第337話 もうちょっと、だけ
“不死のエナリア”第20層の多目的室で、2人の童女が戦っていた。
「にゃっ! んにゃっ!」
威勢のいい声と共に両手に持った黒い短剣を振るうミーシャ。1つに束ねた金髪を揺らして、一気呵成に相手を攻め立てる。
一方、攻撃を受けるのは、背中に届くフワフワの白髪を揺らすティオだ。
「ちょっ! ミーシャちゃん! それは、まじでティオ、死ぬって!」
そんなことを言いながらも、獲物である弓を使ってミーシャの短剣を弾いている。
最初こそ及び腰だったティオだが、戦いが始まってしまったからには覚悟が決まったのだろう。今は姿勢を正しながら、丁寧に、丁寧に、ミーシャの攻撃をいなしていた。
(ミーシャもすごい、けど。今はティオの方がすごい、かも?)
いつでも止めに入れるよう姿勢を低くしながら、ファイは冷静に戦況を分析する。
ティオ最大の弱点といえば、やはり圧倒的な運動神経の鈍さと体力の欠如だろう。
接近して攻め続ければいつかティオの体力が切れる。そう考えるファイと同じように、ミーシャも思っていたに違いない。
だからミーシャは開幕早々から、果敢にティオを攻め立てているのだろうが、自身の弱点はティオもきちんと理解していたようだ。
動くと負ける。ならば、と、考えたらしい。可能な限りその場から動かず、彼女用に非常に頑丈な素材で作られた弓を使って、器用にミーシャの攻撃をしのぎ続けていた。
こうなると、ミーシャの体力と、ティオの集中力の勝負になってくる。
ティオは生来、魔素供給器官が人間よりも大きくなると言われている森人族だ。もしもミーシャが距離を取ってこようものなら、大の得意である魔法でミーシャを吹き飛ばすことだろう。
ゆえに、ミーシャとしてはティオが魔法を使えないよう攻め続けるしかない。
ミーシャの体力が切れてティオの魔法がさく裂するか、ミーシャの攻撃をさばき損ねたティオが降参するか。
見ているファイも手に汗握るような攻防が続いていた。
と、戦闘好きの性分としてファイがこまめに戦況を分析していれば背後、エナリアの裏に続く扉が静かに開かれる音がする。
ミーシャ達から目を離すわけにもいかないため、瞬時にファイが〈フュール〉で匂いを確認してみれば、
(……ニナ!)
ファイのよく知る、甘く柔らかな、花のような香りだった。
誰よりも何よりも大切な主人の登場には、さすがのファイも振り向かざるを得ない。
「なにやら戦闘の気配を感じて参ってみましたが……って、あら? ファイさん。こんなところで何を……?」
こちらに歩み寄って来るニナのもとへ、ファイも急いで駆け寄る。そのままお互いの声が届く距離まで近づくと、現在に至るまでの事情を説明した。
「(かくかくしかじか)」
「……なるほど。ミーシャさんのお気持ち、わたくしも分からなくもありませんわ」
おとがいに手を当てて何やら頷いているニナに、ファイも頷きを返す。
「そう。ミーシャ、きっとティオに立ち向かえない自分が嫌、で、決闘した。それは私もおな……理解できる、から」
自分も同じ気持ち。そう言いかけて、ギリギリで回避に成功したファイ。危ない危ないと小さく息を吐くファイを、なぜかニナは驚いた顔で見上げている。そんなこと思っても見なかったと言わんばかりだ。
「ニナ? どうかした?」
ファイが首をかしげると、なぜかニナが赤面してあたふたし始める。
「そ、そうですわよね! 変わりたい気持ちは大切ですわ! わたくしは決して、ミーシャさんの嫉妬心に共感したわけではございません! ファイさんと同室できるティオさんを羨むほど狭量な人物ではないこと、きちんとご理解くださいませぇっ!」
茶色い髪を振り乱しながら怒涛の勢いで必死に言い募るニナには、ファイもとりあえず「う、うん」と理解している風を装うことしかできない。
「だ、大丈夫。ニナは凄くて、格好よくて、頑張り屋。ちゃんと分かってる、よ?」
ひとまず、自分が主人であるニナを見損なっていないこと。また、客観的な事実――あくまでもファイの中では――を、褒め言葉として声に出す。
そんなファイの努力が功を奏したのかは不明だが、不安から一転、「♡」を瞳に宿すニナ。
「ファイさん……! ふ、不意打ちはズルいですわぁ~! そんなに褒めないでくださいませぇ~♡」
自身の頬を押さえて身もだえ始める主人に、しかし、ファイは唇を尖らせる。
「むっ。待って、ニナ。『そんなに』は、違う。ニナにはもっと、良いところ、素敵なところがある」
この程度で満足されては、ファイとしては困ってしまう。さらにニナの良いところをあげつらおうと、ファイが口を開きかけた瞬間だった。
ヒュン、と。
ファイとニナの間を2つの小さな影が通り抜けていった。
わずかに遅れる形で「わっ!?」「ひゃぁっ!?」と悲鳴を上げたファイとニナ。2人が恐る恐る振り返ってみれば、壁に刺さっていたのは弓矢と小剣だ。
そして、遠く。差すような視線を感じてそちらを見てみれば、
「「…………」」
ミーシャが何かを投げた後の姿勢で。ティオが弓を放った姿勢のまま。それぞれ格好こそ違うものの、凍てつくような瞳でファイ達のことを見ている。
「ニナ。アンタ、人様が戦ってる横でなにイチャついてるのよ。ぶっ殺すわよ?」
「お姉ちゃん? ティオの安全確保、忘れてない? いまティオ、ミーシャちゃんに殺されかけてるんだけど?」
立会人は勝負の証人であると同時に、両者の安全を確保する存在でもある。そんな重要な役割を放棄していたファイと、彼女に役割を放棄させたニナに、2人から温度のない声が飛んでくる。
さすがに今回は、自分たちが悪かったことを理解しているファイ達。
「あぅ……ごめんなさい」
「はわぁっ! も、申し訳ございませんわ~!」
2人そろって深々と頭を下げ、真剣勝負に水を差してしまったことを詫びるのだった。
と、この出来事が膠着状態にあったティオ達の戦いにとって大きな節目になる。
「もうっ、これだからお姉ちゃんはっ! ティオがほっとくと、す~ぐに誰かといちゃいちゃ、イチャイチャ――」
腰に手を当てて頬を膨らませるティオが、説教の体勢に入ろうとした次の瞬間。
「隙ありっ!」
「――いたっ!?」
ミーシャがティオの手の中にあった弓をはたき落とした。
「ちょっと、なにするの、ミーシャちゃん! ティオ、今お姉ちゃんにお説教……を……」
最初こそ憤慨していたティオだが、すぐに自身が置かれた状況に気づいたらしい。つまり、決闘中に、自身の身を守る唯一の武器であり防具だった弓が消え去ったことを。
「……ふぅ。ねぇ、ミーシャちゃん。ちょっとだけ待と? いまティオ、弓拾うから……ね?」
両手を合わせて片目をつむり、可愛らしくミーシャに“お願い”をするティオ。
一方のミーシャはといえば太ももに差してある小剣――先ほどファイ達に向けて投げてきたもの――を1本抜きながら、「はぁ」と小さく息を吐く。
「仕方ないわね」
「ミーシャちゃん……! さすが――」
「ちゃんと痛くないようにしてあげるから!」
言うや否や小剣を振るい、ティオの太ももを軽く切りつけた。
「いったぁぁぁ~~~……くない? あれ?」
反射的に叫びをあげたティオだが、どういうわけか痛みを感じていないらしい。
その理由は、攻撃者であるミーシャによってすぐに明かされる。
「この小剣にはね、ルゥ先輩の毒がたぁ~っぷりと塗ってあるのよ。だから痛くないでしょ?」
「確かに! さすがミーシャちゃん! 気遣いの天才……って、ズルじゃん! ティオが油断してるときに攻撃するとか、第三者の力借りるとか、色々ズルじゃん! ……って、きゃっ」
文句を垂れていたティオだが、不意に足の力を弛緩させ、尻もちをつく。言うまでもなく、傷口から入ったルゥの毒が身体を巡り始めたのだろう。
ルゥの毒は、ファイの身体をもむしばむほど強力だ。ましてティオは森人族。人間族より寿命や魔法の面で秀でている代わりに新陳代謝が悪く、毒や病気に弱いとされる種族でもある。
「え、なにこれ……!? 足に全然ちから入んないんですけどっ!?」
「はんっ。戦いの最中に卑怯も何もないのよ。そうやってきれいごと言いながら死ぬつもり?」
言って、今度こそ黒い短剣を手にティオに歩み寄るミーシャ。
(なるほど……。コレがあったからミーシャ、ティオに挑んだ……)
本来であればミーシャに勝ち目など無い。だというのにティオに決闘を挑んだミーシャを不思議に思っていたファイだが、やはりというべきか。
ミーシャはきちんと勝算を持ったうえで、格上に挑んでいたらしい。
「一度でも失敗したら、頭の良いティオだったら必ず警戒する……。ここぞってときまで取っておいて正解だったわ」
相手の力量をきちんと認め、そのうえで対策して勝負に臨む。不敵に笑うミーシャの勇ましい姿に、図らずもファイの胸がときめく。
「ん。さすがミーシャ。すごい」
「ちょっ、お姉ちゃん!? 納得してる場合じゃないよ!? 降参! ティオ降参するから、この決闘終わりにしよっ!」
「待ちなさい、ファイ。ティオのためにもきちんと“教育する”のが、年上の仕事でしょう?」
ティオとミーシャ。両者の言い分を聞きながらティオの姉として、立会人として熟考するファイ。
これからもガルン人と付き合っていく以上、彼女らの考え方や文化、何よりも“怖さ”をきちんとティオには知っておいて欲しい。緊張感は、己の身を守るうえで欠かせないからだ。
その点、ミーシャに少し揉まれることは、ティオにとっていい勉強になることだろう。今しがたミーシャも“教える”という言葉を使ったように、ティオをむやみに痛めつけたりするつもりはないはずだ。
(それに。本当はまだ、“決着”はついてない、し……)
妹の懇願と、彼女の未来。長く、長く。それはもう長い時間苦悩した末。
「…………。…………。…………。……分かっ、た」
立会人として、もうちょっとだけ決闘の続行を宣言する。
「嘘ウソうそ!? なんで!? お姉ちゃん! 可愛い妹が危機だよ! 助けて~!」
「ふふ……っ! それじゃあ、ティオ。調子に乗ったツケ……きっちり支払ってもらうわね♪」
「ひぃぃぃ~~~ん……!」
それからしばらく。多目的室にティオの悲鳴が響き続けたのだった。




