第10話逃亡劇始まり前編
いつもお読みいただきありがとうございます!前回、食堂で家族総出の「あーん」の洗礼を受けそうになり、大ピンチを迎えた萌ちゃん。アラサーのプライドをかけた、幼児の全力逃走劇が幕を開けます。どうぞお楽しみください!
「は、はにゃーーーっ!!!」
私は短い手足をカサカサカサッと凄まじい速度で動かし、公爵邸の長い廊下を爆走していた。
目指すは、あの
「全員がスプーンを構えて待ち構える恐怖の食堂」からの完全脱出である。
(なにあれ怖い! あんな距離で一斉にあーんされたら、アラサーの精神が羞恥心で消滅しちゃうわよっ!)
前世の社畜時代、遅刻寸前の満員電車に滑り込むために培った私の危機回避能力とステップ(※今はハイハイですが)を舐めないでほしい。
幼児化して低くなった視界のなか、私は必死に廊下を突き進む。しかし、背後からはガタガタガタッと椅子をひっくり返すような物々しい音が響き、すぐに大人たちの足音が迫ってきた。
「萌ちゃん待ってくれー! 廊下をそんなスピードで走ったら転んでしまう!」
「萌ちゃん! そっちには角がありますわ! ぶつかったら大変!」
「おい萌! 待てって! 逃げ足早すぎだろ!」お父様、お母様、アレク、ライダ、長年勤めるメイドさんたちの焦った声が廊下に木霊する。
(ひえええ! 追ってきた! 捕まったら
またおじ様たちの膝の上で『あーん』
の刑だわ!)
私は必死にハイハイの速度を上げた。……のだが、ふと後ろを振り返った私は、あまりにもシュールすぎる光景に思わずツッコミを入れそうになった。
後ろを走るお父様たちは、この国の最高峰の権力者であり、凄まじい強者たちのはずだ。本気を出せば、幼児のハイハイなんて一秒で捕まえられるに
決まっている。
それなのに彼らは、なぜか全員がへっぴり腰になり、両手を前に突き出し
ながら、ものすごいスローモーションのような動きでジリジリと追いかけてきているのだ。
(いや、なんで誰も全力で走らないの!?)
実は大人たちには、大人たちなりの死活問題があった。
『もし本気で追いかけて、萌ちゃんに
怖がられたらどうしよう……』
『力づくで捕まえて、萌ちゃんに嫌われて「嫌い!」なんて言われたら、ショックで我が家が崩壊する……!』
という、尋常ではない恐怖と戦っていたのである。結果として、誰も萌ちゃんに触れられず、
「あわわ、萌ちゃん……!」
「こっちにおいで……!」と手を泳がせながら、ただ後ろをゾロゾロとついて歩くという、奇妙な大名行列が出来上がっていた。
「よ、よし! このまま引き離すもんっ!」大人の「嫌われたくない心理」を逆手に取った私は、このまま逃げ切れると確信した。……が、世の中そんなに甘くはなかった。
「ふ、ふぇぇ……っ?」
思った以上の激しい運動に、私の小さな両腕が生まれたての小鹿のようにプルプルと震え始める。
自分では凄まじいスピードで爆走していたつもりだったけれど、悲しい、今の私の身体は生後まもない幼児スペック
なのだ。スタミナが圧倒的に足りない!
(……だめ、限界! ひとまず避難、
一時撤退よっ!)
廊下の隅に、ちょうど赤ん坊の私でも入れそうな飾り棚の隙間を見つけ、私は滑り込むようにしてその影へとそっと身を隠した。
さすがに連続ハイハイはきつい。幼児のデリケートで柔らかいお膝が床に擦れて地味に痛む。
私は小さな手で涙目になりながら膝をさすり、廊下を遠ざかっていく大人たちの足音を待った。
「萌ちゃん、どこーー? かくれんぼも
楽しいけど〜、お腹空いちゃうからご飯食べよーー!」
アレクお兄様が廊下をバタバタと走り回りながら、私を探している声が
聞こえる。
他のみんなも同じようなことを口々に叫んでいるけれど、私はあの
「全方位からの恐怖のスプーン乱舞」
から絶対に逃れたいの!……しかし、
静かに息を潜めてやり過ごそうとしていたその時、私の中に決定的な異変が
起きた。
「んぅ……? なんとゅか……からだ、あちゅい……?」カッカと、内側から体温が急上昇していくのがわかる。熱い。
まるで体が燃えてしまうんじゃないかと思うくらい、信じられない熱量が奥底からドクドクとせり上がってくるのだ。
それと同時に、自分の中に溜め込まれていた正体不明の「何か」が、決壊して
外へ溢れ出そうとする感覚に襲われる。
(う、嘘でしょ!? 一体私の中で何が起きているの……!?)
アラサーの知識をもってしても説明のつかない未知の恐怖に、私の目から自然と涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「いやだ……っ! あちゅいの、やちゃあ……っ!!」
お読みいただきありがとうございました!あんなにコミカルに逃げていたのに、ラストでまさかの大ピンチ……!?一体、萌ちゃんの小さな体に何が起きてしまったのでしょうか。過保護な大人たちがこの異変に気づいたら、一体どうなってしまうのか――。気になる大騒ぎの結末は、次回の『第10話・後編』で描かれます!「続きが気になる!」「萌ちゃん頑張れ!」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブックマーク、感想などで応援していただけると執筆の励みになります!次回もお楽しみに!




