第340話 準備、していこう
探索者が来たというユアからの報告を受け、“不死のエナリア”の従業員たちが書庫に集っていた。
ファイが知る限り、緊急会議はこれで二度目。以前はファイを入れて4人だった会議も今では、ミーシャ、ロゥナ、フーカ、ティオ、メレの5人を加えた8人だ。
その他にもサラとエシュラム家の双子姉妹、ロゥナの家族は例によって、ピュレを使った遠隔参加。また、今回は前回よりも急を要するということで、各階層の住民を取りまとめる長達と繋がるピュレも、机の上に置かれている。
(……って、あれ。8人?)
頭上に疑問符を浮かべながら、改めて長机を囲む面々を見渡すファイ。
まず扉から一番遠い位置。長机の短辺で、上座と呼ばれる場所にニナが座る。お祝い事をするときも、あの位置に主役が座るのだったか。
ニナの右側の長辺に、ルゥ、ミーシャ、ロゥナというガルン人たち。左側の長辺にファイ、ティオの順で座っている。
メレはフーカの教えを請いながら、会議の参加者たちにお茶とお菓子を配膳中。それが済み次第、2人はティオの隣に座る予定になっていた。
(前のときが4人で、5人増えたら……9人じゃ、ない?)
指を折って計算するファイだが、そこでようやく不在者に気づく。
「ニナ、ニナ。リーゼ、は?」
このエナリアの最大戦力であるリーゼが、どういうわけかこの場にいないのだ。
思い返してみれば最近、高貴で、気品にあふれ、包容力に満ちたリーゼの姿を見ていない。その理由について右斜め前に座るニナに聞いてみると、
「あら? リーゼさんは恐らくまだ、マィニィ様のエナリアにいらっしゃいますわよ?」
メレがいれた紅茶を口にしながら、ニナがこともなげに答えてくれる。
ファイの記憶が正しければリーゼは、色結晶採掘のために派遣されてきたエリュの代わりとして「少しの間」、“希求のエナリア”に行っていたはずだ。
そして、色結晶の採掘はとうの昔に終わっている。自然、リーゼも帰ってきているものとばかり思っていたのだが――
(そっか。ガルン人は、のんびり屋さん)
時間というものに非常にずぼらなガルン人たち。長く生きれば生きるほど、それは顕著になる。
恐らくリーゼの中では「ほんの少し」と表現する時間でさえ、ファイ達にとっての数週間、1か月に当たる。そんな中での「少し」となれば、もう1、2か月、リーゼは帰ってこない可能性がある。
「連絡をしようにも、距離がありすぎてピュレの能力が届きませんわ。一応、もうすでに書簡は出しているのですが……」
早くてもウルンの時間で1週間ほどはかかるだろうというのが、ニナの見解のようだ。
つまり、くだんの探索者たちの進行速度にもよるが、このエナリアにおける最大戦力がいない状態で今回の事態に当たらなければならない可能性があるということでもあった。
また、もう1つ。ファイにはどうしても確認しておかなければならないことがある。
ファイがちらりと見遣るのはすぐ隣。足をブラブラさせながら会議の始まりを待っているティオだ。
数時間前、ガルン人の本質を目にして参ってしまっていた彼女。ファイがニナと話していた間に1人、自分の中で整理をつけたのかは分からない。それでも、
「ルゥお姉さん! そのお菓子、なに?」
「うん~? これ? 『アリッシュ』っていう、牛乳を使った氷菓子だよ~。さっきまでメレさんと一緒に作ってた試作品なんだけど……食べてみる?」
「うん!」
といった様子でルゥと親しげに話していることから、少なくとも、ガルン人に恐れをなして動けなくなるということは無いらしい。
相変わらず妹は強く賢い。同時に我慢強くもあってしまう。彼女の様子を慎重に見つめながら、ファイは再びニナへと目を向ける。
「ニナ。何回もごめん。トゥエラ、は?」
ニナと同等以上、リーゼ未満の威圧感を放っていたトゥエラ。誰彼構わずウルン人を襲うような人物ではなさそうとはいえ、この場には多くのウルン人が居てしまう。
彼女たちの身の安全を保障する立場として、部外者の所在は確認しておきたいところだった。
と、まるでファイが心に秘める心配を読み取るように目を細めたニナ。
「ふふっ! ファイさんは相変わらず、お優しいですわね!」
クスクスと上品に笑って、ファイをからかってくる。
「む。ニナ、何回も言ってる。私は道具。“優しい”は、間違い。合理的、が、正解」
「まぁ! ティオさんはわたくしのことも心配してくださらなければ、ティオさんのことも心配しない。まるで人の心がない薄情者なのだ、と……?」
これは困った、と、眉を「ハ」の字にするニナにはファイもたじたじだ。
「あ、えっと。『人の心がない』は合ってる、けど。薄情者? じゃ、ない。そ、それに……」
「『それに』? なんですわ?」
ファイがどのように言い訳をするのか。興味津々の様子で聞いてくるニナを、上目遣いで見遣るファイ。
「……ニナも、ティオ達も、だ……大事、だよ?」
「「ぶっはぁ~!!!」」
ファイが言った瞬間、ファイの両隣――ニナとティオ――が椅子から転げ落ちる。ぎょっとしたファイが見てみれば、両者とも安らかな顔で泡を吹いていた。
「ニナ!? ティオ!? どうしたの!?」
何が起きたのか分からないファイが2人を見下ろして慌てることしかできない一方、そっとニナに歩み寄っていたのはルゥだ。
慣れた手つきで倒れていたニナを診察したニナは、ゆっくりと首を横に振る。
「この症状は尊死……。過剰な尊さを短時間で摂取した人がかかる病気だね。り患した人はもれなく死ぬ」
「ちょ、ちょっとルゥが何ってるか分からない……かも?」
恐らく難しいことを言っているルゥの説明はファイには分かりかねる。ただ、とりあえずニナ達が死んでしまったらしいことは分かった。
それでもファイが慌てずにいられるのは、この場に医療者であるルゥが居ること。そのルゥが落ち着いているからだ。
「えっと、ティオも?」
ニナと同じ時機・症状で倒れたティオも同じ病気なのではないか。ファイの予想は、真面目くさった顔で頷くルゥによって肯定される。
「正解。きっとティオちゃんも致死量の尊さを浴びて死んだんだと思う。でも安心して、ファイちゃん。この病気で死んだ人は……」
「「ぷはっ!」」
唐突な死から数秒。ニナとティオが同時に息を吹き返す。
「大抵はこうやって、すぐに生き返るから」
だからルゥは慌てていなかったか、と。少し安心するファイの足元で。
「ふぅ……両親に会えた気がいたしましたわ」
「ティオも。あんまり覚えてないけど、お母さんたちに会えた気がする……」
荒く息を吐きながら、呆けた様子で言っている2人。差し当たり、生きていたようならファイとしても何よりだった。
そんな茶番が終わった頃、フーカとメレによって進んでいた会議の準備も終わる。
トゥエラについても今から始まる会議の中で明かすとのことで、ファイが姿勢を正す中、
「こほん。……それでは皆さま! エナリア緊急会議を始めますわ!」
努めて明るく、ニナが会議の始まりを告げた。
最初に語られるのは、この会議の理由だ。
「先ほどユアさんを経由して、ムアさんより、強い探索者の来訪が報告されました。そうですね、ユアさん?」
机の上。「ユア・エシュラム」と書かれた名札の前に居るピュレに話しかけるニナ。すると、ピュレからユアのハキハキとした声が返ってくる。
『はい、ニナ様。ムアが「ファイと同じ感じの人が何人か来たかも~」と言っていました。つまり、白髪のウルン人が数人、このエナリアにやってきているのだと思います』
さすが双子と言ったところだろう。完ぺきな妹のモノマネをしながら、探索者発見の経緯について明かすユア。
ムアの言葉こそ推測のそれだが、獣人族である彼女の超感覚が馬鹿にならないことは多くの者が知っている。そうでなくても、
『に、ニナ様。俺たちも見た……見ました。白い髪のウルン人がついさっき、下の方に降りて行きました』
第4層で暮らすガルン人たちの長から、訛りの効いた言葉でそんな報告がある。
それにより、最低でも4人以上の白髪探索者がエナリア攻略を始めていることが分かる。また、現在、探索者たちが第5~6層あたりにいることも判明した。
続いてニナは、上層に居る住民たちから順に退避、あるいは隠れるように指示を出す。お客様の“もてなし”は、このエナリアが誇る多種多様な魔獣たちに努めてもらうつもりのようだ。
「続きまして皆さん。探索者さん達とは別に、現在、エナリアにはトゥエラという角族の方がいらっしゃっておりますわ」
トゥエラの話だ、と。身構えたファイだが、すぐに眉を顰めることになる。なにせ先ほど見かけたトゥエラには、角族の象徴たる角と尻尾が見当たらなかったからだ。
そんなファイの内心を知ってか、偶然か。
「諸事情でトゥエラさんには角族としての身体的特徴がございませんわ。ですので、派手な赤い服装と紫色の髪、赤い瞳の人型であると記憶してくださいませ」
ニナがトゥエラの特徴について触れてくれる。どうやらファイの見間違いなどではなく、訳あってトゥエラは角族の誇りである2つの部位を持ち合わせていないようだった。
その後も住民に向けて手際よく指示を出していくニナ。
改めて彼女がこのエナリアの長であることを確認するファイが彼女に見惚れているうちに、気づけば話は従業員たちの動きに移っている。
例えばルゥは第10層の階層主業務。ユアはピュレを通じて、来場者であるトゥエラの監視業務が割り当てられる。
そうしてガルン人たちへの仕事の割り振りが終われば、続いてウルン人の従業員たちの番だ。
「さて。それではまず、ファイさんからですわ。ファイさんには――」




