第131話:白紙の本に書かれた、次なる言葉
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回の第129話では、不器用なタルトをきっかけに萌ちゃんが涙し、最後は満面の笑顔を見せてくれました。
※ここで読者の皆様へお知らせです!
第130話は「お菓子視点のコミカルな番外編(裏舞台)」となっております。
そのため、今回の第131話は、第129話のラスト
(萌ちゃんの笑顔の瞬間)からの直接の続き(本編)となります!
ついにあの『不思議な本』が光り輝き、物語の大きめのターニングポイントを迎えます。
ちっちゃなうさぎ姿の萌ちゃんの可愛い鳴き声と、公爵家の過保護な大人たちの全力のリアクションにぜひ
ご注目ください!
「みゅ、みゅ~う……きゅっ、きゅきゅっ!」
私はもう一度、世界一優しい味がする不格好なタルトの一切れをお口に運びながら、心の中で前世のお母さんにそっと呟いた。
(お母さん、私ね、こっちの世界で
こんなに素敵な家族に巡り合えたよ。
だからもう、寂しくないよ――!)
真っ白な小麦粉の煙がダンスする
キッチンで、私たちの甘くて不器用な
挑戦は、最高の笑顔とともに幕を閉じたのだった。
――そう、綺麗に幕を閉じるはずだったのだ。
その瞬間だった。
キッチンの作業台の上、少し離れた場所にぽつんと置かれていた、あの
『不思議な本』が、突如として眩いばかりの黄金色の光を放ち始めた。
「にゃ、にゃあ! 本が、本が光ってるにゃー!」
みちゃーれが驚きのあまり泡立て器を床に落とし、カスタードまみれの顔のままピョンと飛び上がる。
光の輝きはみるみるうちに強くなり
キッチン全体を昼間のような明るさで照らし出していく。
あまりの眩しさに、お父様もライダ兄様も反射的に腕で顔を覆った。
バサバサバサバサッ!
光の中に浮かび上がった本のページが、まるで意思を持つ生き物のよう
に激しくめくれていく。
これまで私たちがどれだけ魔力を
流しても、どんな高級なインクで文字を書き込もうとしても、頑なに白紙のままだったページ。
それが今、凄まじい勢いでめくられ、ちょうど中ほどのページでピタリと
止まった。
じわり、と光が一点に収束していく。
まるで透明な絵の具で誰かがリアルタイムに描いているかのように、鮮やかな文字と繊細な挿絵が、みるみるうちに
白紙のページへ刻まれていった。
「これは……私たちの姿か……?」
光を恐れず、いち早くそのページを覗き込んだアレク兄様が、驚愕の声を漏らす。
そこに描かれていたのは、粉まみれになって巨大なボウルを囲む公爵家一同と、カスタードを頭から被った
みちゃーれ。
底には、それを嬉しそうに見つめながら小さなタルトを食べている、ちっちゃな白い姿――私の姿だった。
今まさに、このキッチンで起きていたばかりの『不器用なお菓子作り』の光景が、まるで歴史ある絵本のワンシーンのように美しく模写されている。
「なるほどな……。完璧な魔術や完璧な調理ではなく、萌を想う
『不器用な愛』、そして萌が自らの過去を受け入れた心の成長こそが、この
本の封印を解く真の鍵だったというわけか」
ジント様が感心したように細い目をさらに細め、光り輝く本のページをそっと美しい指先で撫でた。
カチリ。
その瞬間、私の頭の奥深くで、何かのストッパーが外れるような硬質な音が響いた。
「きゅ……? みゅ、みゅ~う……?」
(あ、あれ……? なんだか、身体がポカポカする……?)
本から溢れ出た温かな魔力の波動が、さざ波のように私の小さな身体を優しく包み込んでいく。
魔力の暴走のせいで、今はすっかり
ちっちゃなうさぎの姿になってしまって
いる私だけど、その身体の奥深くでせき
止められ、ぐちゃぐちゃに絡まっていた魔力の流れが、すうっと正常な軌道へと戻っていく明確な感覚があった。
背中のあたりがむず痒くなり、ちっちゃなおててにぐっと力がこもる。
まだ完全ではない。
今すぐ人間の姿に戻れるわけではないけれど、この本の謎を一つずつ解き明かしていけば、いつかこの魔力の暴走を完全にコントロールして、本来の姿に戻る日もそう遠くはないかもしれない。
前世の社畜OL・葛木萌ではなく、この世界でみんなに愛されている『萌』と
して、自分の足で自由に旅をする日が
きっと来る。
そんな確かな希望が、本の温かい光とともに、私の胸の奥深くにしっかりと宿るのを感じていた。
しかし、感動に浸る私の前で、本の
ページにさらに新しい文字が躍り出た。
挿絵の下の余白に、サラサラと金色の流麗な文字が書き加えられていく。
『白紙の本に書かれた、次なる言葉』。
それは、物語の次なる章を示す、道標のような一文だった。
「……ジント様、これはなんて書いてあるのですの?」
お母様がそっと尋ねると、ジント様は刻まれた金色の文字を静かに読み上げた。
「『愛おしき小さき者よ。
失われた温もりは今、汝の手の中に
あり。
次なる光は、深き緑の揺りかご――
エルフの隠れ里にて待つ』
……そう書かれているね」
「エルフの隠れ里……!」
ジント様の言葉が響いた瞬間
キッチンが今日一番の静寂に包まれ――次の瞬間、爆発したような大騒ぎになった。
「エルフの隠れ里ですって!?
まあ……! あそこなら、萌ちゃんの
魔力の暴走を止める秘術や、元の姿に
戻るための手がかりがあるかもしれませんわ!」
お母様が両手を頬に当て、粉まみれの顔を輝かせながら涙ぐむ。
「幻と言われるエルフの里か……!
よし、すぐに旅の準備だ! 我が公爵家の精鋭騎士団を動員して、萌の行く手を阻む魔獣どもをすべて塵にしてくれる!」
お父様が拳を握りしめ、まるでこれから戦争にでも赴くかのような覇気を放ち始めた。
「待ってくれ父上、エルフは警戒心が
強い種族だ。騎士団なんて連れて行ったら里を閉ざされてしまう。
ここは俺とライダで、萌の護衛として
隠密に同行するのがベストだ」
アレク兄様が冷静に、しかし瞳の奥にギラギラとした過保護な炎を燃やしながら眼鏡を押し上げる。
「いや、俺の剣技があればエルフの森の結界だろうが力技で突破して見せるぜ!
萌、待ってろよ、お兄ちゃんが絶対に元の姿に戻してやるからな!」
ライダ兄様が私の元へと駆け寄り
ちっちゃな私の身体をそっと両手で包み込んで、熱い視線を送ってきた。
「にゃあ! みちゃーれも行くにゃ! エルフの里の美味しい果物で、萌ちゃんに最高のお菓子を作るにゃ!」
みんなが私のこれからの未来のために、大真面目に、そして全力で大騒ぎしてくれている。
旅の目的が見えた重大さよりも
私の身体のことをこれほどまでに
心配し、喜んでくれているその「反応」が、何よりも嬉しかった。
だけど。今の私にとっては、それと
同じくらい、目の前の光景が愛おしかった。
「あら、そうと決まれば、エルフの里に持っていくお菓子の練習をさらに
しなければいけませんわね。
萌ちゃん、もう一口いかが?
今度はもっと上手にカスタードのダマを作ってみせますわ」
「おいおい母さん、俺の混ぜた生地の
不揃いさだって負けてないぜ!
次はもっと下手くそに作ってやるからな!」
「フッ、私の定規で測ったかのような美しい厚みを、あえてミリ単位で崩す技術こそが至高だよ、ライダ。次なる旅への餞別だ」
「にゃあ! みちゃーれのカスタードも、次はもっとドロドロにするにゃ!」
深刻な顔で未来の計画を立てていた
はずの大人たちが、次の瞬間にはもう
お互いの『不器用さ』をこれでもかと
誇らしげに自慢し合っている。
天才たちが揃いも揃って、どうやって
「下手に作るか」を大真面目に議論しているのだ。
言葉は通じなくても、みんなが私を喜ばせようとしてくれていることだけは、痛いほど伝わってくる。
「きゅきゅっ、みゅー! みゅきゅーっ!」
(みんな、ありがとぉ! 大好き!)
私は短いおててをパタパタと振り
ながら、最高に嬉しそうな鳴き声をあげた。
真っ白な小麦粉の煙がダンスする
キッチンで、私たちの甘くて不器用な
挑戦は、最高の笑顔とともに幕を閉じたのだった。
本の導きによって示された、次なる目的地『エルフの隠れ里』。
私の身体の謎と、この不思議な本の真実を解き明かすための、ちいさな
うさぎの自由気ままな旅は
――ここからまた、頼もしい
(少し過保護すぎる)家族とともに
新たな一歩を踏み出すことになるの
だった。
(第131話 終わり)
第131話をお読みいただき、ありがとうございました!
ついに頑なだった白紙の本の封印が解け、萌ちゃんの身体を元に戻すための次なる目的地『エルフの隠れ里』が示されました!
感動のタルト編、これにて本編は綺麗に(?)幕を閉じました。
……が! 本編の裏側で、大人たちが「萌ちゃんのために失敗作を処理する」という命がけのフードバトル
を繰り広げていたのをお気付きでしょうか?
この直前のエピソードである【第130話(番外編):失敗作たちの成仏】では、お菓子たちの視点と、白目を剥いて完食に挑む大人たちの爆笑の舞台裏が描かれています!
まだお読みでない方は、ぜひそちらの番外編もあわせて楽しんでいただけると嬉しいです!
次回の第132話からは、いよいよ新章『エルフの隠れ里編』がスタートします。
面白いと思ってくださったら、ぜひブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で応援していただけると励みになります!




