお楽しみください!

ガシッ、ガシッ、と我が家の床から不穏な引きずり音が響き渡る。


「お、お父様! これにはわけが、深いわけがあるんですーっ!」


「そうだぜ親父! 俺らはただ、萌が戻ってくるまでの時間稼ぎをしただけじゃあねぇか!」


お披露目パーティー会場から、そのままお説教部屋へと直行で連行されている

我が家のシスコン兄貴二人――アレク

にぃにとライダにぃには、お父様に両肩をガッチリと掴まれて引きずられながらも、必死の形相で文句を並べ立てて

いた。


普段なら、国の天才魔術師として優雅に振る舞う次男のアレクにぃにも、筋肉

隆々でどんな魔獣にも怯まないライダ

にぃにも、今ばかりは形無しである。


高級な衣装の裾をずるずると床に擦り付けながら、情けない声を上げて暴れていた。


だが、お父様の鉄の握力が緩む気配は

一ミリたりともない。


「お父様、聞いてますか!? 僕たちは萌ちゃんの安全な未来のために、貴族たちの弱みを握ろうと――」


「そうそう! 萌の寝顔写真で釣れば

みんな一発で俺らの軍門に下ると思って――」


必死に言い訳を重ねる息子たちの言葉を聞き、お父様はピタリと足を止めた。


重苦しい静寂が廊下に満ちる。そして、お父様はゆっくりと、それはそれは優雅な動作で、にっこりと満面の笑みを

浮かべて背後を振り向いた。


「――時間稼ぎなら、もっといい方法があっただろう?」


それは、地獄の底から響いてくるような、極限まで低く冷え切った声だった。


顔は聖母のように優しく微笑んでいるのに、放たれる威圧感は魔王のそれで

ある。


目の奥が完全に据わっており、そこには一切の慈悲など存在していなかった。


「ヒッ……!!」


お父様のその『笑顔』を見た瞬間、にぃに二人の顔からサーッと血の気が引いた。


もはや言い訳をすることすら許されないと本能で察した二人は、完全に蛇に睨まれた蛙のように硬直する。


「さぁ、行こうか。お前たちのその素晴らしい『作戦』について、じっくり

夜が明けるまで聞かせてもらおう」


お父様はにっこり笑ったまま、さらに

引きずる速度を上げて、お説教部屋の

重厚なドアを開けて二人を放り込んだ。


バタン! と激しい音を立ててドアが閉まり、内側からガチャンと厳重に鍵がかけられる。

ドアが閉められて時間がたったぐらいに悲鳴は聞こえた

「お、お父様! 待って、その拳に魔力を込めるのは――!」


「親父ぃぃ! 悪かった、俺が悪かったから筋トレメニュー増やすだけで勘弁してくれぇぇ!」


という、哀れな悲鳴がドアの向こうから聞こえ始めたのだった。


にぃに達の冥福を、私は心の中で静かに祈った。そんな地獄のお説教部屋の前を、私はお父様の代わりに抱っこしてくれたメイドさんに支えられながら

パチパチと瞬きをして見つめていた。


するとそこへ、カツカツと小気味よい

ヒールの音を響かせて、会場の向こうから誰かが歩いてきた。


「あら、もう始まっているのね」


現れたのは、お母様だった。その手には、先ほどまで持っていたはずの

『萌の描いたネコの絵』がなくなっている。


どうやら先ほど、会場の貴族たちにその絵を売ってきたらしい。その表情は

大金を手に入れた商人のように、あるいは見事な獲物を仕留めたハンターのように、この上なくご満悦といった様子だった。


お母様は、中から凄まじい振動と悲鳴が漏れてくるお説教部屋のドア越しを

冷ややかな目で見つめた。


「あれは当分、帰ってこないわよ」


お母様は、ふぅ、と深いため息をひとつついた。そのまま、少し頭の痛そうな様子で、私たちが戻ってきたばかりの

パーティー会場の部屋へと視線を向ける。


「はぁ〜……せっかく萌のお披露目パーティーなのに、全然落ち着きないわね。あの子たちときたら、どうしていつも

あんなに暴走してしまうのかしら」


お母様はため息混じりに部屋を見つめ

ながら、困ったように肩をすくめた。


(いや、お母様。お兄にたちの暴走の

きっかけを作ったのは、間違いなく萌の『ネコの絵』で貴族たちを限界まで釣り上げたお母様だからね!?)


心の中で、私は元アラサーOLとしての鋭いツッコツを全力で叩き込んだ。

にぃにたちのジェスチャーゲームが地獄絵図なら、お母様の「ネコの絵オークション」も大概、貴族たちの理性を狂わせる地獄の始まりだったはずだ。


自分だけすっきりとご満悦な顔をして帰ってきているあたり、この親にしてあの子あり、といったところだろう。


「でも、萌ちゃん」


お母様はくるりと私の方を振り返ると、先ほどのため息が嘘のような、いつもの優しい母親の顔になって私を抱きしめた。


「ドレスも髪型も、とっても似合っていて可愛いわよ。さぁ、お騒がせな男の人は放っておいて、私たちはパーティーを優雅に再開しましょうね」


「あいっ! まにゃ(ママ)、ありがとうごじゃいまちゅ!」


私はお母様の胸に顔を埋めながら、今度こそ、本当に今度こそ、普通の平和なパーティーを楽しめることを切に願うの

だった。

(第61話 完)

第61話をお読みいただきありがとうございました。お兄にたちの暴走のきっかけ(ネコの絵)を作り、それをしっかり最高値で売り捌いて自分だけすっきりした顔で戻ってくるお母様。やはりこの公爵家の食物連鎖の頂点は、お母様で間違いないようです。お兄にたち、強く生きてほしいものです。次回、第62話からは(今度こそ本当に)優雅なパーティーが再開するはずです。お母様と萌ちゃんの、男手なしの女子会もぐもぐタイムをお楽しみに。

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