第133話:お肌ツルツルのお母様と、胃薬が手放せない男たちの隠密旅
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回の第132話では、失敗作のお菓子たちを見事に完食した公爵家の男たちが、翌朝揃って全滅するという自業自得(?)な事件が発生しました。
今回は、そんな満身創痍の男たちを救うべく、お抱えの医師が処方した『超苦い胃薬』が登場します。
しかし、そんな男たちを余所に、今回もあの御方が圧倒的な強さ(と美肌)を見せつけることに……!
萌ちゃんの身体を元に戻すための隠密旅、ある意味で大ピンチな状態でいよいよスタートです!
公爵家お抱えの高名な医師が処方したその胃薬は、一言で表現するならば
『地獄の煎じ汁』だった。
漆黒の液体からは、およそ体に良いとは思えない禍々しい香草の匂いが
立ち上っている。
お医者様いわく「高密度に固まった
小麦粉と炭化物を分解するには、この
荒療治しかありません」とのことだったが、それにしても限度というものがあるだろう。
「……ぐ、ぬぅ……。これは、本当に薬なのか……? 新手の毒物では……」
公爵家当主であるお父様が、机の上に置かれた湯飲みを前に、見たこともないほど渋い顔をしていた。
国を揺るがす強大な魔力を持つ男が
たった一杯の液体を前に完全に腰が引けている。
「父上、男なら……漢なら、一気に行くしかありません……! うおおおおお!」
雄叫びをあげながら、ライダ兄様が
特攻精神でその漆黒の液体を煽った。
しかし、喉を通り過ぎた瞬間
「ぶふっっ!?!? か、辛いっ!
苦いっ! 舌が痺れて、エルフの隠れ里じゃなくて三途の川が見えるぞこれぇ!!」
野生児のライダ兄様が涙目で のたうち回るほどの破壊力。
それを見たジント様は、そっと湯飲みから目を逸らした。
「……私は魔術師だ。自身の代謝を魔法で活性化させれば、このような不吉な
液体を飲まずとも――」
「ジント様? お医者様の処方薬を拒むなど、最高峰の魔術師が聞いて呆れますわ。さあ、どうぞ?」
背後に笑顔のお母様(お肌ツルツル)が光の速さで降臨した。
逃げ道を塞がれたジント様は
青ざめた顔で「……っ」と覚悟を決め
優雅さを完全に失った渋い顔で胃薬を喉へと流し込んだ。
その眉間のシワは、まるで岩盤のよう
だった。
最後に残されたアレク兄様は、公爵家長男としてのプライドをかけ、一切の
表情を変えずに一気飲みを敢行した。
――が、飲み干した瞬間、メガネの奥の目が完全に据わり、ガタガタと全身を震わせながら無言で机に突っ伏した。
こうして、公爵家の男たちは、旅立ちの前に別の意味で致命傷を負ったのだった。
それから数時間後。
ようやく胃痛が少しだけ落ち着いた男たちは、胃薬の小瓶を大量に懐へ
忍ばせ、ついに『エルフの隠れ里』へ
と向かう隠密の馬車へと乗り込んだ。
今回の旅は、萌ちゃんの身体を元に
戻すための重要な旅。
目立たないよう、公爵家の紋章を隠した地味な(それでも最高級の頑丈さを
誇る)馬車での移動である。
がたごと、と心地よい振動を立てて馬車が目的地へと向かって走り出す
中――。
「やっぱり、お出かけはワクワクいたしますわね。ねえ、萌ちゃん?」
「みゅ〜! きゅきゅっ!」
馬車の中で、誰よりも呑気に、そして優雅に過ごしているのはお母様だった。
昨夜、男たちが全滅した凶悪なお菓子の栄養をすべて美肌へと昇華させたお母様は、朝からずっとお肌がツルツルのピカピカに輝いている。
そしてそのお膝の上には、つやつやの白い毛並みを弾ませてご機嫌な萌ちゃん(うさぎ姿)がちょこんと座っていた。
お母様は、ふふっと微笑みながら
お茶請けの籠から一つのお菓子をつまみ上げる。
「うん、サクサクして美味しいわ。
料理長、昨夜の失敗に懲りて、今朝は
とても上手にお作りになったのね」
さくっ、さくっ、と。
お母様は実に軽快な音を立てて
バターたっぷりの特製クッキーを美味しそうに食べ始めた。
馬車の窓から差し込む光を浴びて
クッキーを食べるお母様と、そのお膝の上で長いお耳をぱたぱたさせる
萌ちゃん。
そこだけを見れば、まるで美しい絵画のような、平和で微笑ましい光景なのだが。
その対面に座る男たちの視線は、完全に死んでいた。
「……す、すまない妻よ。
大変申し訳ないのだが……その、クッキーの『さくっ』という音が……今の私の胃壁に、直接ドワーフの槌を叩きつけられているかのような衝撃を……うぐっ」
お父様が青い顔をして、再びみぞおちを押さえた。
「父上、喋ると……喋ると、あの地獄の胃薬の味が口の奥からリバースしてきます……。クッキーのバターの匂いだけで、俺の三半規管が……っ」
ライダ兄様は馬車の座席にぐったりと横たわり、死んだ魚のような目をしている。
アレク兄様いたっては、もはや声すら発せられない。
お母様がクッキーを口に運ぶたび
懐に入れた胃薬の小瓶をギチィ……と
強い力で握り締め、窓の外の景色
(虚無)をただじっと見つめていた。
ジント様も、静かにこめかみを押さえて瞑目している。
「みゅ? みゅきゅ〜う……?」
お母様の膝の上から、萌ちゃんが不思議そうに男たちを見上げた。
(みんな、どうしてそんなに顔が渋いの? お外の景色、すっごく綺麗なのに。あ、お腹が空いてるのかな?
お母様のクッキー、半分こする?)
萌ちゃんは優しさから、お母様が
持っているクッキーの欠片を、ちっちゃなおててで「みゅっ」とお父様の方へ差し出そうとした。
「ひっ、萌ちゃん、気持ちだけ受け取っておく……! 今は、今だけは、その
小麦粉の塊を私に近づけないでくれ……っ!」
お父様が本気で怯えたように身を
引く。
そんな男たちの限界っぷりを見て
お母様は上品に喉を鳴らして笑った。
「あらあら。皆様、エルフの隠れ里に
着く前に、胃薬が底をついてしまいそうですわね?」
お肌ツルツルのお母様の楽しげな声と、萌ちゃんの無邪気な「みゅー!」という鳴き声。
そして、クッキーのサクサクという
音に怯えながら、必死に胃薬を握り
しめる男たち。
公爵家のエルフの隠れ里への隠密
旅は、こうして、ある意味で非常に
スリリングな幕開けを迎えるのだった。
(第133話 終わり)
第133話をお読みいただき、ありがとうございました!
お医者さんの処方した胃薬、どれだけ苦かったのかは
男たちの渋い顔がすべてを物語っていますね(笑)。
ライダ兄様には三途の川が見え、アレク兄様は無言で限界を迎え、お父様はクッキーのサクサク音に怯える始末……。
その横でお肌ツルツルのまま優雅にクッキーを食べるお母様が、今回も文句なしの最強でした!
萌ちゃんが良かれと思ってクッキーを差し出すピュアな追撃も、胃もたれの男たちにとってはなかなかの精神攻撃になっていて可愛かったです。
胃薬のストックが切れる前に、無事にエルフの隠れ里へたどり着けるのでしょうか?
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