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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●お出迎えの、時間

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第342話 階層主の準備だ、ね




 “不死のエナリア”第4層。表へと続く直径3mほどの通路で、ファイは膝を抱えて“マテ”をしていた。


 照明こそないものの、ファイの左隣――下方向へ続く縦穴からまばゆい光が漏れている。おかげでファイも、視界に困るということは無い。


 また、1人で膝を抱えるファイが孤独を感じるようなこともない。


 その理由は主に2つ。


 1つ目。縦穴がある方とは反対側。ファイの右隣には、たくさんの檻が並んでいる。大きさはこぶし大の物から、人間の頭の大きさくらいのものまでと様々だ。


 そして、檻の中には爬虫類や両生類を中心として、主に大樹林の階層に棲んでいる魔獣たちが出番を今か今かと待っている。


 檻の中で息づく彼らの存在が、ファイの癒しになっていた。


 と、その中の1体。洞窟蜥蜴と、ファイの目が合う。


 小首をかしげる洞窟蜥蜴に倣って、自身も首をかしげるファイ。つぶらな瞳と所作が可愛らしい洞窟蜥蜴を撫でてあげようと、檻に向かって指を伸ばした、その時だ。


「(ぷるぷる♪)


 肩に乗せていた音声通信用の青いピュレが震える。応答してみれば、今回の通信士を務める人物からの忠言が飛んできた。


『――ファイ。何度でも言うけど、その子たちに情をかけちゃダメよ』


 まるでファイの行動などお見通しとでも言うようなドンピシャの時機。もはや監視されているのではと周囲を見渡しながら、ファイは洞窟蜥蜴に伸ばしていた指を引っ込める。


「わ、分かってる、よ、ミーシャ? それに、私は道具。『情け』は、ない」

『はいはい、そうね。分かってるなら良いわ。それと、もうすぐ出番よ。準備しておいて』


 ファイが「うん」と返すころには、ミーシャとの通信は切れてしまっている。


 彼女の存在もまた、ファイが孤独を感じずに過ごせているもう1つの要因だった。


 今ファイが任されている仕事は、階層主を務める魔獣たちの補充作業だ。


 階層主の間の出入りを見張っている通信室からの指示があり次第、檻に入った魔獣たちと共に降下。魔獣の入った檻を壊して魔獣を解放し、ファイは再びこの場所まで戻って来る。


 今でこそ檻と魔獣たちは持ち運びやすい大きさになっている。だが、この檻を形作るのは、放冷石をはじめとする特殊能力を備えた不思議な金属だ。


 ひとたび檻を壊せば、檻と魔獣が本来の大きさになる。それは、ファイがかつて階層主を務めた際、銀狼たちを運んだ時に学んだことだった。


 声が聞こえなくなったピュレを撫でてあげながら、改めて自身の横にずらりと並ぶたくさんの檻を見遣るファイ。


 階層主を務める魔獣とは、つまり、ほぼ確実に探索者たちに殺される魔獣たちということでもある。


 そんな彼らに情を移せば、辛くなってしまうこと。それもまた、ファイは銀狼たちとの戦いを通して知ってしまっている。


 だからこそミーシャは繰り返しファイに忠告しているのだろうし、ファイも可能な限り気にしないように努めている。


 だが、動物のことが大好きなファイだ。


 やはり、ふとした瞬間にこの魔獣たちに待つ未来を考えてしまう。


 だからといって、ここにいる魔獣たちにファイが「ごめん」と口にすることは無い。理由としては「なんとなくダメな気がしたから」なのだが、その実。


 自分たちの都合で生かしておいて死の間際に謝罪するのは、目の前の命から目を背けているように感じられたからだ。


(家畜の時と、一緒。自分の役目をするこの子たちを、最後まで。ちゃんと見てあげないと、ね)


 ここにいる魔獣たちと同じで、ニナのために命を懸けて尽くすという役目を果たそうとしているファイだ。


 魔獣たちを自分の同胞としてとらえ、最後まで目をそらさずに向き合う。それこそが、死ぬために生まれてきた魔獣たちに対する、ファイなりのケジメのつけ方だった。


 そうして、ファイが次に殺されることになる洞窟蜥蜴と視線を交わし、首を傾げ合うこと数分。再びピュレが震える。


『――ファイ。出番よ』

「ん、了解」


 ミーシャの言葉を受けてゆっくり立ち上がったファイ。洞窟蜥蜴の檻と、彼の取り巻きにあたる魔獣の入った檻。そして、“あるもの”が入った袋を手に、縦穴に身を躍らせる。


 少しの浮遊感ののち、天井に擬態するピュレの体内をゆっくりと通過していけば、部屋の照明になっている巨大な夜光石の上に到着だ。


 念のために部屋の中を見まわし、生きている探索者が居ないことを確認。また、前回補充した魔獣が居ないことも確認する。


 探索者の不在を確認するのは、言うまでもなく、従業員(ファイ)の姿を見られないためだ。


 一方、魔獣の不在を確認するのは、この後に補充する魔獣と喧嘩をしたり、どちらかが相手を捕食して予想外の進化をしたりしないようにするため。そうファイはニナから聞かされている。


 減ったからただ魔獣を投入するという簡単な話でもないようだった。


(探索者の死体は……無い。魔獣も大丈夫そう)


 魔獣たちの死骸しかないことをしっかりと確認してから、ファイは階層主の間に降り立つ。


 差し当たり彼女が行なうのは、探索者に殺されてしまった魔獣たちの回収だ。


 洞窟蜥蜴たちの前に補充したのは、大黒熊1体と森角兎を10体。両者は共存関係にあり、基本的には喧嘩をしない組み合わせだ。


 ただ、大黒熊は空腹の場合、森角兎を捕食することもある。そのため、階層主として配置する場合はしっかりと食べ物を与えておかなければならない。ファイに教えてくれたのはユアだ。


 普段、ファイがいま行なっている階層主の補充作業は、ユアが行なっている。


 人や動物の気配を察知して震えるだけの紫ピュレを通じて、探索者の来訪を察知。ピュレを操って培養室から檻と魔獣を運び、探索者を迎えるという方式を取って来た。


 それは撮影機を設置してからも変わっていない。特に上層の階層主については、ユアの単独態勢で回っていた。


 ただ今回、このエナリアは通信室にミーシャを配置し、万全の監視体制を敷くことができている。


 トゥエラの監視をしているユアの負担を減らすためにも、ミーシャと連携して階層主の間の準備を行なっていたのだった。


 いつも階層主となる魔獣の組み合わせを考えているユアの言葉を思い出しながら、ファイは各所に散らばった魔獣の死体へと歩みを進める。


 切られ、焼かれ、潰され。あるいは食材・素材として肉や皮をはぎ取られ。様々な要因で殺されてしまった魔獣たちを、1対1体、手が血や臓物で汚れるのにも構わず、ファイは手に取って集めていく。


 その際、


「ありがとう」


 頑張ってくれた魔獣たちへの感謝と労いを込めた声かけも忘れない。


 出来ればじっくりと魔獣たちの死を悼んでいたいところだが、階層主の間の大扉が開くようになるまでという一応の時間制限もある。


 丁寧ながらも急いで死体をひとところに集めたファイは、檻と一緒に持ってきていた袋の口を開けた。


「それじゃあよろしく、ね」


 ファイが言うと、袋の中から赤い球体が這い出てくる。


 通称『赤ピュレ』。体色がピュレの性能と危険さを表すと言われる中、赤ピュレはガルン人が改良したピュレの中でも最上級の魔獣となる。


 その主な役割と言えば、掃除だ。


 生体・死体問わず、あらゆる生物に音もなく這い寄って捕食する。体液の酸性は白ピュレとは比べ物にならないほど強く、白髪のファイでさえ、数秒触っていれば火傷を負ってしまうほどだ。


 そんな赤ピュレを風の魔法〈フュール〉で浮かせ、魔獣たちの死体の上においてあげれば、


『(プルルン♪)』


 嬉しそうに震えた赤ピュレが、魔獣の死体を溶かして食べ始めた。


 この肉の量であれば、10分ほどで死体を平らげてしまうだろうか。ここまで数回、仕事を共にした同僚の働きぶりから推測するファイ。


 いつものように触ることはできないものの、ご機嫌に揺れる大好きなピュレを微笑ましく見守る。


(そういえば。ミーシャも可愛かった、な……♪)


 赤ピュレが食事を終えるまで、手持ち無沙汰なファイ。目の前で揺れる可愛いピュレ繋がりで、数時間前のミーシャの姿を思い出す。


 あれは、ニナが従業員たちに仕事を割り振っていた時のこと。


『ミーシャさんは、今回の通信士をお願いいたしますわ!』


 そんなニナの言葉に、最初、ミーシャはポカンとした顔をしていた。しかし、時間をかけてニナの言葉を咀嚼したらしいミーシャ。耳と尻尾をピンと立てると、


『えっ! あ、アタシも歓迎業務の仕事をして良いの!?』


 声に喜びを乗せて、緑色の瞳を輝かせていた。


 これまで、間接的にしか歓迎業務――探索者の出迎え――に関わってこなかったミーシャ。まさか自分にお鉢が回って来るとは思っていなかったらしい。


 椅子に行儀良く座りながら耳と尻尾を立てるミーシャに、ニナが優しい顔で頷く。


『はい! 第一進化を経て、睡眠も必要ではなくなりましたでしょう? 今のミーシャさんであれば、お任せできるかと思ったのですが……いかがでしょうか?』


 エナリア主からの深い信頼の込められた問いかけに、緑色の瞳を輝かせて一言。


『任せなさい!』


 満面の笑みと嬉しそうな声で言って、ミーシャは頷いていた。


 普段はなかなか素直になれない獣人族の少女が見せる渾身の笑み。また、彼女の成長を喜ぶように慈愛に満ちた顔をしていたニナ。2人の姿の、なんと尊かったことだろう。


「……ふふ」


 大好きな人たちの愛おしいやり取りを思い出して吐息をこぼす。そんなファイの顔を見ていた者は、幸いにも、誰も居なかったのだった。




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