第59話:『私の寝顔写真で尊厳を売らないで』
いつもお読みいただきありがとうございます!前回、萌ちゃんが誘拐されるという大事件がありましたが、無事に救出!……されたのも束の間、会場に取り残されたシスコンにぃに二人が、何やら「とんでもない作戦」を実行に移したようです。お着替えを終えた萌ちゃんが会場に戻ると、そこには……?今回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
お兄にたちが会場で怪しげな作戦を実行に移している頃。私はお父様に抱っこ
され、お披露目パーティー会場のすぐ近くにある、メイクや服を直すための控室へと来ていた。
「さぁ、萌ちゃん。パパッと着替えちゃおうか。お父様は部屋の外で待っているからね」
お父様は部屋に控えていたメイドたちにテキパキと指示を出すと、安心させる
ように私の頭を優しく撫で、ドアを開けて廊下へと出て待機してくれた。
「泣いちゃってごめなちゃい、服せっかくオシャレだったのに、よごいちゃった……」
着替えを手伝ってくれるメイドさんたちに、私は小さくなってペコリと頭を下げた。
――まさか、お披露目パーティーの最中に誘拐されて、袋に詰め込まれるなんて思ってもみなかった。
なんとか助かったものの、あまりの恐怖や前世のトラウマで大泣きしてしまったせいで、せっかくの可愛いドレスが涙と汚れでボロボロになってしまっていたのだ。
私のその健気な言葉に、メイドさんたちは一瞬言葉を詰まらせた。大好きな萌様が怖い目に遭って泣いていたのだ。
きっと彼女たちも、張り裂けそうな胸を痛めていたに違いない。けれど、メイドさんはすぐに私を元気づけるように
明るい声で話題を変えて話を逸らして
くれた。
「萌様、そんな悲しいこと言わないで
ください! 鏡を見てくださいませ!」
「萌様の髪はとっても綺麗で長うございますので、ちょっと遊び心で、髪をバラの形にしちゃいました……! 誘拐犯に
あったことなんて、この美しさで吹き飛ばしてしまいましょう!」
メイドさんは何とか私を笑顔にしようと、私の美しいエルフの髪を編み込んで、なんと見事なバラの髪型にしてしまったのだ。
「へっ? えっっ!? な、何このかみがちゃ、ふふっ、あはは面白い! わたちの
髪でばにゃ(バラ)作れちゃうなんて
てちゃ(手先)器用すぎよ!」
鏡に映った自分の頭を見て、私は思わず噴き出してしまった。
(私の髪の毛で遊ばれてるって、あははっ、まるで漫画みたいじゃん! でも
私のどんよりした空気を察して、メイドちゃんに気を使わせちゃったな。ありがとう、メイドちゃん!)
「まぁ! お気に召していただけて光栄です!」
「さぁ、新しいお衣装も最高に可愛らしくお着替えいたしましょうね!」
髪型がバッチリ決まったところで、私は新しいドレスに着替えさせてもらった。
(本当は今日、泣くつもりなんてなかったのになぁ。いくら中身が元アラサーOLでも、さすがに袋詰めにされて誘拐されるのは怖すぎた。それに子供の姿だと
身体に引っ張られて涙腺がゆるいから、涙が自動で溢れてきちゃうの、どうにかならないかしら)
着替えを終えて鏡の前に立つと、そこにはバラの髪型をした、文句なしに可愛いエルフの幼女がいた。
猫を助けて異世界転生。最高峰の種族・幻のエルフ。今日はいろんなことがありすぎたけれど、お父様もお母様もお兄にたちも、みんなが血眼になって私のことを心配してくれた。
いつか誰にも縛られない自由気ままな旅を始めるためにも、まずは今日のお披露目パーティーを無事に乗り切って
貴族の皆さんとのコネをしっかり作っておかないと。
(よし、仕切り直してがんばるぞ!)
メイドちゃんたちの神技によってメンタルも服装も完璧に復活した私は、再び
お父様に抱っこされて、いざ戦場
(パーティー会場)へと戻った。
カチャ。会場の重厚な扉が、静かに開く。
「お待たせいたしました。萌の準備が整いま――」
お父様がいつもの威厳ある声で言いかけ――そして、ピタリと固まった。
お父様の腕の中で、私もパチパチと瞬きをしながら会場の中を見渡す。
「…………え?」
私の口から、素っ頓狂な声が漏れた。
目の前で行われているのは、きらびやかな夜会ではなかった。お高いタキシードを着た渋いおじさま貴族たちが、床に
転がって「にゃ〜ん」と言いたげな顔で手足をババタバタさせている。
気品溢れる伯爵夫人たちが、髪を振り乱して尋常ではない勢いで床に激しく身体を擦り付けている。
しかも、全員が血走った目で、声も出さずに、全力の無言で。
(な、なになになに!? 何が起きてるのこれ!? 誘拐犯の次は、集団ヒステリーの会場に迷い込んじゃったの!?)
あまりの恐怖映像に、私の背筋にゾワリと鳥肌が立つ。大の大人が集団で理性を失って床をのたうち回っている光景は、人生(二回分)で初めての経験だった。
「あ、萌ちゃんおかえり! ちょうどゲームが良いところだよ!」
「おっ、萌! 待ってたぜ! 景品がお前の寝顔写真だと言ったら、みんな大ハッスルでさぁ!」
壇上から、やり切ったような爽やかな笑顔で手を振るアレクにぃにとライダにぃに。景品……?私の、寝顔写真……?
その言葉が脳内に届いた瞬間、すべての点と線が繋がった。
お兄にたちは、私が誘拐されてどんよりした会場の空気を変えるため
(そして時間稼ぎのため)、こんなとんでもないゲームを企画したのだ。
(ちょっと待って。あの人たち、私の
寝顔写真一枚のために、貴族としての
プライドも尊厳も全部ドブに捨てて床を転がってるの!?)
「私の寝顔写真で尊厳を売らないでぇぇぇぇ!!!」
会場に、私の(中身は元社畜OLの)魂の叫びが響き渡った。その瞬間、床で悶絶していた貴族たちの動きが、一斉にピキリと静止した。ギチギチとした動きで、全員の視線が入り口の私へと向けられる。
そこにあるのは、完全に「正気に戻ってしまった」大人たちの、絶望に染まった目だった。
「あ……」
「萌、様……いまのは、その……」
自分たちが今、どんな姿をしていたか。線香花火のように儚いプライドが砕け散る残酷な事実が、静まり返った会場に染み渡っていく。
「う、うわあああん! おにぃにたちが、みんなを頭のおかしい人にしちゃったぁぁ!」
私はあまりの羞恥とカオスさに耐え
かねて、お父様の胸に顔を埋めた。
幼児化のゆるゆる涙腺が、誘拐の恐怖
からのこの落差で完全に決壊したのだ。
(せっかく可愛いエルフに生まれ変わったのに! 最初に見た貴族の社会がこれ
なんて、異世界ハードモードすぎるよぉぉぉ!!)
「萌、萌ちゃん違うんだ! これは萌が帰ってくるためのーーっ!」
「おいライダ、マイク切れてない!
切って! 萌ちゃん、僕を、嫌わないでぇぇぇ!?」
さっきまで戦場を支配していた鬼コーチ二人が、一瞬にして真っ青になって壇上から転げ落ちてくる。
その横で、私を抱きしめるお父様の身体から、メキメキと地鳴りのような威圧感が放たれ始まった。
お父様の額には、見たこともないほどどす黒い青筋がピキピキと浮かび上がっている。
「……アレク。ライダ。あとで、たっぷり話をしようか」
お父様の地獄の底から響くような声とともに、会場のすべての窓がガタガタと震え出したのだった。(第59話 完)
第59話をお読みいただきありがとうございました!萌ちゃん、せっかくメイドさんに可愛い「バラの髪型」にしてもらったのに、会場に戻った瞬間、すべてを台無しにするレベルの地獄絵図(笑)が広がっていました。大の大人(それも国の重鎮たち)が、声を押し殺して床をゴロゴロのたうち回っている姿は、前世がアラサーOLの萌ちゃんじゃなくてもトラウマものです。にぃにたち、萌ちゃんのために良かれと思って(?)やったことですが、お父様の怒りのレーダーにバッチリ引っかかってしまいました。次回、怒れるお父様の制裁とお兄ちゃんたちの運命やいかに……!少しでも「面白い!」「にゃんこジェスチャー見たすぎる」と思ってくださったら、ぜひブックマークや評価の☆で応援していただけると励みになります!




