第32話『緑のゆりかごが開くとき』
いつもお読みいただきありがとうございます!前回、ジント様の優しい問いかけに、ついに前世の秘密を話し始めた萌ちゃん。過去のつらい記憶を乗り越えて、緑のゆりかごから一歩を踏み出すことができるのでしょうか……?今回は家族の愛、そして新しく出会ったジント様たちの温かさがたっぷり詰まったお話です。ぜひ最後まで楽しんでいってください!
ゆっくりと、本当にゆっくりと、頑丈に閉じ合わされていた緑の葉が左右へと開いていく。
お部屋のランプの優しい光が、ゆりかごの隙間から中へと差し込んだ。 けれど、大人たちが外でそんな風に心配してくれているとは、ゆりかごの中の萌ちゃんは知る由もなかった。
ゆりかごの中にいる萌ちゃんは、
自分との戦いに勝とうとしていた。
(うぅ、ここから出たら色んな物投げちゃったし、花瓶も割れる音がした……。子供の頃はさっきみたいなことをしたら、両親は激おこになって叩かれてた……。それでも、今の家族は物を壊したことより、私のことを心配してくれる……)
今の世界で、幻のエルフの子供として、萌はとても愛されていた。
でも、前世の子供の頃の私は、誰からも愛されなかった。
二人の萌の心が激しく葛藤して、小さな体をこれでもかと苦しめていたので
あった。
「もえちゃんなかなか出てこないけど、大丈夫かしら? 今聞いた話だと転生者でもあったけど、猫を助けるとても優しい子だわ」
お母様が心配しながらも、根から優しい子なんだと微笑み、我が子には変わりないとも思った。
その隣で号泣しているのはお父様だ。
「うぉぉぉお父様は萌のこと愛してるぞぉぉぉ! 安心して出てこーい!」
お父様は腕を目に擦り付けながら号泣していた。それでも、本当にお父様は萌のことが好きなんだなっていうのが痛いほど伝わってくる。
ジント様は緑のゆりかごに手を当てたまま、黙って目をつぶり、出てくることを願っていた。
(まだ今日しか会ったことなかったけど、ヴィンテ・ラジの家族を見てたらとっても愛されてるのが伝わってきたんだよ。だから、萌ちゃん。ゆっくりゆっくりでいいから、隙間を開けて。そしたら、こっちが開けるから)
お父様の、格好つかないけれど愛がいっぱいに詰まった号泣する声。
お母様の、「我が子には変わりない」という優しい微笑みの気配。
(あ……。やっぱり、お父様もお母様も、前世のあの人たちとは違う。私が
こんなに悪いことをしちゃったのに……『愛してる』って、そう言ってくれてる……!)
ジント様の、手のひらから伝わってくる温かい願いも、萌ちゃんの背中をそっと押してくれた。
(ゆっくりで、いいんだ。もう、私を叩く人は誰もいない。私は、この世界の萌ちゃんなんだから……!)
前世の冷たい呪いに、今世の温かい愛が打ち勝った瞬間だった。 胸の奥から湧き上がる大きな勇気。萌ちゃんはまだ少し震える手を、そっと緑の葉へと伸ばした。
カサリ、と静かな音が部屋に響く。
「あ……! あなた、見て!」
「萌ちゃん……!?」
大人たちが一斉に息を呑んだ。 頑丈に閉じ合わされていた『緑のゆりかご』が、萌ちゃんの勝利した意思に応えるように、ゆっくり、ゆっくりと外側へ開き始める。 部屋の優しいランプの光が、ゆりかごの中へと差し込んだ。
そこには、涙で目を腫らしながらも、
しっかりと前を向いた小さな萌ちゃんの姿があった。 萌ちゃんは短い足をよいしょと動かして、外の世界へ、大好きなみんなの元へと一歩を踏み出した。
「おとうたま……、おかあたま……っ!
じんとしゃま……! ごべんなしゃい……おへや、めちゃくちゃにしちゃいまちた……っ」 たどたどしい言葉で一生懸命に謝る萌ちゃん。その瞬間、お父様とお母様の胸に愛おしさが爆発した。
「萌ちゃんーーーーっ!!」 お父様が物凄い勢いで駆け寄り、床に足がついたばかりの萌ちゃんを、全力でぎゅーっと抱きしめた。 お父様の大きくて温かい胸のぬくもりが、前世の冷え切った記憶を、今度こそ綺麗に溶かしていく。
「謝らなくていいんだよ、萌ちゃん! お部屋なんて何回壊したって、お父様がいくらでも直してあげるからね! 無事でよかった、本当に本当によかった……!」
「えへへ……おとうたま、あったかいでちゅ……」
お父様の腕の中から、萌ちゃんは
そっとジント様のほうを見つめた。
今日初めて会ったばかりだけど、
さっき優しく話しかけてくれた
綺麗な人。
「じんとしゃま……、ありがちょじぇまちた……」
ジント様はそっと萌ちゃんの前にひざまずいた。まだ萌ちゃんのことをよく知っているわけではないけれど、ヴィンテ・ラジの家族にどれほど愛されているかは、今の様子を見ていれば痛いほど伝わってくる。
(今日会ったばかりの僕にまで、そんな風に言ってくれるなんてね)
ジント様は萌ちゃんの小さな手を、両手でそっと優しく包み込んだ。
そして、安心させるように穏やかに微笑む。「よく頑張って出てきてくれたね、萌ちゃん。君を傷つけるものはここには誰もいないよ。お部屋のことは気にしなくて大丈夫だ。ゆっくり休むといいよ」
「にゃあお!(僕もいるよ!)」
みちゃーれも嬉しそうに鳴いて、萌ちゃんの手の甲をペロペロとなめた。
大暴れして、大泣きして、自分自身の心と必死に戦って――。 ゆりかごから出た瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れたように、萌ちゃんは大人たちの温かい腕の中で、すうすうと静かに眠りについたのだった。
小さな寝息を立てる萌ちゃんを抱きしめながら、お父様もお母様も、そしてジント様も、その愛らしい寝顔をいつまでも優しく見守り続けるのだった。
第32話をお読みいただきありがとうございました!葛藤を乗り越えて、勇気を出してゆりかごから出てきてくれた萌ちゃん……!「おとうたま、おかあたま、じんとしゃま」の赤ちゃん言葉、そして「ごべんなしゃい」と一生懸命に謝る姿に、書いていて胸がキュンとしてしまいました(笑)。物を壊したことよりも、何より萌ちゃん自身のことを心配してくれる今の家族。前世のつらい記憶が、みんなの温かさで少しずつ溶けていって本当によかったです。最後は安心しきって腕の中でスヤスヤ眠ってしまいましたが、大暴れして大泣きして、小さなお体ですごく頑張りましたね!次回、ぐっすり眠った萌ちゃんが目を覚ますと……?少しでも「萌ちゃん可愛い!」「よかったね!」と思ってくださったら、ぜひブックマークや評価の星(☆☆☆☆☆)で応援していただけると、執筆の励みになります!それでは、第33話もお楽しみに!




