第154話 世界樹の夢に誘われて――幻のエルフに戻った私が、純白の空間で出会った神聖な存在
いつも応援ありがとうございます!『社畜OLの葛木萌
猫を助けて異世界へ!』をお読みいただき、本当にありがとうございます。
前回、じんと様の腕の中で極上の癒やし魔力に包まれて寝落ちしてしまった萌。
今回はその続き、不思議な夢の中での出来事です。
いつもと違う幻想的な雰囲気と、新たな出会いをどうぞお楽しみください!
「……ん……っ」
シャラン、シャラン、シャラン。
遥か遠く、あるいは頭のすぐ近くで
清らかな鈴の音が響いていた。
世界樹の葉がそよ風に揺れるたびに
奏でられるという、あの心地よく神聖な
空間。
婚約者であるじんと様の温かい腕の中で、張り詰めていた心がほどけるようにすとんと意識を手放した私は、極上の
心地よさに身を委ねていたはずだった。
聖域の森に満ちる圧倒的な癒やしの
魔力と、じんと様の白手袋越しに伝わる絶対的な安心感。
それに逆らうことなく、ふかふかの波に沈み込むように深い眠りに落ちた私が
次にゆっくりとまぶたを開いたとき――そこは、見慣れた大好きな人たちの前ではなかった。
「……あれ? 私、寝ちゃったはず
じゃ、ないみゅ……?」
思わず口から出そうになったいつもの可愛い語尾が、喉の奥でふっと消える。
声が妙にクリアだった。
うさぎの姿のときのような、どこか
こもった小さな声ではない。
自分の本来の声が、真っ白な空間に響いている。
違和感を覚えて、私は慌てて自分の手元へと視線を落とした。
そこにあったのは、現実世界で私を困らせていた、白くてモフモフとした丸い
うさぎの前足ではなかった。
「あ……戻ってる……!」
そこに白く滑らかな人間の、それで
いて小さな子どもの手が、十本の指が
ちゃんと並んでいた。
驚いて自分の頭に手を当ててみれば
さらさらとしたシルクのような触り心地の銀髪が指の隙間をすり抜けていく。
さらにその少し上、耳の触感を確認すると、ほんのりと上を向いて尖った
特徴的な長い耳がそこにあった。
現実世界では世界樹の魔力を浴びてもうさぎの姿のままだったのに、どうやらこの不思議な夢の空間の中では、私は
本来の姿――『幻のエルフの幼女』へ
と戻ることができているようだった。
言葉も、語尾に「みゅ」をつけなくても普通に喋れている。
姿が戻った。その喜びは確かにあったけれど、それ以上に、私の胸の中を
どす黒い不安が覆い尽くしていった。
視界のすべてが、純白の光に満ちている。
上を見上げても、下を見下ろしても
右を見ても左を見ても、どこまでも境界線のない、真っ白で果てしない空間が
広がっているだけ。そして何より
おかしいのだ。
さっきまで、私の体を誰よりも優しく、大切にその胸に抱きとめてくれていたはずの、婚約者のじんと様がいない。
「じんと様……? じんと様、どこですか……!?」
声を張り上げてみても、私の声は
どこまでも広がる白い世界へと虚しく
吸い込まれていくだけで、何の反響も
返ってこない。
当然、あの耳に心地いい彼の優しい声が返ってくることもなかった。
一歩、足を踏み出してみる。地面が
あるのかさえ分からない空間だったが
足裏には不思議と、現実世界で踏み
締めた世界樹の苔のような、柔らかな
感触があった。
私は幼児化エルフの小さな足で、必死にトコトコとその白い世界を歩き回り
始めた。
「お兄ちゃん! アレク兄様!
ライダ兄様! 冗談ならやめて出てきてよ!」
いつもなら、私が少しでも困った顔をすれば、眼鏡を光らせて過保護に分析を始めるアレク兄様も、木刀を放り出して大騒ぎするライダ兄様も、ここにはいない。
「お父様! お母様! ルミエラお母様ーー!」
育ててくれた優しく威厳のある両親の声も、私を本当の娘のように愛してくれたルミエラお母様の美しい佇まいも
どこをどう探しても見当たらなかった。
上下左右の感覚すら曖昧になる真っ白な世界を、私は何度も何度も走り回り
小さな喉が枯れるほどに名前を呼び
続けた。
けれど、聞こえてくるのはただ
シャラン、シャランという世界樹の調べだけで、大好きな家族の気配は微塵も
感じられない。
あまりの静けさと、世界に自分一人
だけが取り残されてしまったかのような圧倒的な孤独感に、私の小さな心臓が
不安でドクドクと早く、痛いほどに
脈打ち始める。
「嘘、でしょう……? みんな、私を
置いてどこにいっちゃったの……?」
元社畜としてのメンタルなんて、幼児化して不安定になった精神の前には何の役にも立たなかった。
ぽつんと一人きり、真っ白な世界の
真ん中で立ち尽くし、ギュッと小さな両手を握りしめて、今にも涙が溢れそうになっていた、その時だった。
「ふふ、よく眠っていたね。小さくて
可愛い迷子さん」
驚く私の頭上から、鈴の音をより
優しく、そしてどこか神聖にしたような美しい声が降ってきた。
ハッとして顔を上げると、そこには
空間の白さとは異なる、淡く神秘的な
光を放つ大きな翅を持った存在が浮かんでいた。
透き通るような長い髪をなびかせた
その姿は、目も眩むほどに美しい女性のようでありながら、どこか青年にも見える中性的な魅力を放っている。
その体からは、世界樹の森で感じたもの以上に、濃密で清らかな精霊の気配が
溢れ出ていた。
「……あの、あなたは……? みんなは
私の家族はどこですか……っ?」
涙目を拭いながら尋ねる私に
向かって、その神聖な存在はふわりと
地上へ降り立ち、悪戯っぽく微笑んだ。
URLの海を漂うように優美なその
仕草で、私の小さなエルフの尖った耳にそっと冷たい指先で触れながら、優しくささやいた。
「安心しておくれ。君の大切な人たちは、現実の世界で君の目覚めを今も
優しく待っているよ。
ここは世界樹の記憶の欠片であり
君の魂だけを一時的に招き入れた私の
領域。
だから、彼らがここにいないのは当然のことなんだ」
「現実で、待っている……」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が解け、私の胸に温かい
安堵が広がった。
そうだ、じんと様が私を置いていく
はずがない。
現実の私は、今も彼の腕の中で守られているのだと、確信することができた
から。
ホッと胸をなでおろした、その瞬間
だった。
純白だった空間が、さらに一段と
あたたかい優しい黄金色の光によって
満たされていった。
光が収まるにつれて、その中心から
まるで世界樹そのものの化身であるか
のような、圧倒的な神々しさと慈愛を
まとった美しい女性が、静かに姿を現した。
「おいで、萌。よく頑張って、ここまで辿り着きましたね」
その人は、私の名前を愛おしそうに
呼ぶと、優しい笑みを浮かべながら
トコトコと私の方へ向かって歩み寄ってきた。
彼女こそが、精霊樹の壮大なるすべての記憶をその身に宿し、世界の始まりを見つめてきた存在――ルーミーエラ。
ルーミーエラ様は、不安で強張っていた私の小さな体の前にそっと身を屈めると、白く透き通るような美しい手を
伸ばした。
そして、私のふわふわとした銀髪の
頭を、包み込むようにして、とても
優しく撫てくれたのだ。
「ルーミーエラ……様……っ」
彼女の温かい手のひらから伝わって
くるのは、現実世界で私を包み込んで
くれたじんと様の腕の中と同じくらい
あるいはそれ以上に深い、圧倒的な慈愛と癒やしのぬくもりだった。
ルーミーエラ様に何度も、何度も頭を優しく撫でられているうちに、私の心の中にこびりついていた不安や、一人
ぼっちの孤独感は、まるで春の陽気に
あてられた雪のように、すーっと綺麗に溶けて消えていくのだった。
世界樹の深淵で、精霊樹の記憶を持つ彼女が私に語りかける言葉とは――。
(第154話 終わり)
第154話をお読みいただき、ありがとうございました!
現実ではまだモフモフうさぎのままでしたが、夢の中では無事に本来の幼児化エルフ姿に戻れた萌。
しかし、目覚めた場所は真っ白な空間で、じんと様やお兄様たちが誰もいない……!
一時はどうなることかと思いましたが、精霊樹の記憶を持つ「ルーミーエラ様」が登場し、優しく頭を撫でてくれました。あの大きなぬくもりに、読者の皆様も一緒に癒やされていただけたら嬉しいです。
ルーミーエラ様が萌に語る「世界樹の真実」とは一体何なのか……!?
次回の展開もどうぞお楽しみに!
【読者のみなさまへのお願い】
「エルフ姿の萌ちゃんもやっぱり可愛い!」
「ルーミーエラ様の正体が気になる!」
と思ってくださった方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】のポイント評価や、ブックマーク登録で応援をよろしくお願いしますみゅ!
皆様の応援が、次の話を繋ぐ大きな原動力になります。
次回、第155話もどうぞよろしくお願いします!




