第341話 弱い俺でも、できることを
時は少しさかのぼり、ファイ達が白髪の探索者たちの襲来に備える少し前のこと。
少しずつ気温が落ち着き始める、白緑のナルン(4月)の上旬。これから気温が少しずつ落ち着いていくアグネスト王国の南端。“不死のエナリア”と呼ばれるエナリアの入り口を前に、
「まさか、またここに来ることになるなんてな……」
苦い顔をする人物がいる。
カイル・シュウェイバー。ツンと立つ短い橙色の髪と、茶色い瞳。鍛え抜かれた身体と端正な顔つきをした、長身の人間族の青年だ。
彼と言えば、かつてファイがユアと植物採集を行なっていた時、色々とファイの面倒を見てくれた青年だ。
また、ファイが銀狼たちと階層主を務めた際、彼女の相手をしたのもカイル達『徒然』の面々だ。
アミスたち光輪と並び、ファイと少なからぬ縁のある探索者たちと言えるだろう。
そんなカイル達がおよそ2か月ぶりに“不死のエナリア”にやって来たのには、理由がある。
(ここにもうすぐ、白の艦隊が来る)
ノスヴェーレン帝国の代名詞ともいえる最強の探索者組合『白の艦隊』。構成の全員が白髪という、ウルンでも最強と名高い探索者組合だ。
同時に、幼少のカイルが「白髪の人々を助けたい」と思うようになったきっかけとなった人々でもある。
髪色が人生を決めると言っても過言ではない帝国において、白髪は戦争・エナリア攻略の道具として日々こき使われている。
そして、その姿を国民の模範として全国放送するのが、ノスヴェーレン帝国という場所だ。
投影機に映る彼ら彼女らを助けることはできないか。幼少の頃のカイルは悩んだ末、気づいた。
――あれ? 今まさに白髪の人が攻略してる“破滅のエナリア”を壊せば、あの人たちは助かるんじゃね?
当時は年相応だったカイルの浅慮が、徒然という探索者組合を生むきっかけになったのだから不思議だ。
大人になった今、“破滅のエナリア”を攻略しても白髪の人々を取り巻く状況を変えることはできないことはカイルも分かっている。
だが、黒色等級のエナリアを攻略するのは探索者であれば誰もが夢見る野望だ。
より良い稼ぎと、より良い名声・社会的信用のため。また、ほんの少しでも帝国で生まれた白髪の人々の運命が良くなることを願って、カイル達は日々、探索者としての活動していた。
そんな徒然の面々にとって、白の艦隊がいろんな意味で特別であることは言うまでもない。
まず、帝国民であればほぼ全員、白の艦隊に憧れを持っている。なにせ物心つく前から、毎日のように、投影機に映る白の艦隊の人々を目にしているのだ。
身を粉にして国に尽くす彼ら彼女らを見習うように教育されることもあって、もはや崇敬に近い感情を白の艦隊に抱くことになる。
さらに白の艦隊がほとんど表舞台に姿を現さないこともまた、偶像化を加速させる。
多くの帝国民にとって白の艦隊は、画面の中にだけ存在する、いわゆる「遠い存在」だった。
そして、それは帝国民だけで構成される徒然も変わらない。程度の差こそあるものの、白の艦隊は国民的な芸能人に近い位置付けだ。
――会えるのであれば、ぜひとも会ってみたい。
そう思ってしまうくらいには、憧れの感情がある。
同時に白の艦隊は徒然にとって組合の設立理由であり、“救うべき相手”でもある。普段は黒色等級エナリアに潜行していて逆立ちしても会えない相手が、自分たちの手が届く範囲に来てくれるのだ。
たとえ分不相応だと笑われようと、カイル達は手を差し伸べてみるつもりでいる。それこそ以前、この“不死のエナリア”で出会った不思議な少女――ファイにそうしたように。
憧憬と、救出。2つの想いを胸に、カイル達は再び“不死のエナリア”にやってきていたのだった。
(ファイ……元気にしていると良いんだが――)
「なーに黄昏てるのよ、カイル! それとも柄にもなく緊張してるとか?」
以前の攻略で出会った白髪の少女をカイルが思い浮かべていると、左腕に軽い衝撃がある。見てみれば、暗い金髪を揺らす幼馴染の森人族・ビータの姿がある。
腰に差した2本の短剣と、最新技術で極限まで軽量化された赤い全身鎧に身を包むビータ。軽口ついでに、こうして様子を見に来てくれたようだった。
「いや、少しファイのことを思い出していたんだ」
「ファイちゃんっていうと……あっ! 前の攻略で山菜拾いしてた白髪の子ね! 全体的にこう、間の抜けたと言うか……緊張感のない子だったから、覚えてるわ」
エナリアに居ながらほとんど武装せず、あそこまで自然体な探索者も珍しかったからだろう。ビータもファイのことを覚えていたようだ。
「あともう1人、確か獣人の子が居たような……?」
「ユアだな」
「そう、その子! よく覚えてるわね、カイル。さすがだわ」
相互互助の側面が強い探索者界隈だ。一度会った相手との縁を大切にしたいと思っているカイルは、なるべく相手の顔と名前を覚えるようにしている。
それはカイルが特別というわけでもないだろう。同じように心掛けている探索者は多いし、カイルもまた、先輩探索者からその心構えを説かれていた。
「なによ。またファイちゃんに会えたらいいなって~? 惚れたの~?」
いたずら好きの子供のように下品な笑みを浮かべるビータには、カイルも苦笑しきりだ。
「俺にとって白髪は人一倍特別だ。そういう意味では確かに、ファイは俺の特別な人ということになるな」
「……ふ~ん。あっそう」
なぜか不機嫌そうに小石を蹴飛ばしたビータの態度に片眉を上げつつも、カイルはファイを思い浮かべた理由を明かす。
「ビータも知ってるだろ? 白の艦隊の噂というか、性質だな」
言うと、ビータが勝気に吊り上がった茶色い瞳でカイルのことを見上げてくる。
「いろいろあるけど、話の流れ的にあれよね。自分たち以外の白髪を見つけたら、必ず殺すってやつ」
つまらなそうに言う幼馴染の言葉に頷いて、カイルは改めて“不死のエナリア”を見遣る。
自国の利益を最優先するノスヴェーレン帝国。それ自体は決して悪いことではなく、むしろ国としては当然だとカイルも思う。
だが、やり方が諸外国に比べてかなり強硬だ。
作物を育てる場所が無くなれば強気に国境を超えようとするし、海洋資源確保のために他国の領海を侵すこともしばしば。
中でも最も帝国が強気に動くのが、白髪関係だ。
ウルンにおいて戦争の優劣は、武器以外に白髪の数でも決まる。相手の国が自国よりも多く白髪を有しているというだけで、その国はあらゆる交渉において不利を被ることになる。
ゆえに帝国は、自国内のエナリアに入って来た他国の白髪を、平気で殺す。
白髪という兵器を送り込んできたのは相手国だ。帝国は対処したに過ぎない、と。そんな詭弁を並べ立て、エナリアの中だろうが外だろうが関係なく殺す。
また、ごくまれにこうして他国のエナリアを攻略する際も同じだ。
エナリアの中には魔物が多く居る。そのせいで、内部で発生した犯罪を立証するのが極めて困難な場所だ。
先日も、この“不死のエナリア”を拠点としていた犯罪組織が何者かによって壊滅させられたという話を聞いたばかりでもある。
そんなエナリアの性質を悪用して、帝国は内部にいる他国の優秀な探索者を殺害することがあると聞く。
そして、その功績を国民に向けて大々的に喧伝し、支持率を堅持するのが皇帝のやり方だ。
「もし白の艦隊がファイに会うようなことになれば……」
「ええ。間違いなく、殺されるでしょうね。むしろ白の艦隊の目的がファイちゃんって可能性さえあるわ」
隣で淡々と事実を口にするビータに、カイルは「そうだよな」とため息交じりに言うことしかできない。
つい最近耳にした噂では、ファイは複数人の仲間と一緒にこのエナリアで暮らしているのだという。
冗談だろうと笑い飛ばしたいところだが、情報の出所はアグネスト王家だというではないか。
また、かつてカイル達がファイを見かけた際も、エナリアの中だというのに彼女はほとんど武装せず、慣れた様子で過ごしていたように思う。
(ファイがこのエナリアに住んでいるというのも、あながち嘘ではない。そうなると、ファイと白の艦隊が出くわす可能性もそれなりに高い、か……)
帝国ではひどい仕打ちを受けている白髪。だが、すぐ隣のアグネスト王国では、基本的に何不自由なく暮らしていることをカイルは知っている。
表情こそ乏しかったが、上等な服を着て、血色も良かったファイ。エナリアに住んでいる理由は分からないが、帝国の白髪とは比べるべくもない自由な暮らしをしていたように見えた。
そんな彼女を見た時は「コレが自由に暮らす白髪の姿なのか」と。自身の夢の完成形を見て、カイルも嬉しくなったものだ。
ファイ・タキーシャ・アグネストは言わば、カイルの夢そのものだった。
「――……で? どうするつもりなの?」
様々な言葉が端折られた幼馴染の言葉を、カイルは正確に汲み取る。
確かに徒然が“不死のエナリア”に来た理由は、憧れの存在である白の艦隊をその目で見るためだ。彼らが実在し、活躍する姿を肉眼で確かめるために、遠路はるばるこのエナリアに来ている。
だが、カイル個人に目的を絞った場合、“不死のエナリア”を訪れた理由はファイの保護にある。
残念ながらカイルは、ファイが白の艦隊に殺されて喜ぶという、帝国における一般的な感性は持ち合わせていない。
そして、それは同じ村で生まれ育ったビータも同じらしい。
一緒に過ごしてきた時間の頼もしさを感じながら、カイルは改めてファイを守るための手段についてビータに明かす。
「情報通りなら、ファイの家は第13層にいるらしい。正直、今の俺たちの実力では行けない場所だ」
「悔しいけど、そうね。じゃあ、どうやって……?」
細い眉をひそめたビータに、一転。今度はカイルが、いたずらを思いついた子供のように笑う。
「前に俺たちがされたことをするんだ」
「あたし達が……?」
どういう意味なのか。おとがいに手を当てて考え込んでいたビータだったが、そこは幼馴染と言ったところだろう。すぐに「あっ」と声を上げると、カイルと同じでいたずらっ子のように笑う。
「ふふっ! 白の艦隊を休ませながら、ファイちゃんも守れるかもしれない……。帝国が実質的に管理している“破滅のエナリア”じゃできない、最高の案じゃない!」
「だろ? まぁ、バレたら帝国のやつらに殺されるかもなんだけどな……」
ウルンでも最強と名高い探索者組合に真っ向から挑むことなど、カイルにはできない。白髪の人々が背負うことになる運命を変えるような力が自分にないことも、よく分かっている。
それでも、白髪の人が少しでも“楽”に、幸せになることができる未来を夢見て。カイルはできる限りの“嫌がらせ”をすることに決めた。




