第335話 戦いの、予感……
※文字数が4400字ほどと、少し多くなっております。読了目安は9分~です。
ファイがユアの実験室にとらわれていた期間は、3日と少しだったらしい。
ニナ達に連れられるままお風呂に入り、久しぶりのしっかりとした睡眠を取って目を覚ましてみれば、
(……復活!)
きれいさっぱり、不調の期間は明けていたのだった。
軽くなった身体のまま、身を起こすファイ。枕元にある時計石――ウルンの1日に当たる時間で明滅する石――に目を向けてみれば、明るさは6割くらい。時刻にすると黒緑の半ば頃だろうか。
『これからは、8時にはきちんと「朝ごはん」を食べてくださいませ!』
そんなニナからの命令を受けてから、もう数か月。定時に起きる習慣がなかったファイの起床時間は、最初こそ、かなりのバラつきがあった。
しかし、ファイ・タキーシャ・アグネストは順応の天才だ。
彼女の身体はすぐに時計石の光量を覚え、今ではこうして、ある程度の時間がくれば目が覚めるようになっていた。
暗闇の中。寝台からそっと抜け出したファイは、時計石のぼんやりとした明かりを頼りに、部屋の入口そばにある出っ張りへと歩み寄る。
その出っ張りを押し込めば、天井のエナ灯がパッと室内を照らし出した。
「ティオ。起きる時間、だよ?」
床でスヤスヤ眠っているティオに声をかけるファイ。だが、ファイの妹はいつだって、寝坊助だ。
「んぅ〜〜〜……あと2時間ぅ〜……」
などと言いながら、照明の光から逃げるように、可愛らしい寝顔を掛け布団で隠してしまう。
「だ、ダメ、だよ。ニナに朝ごはん食べてって言われてる、でしょ?」
腰に手を当てて「お姉ちゃん」ぶるファイ。参考元は、つい先日目にしたムアを叱るユアの言動だ。
それでもなお布団から出てこないティオに、ふす、と、小さく息をもらしたファイ。
「もう……仕方ない、ね」
言葉こそ「やれやれ」といった雰囲気だが、金色の瞳に宿っているのは歓喜の色だ。
眠る妹の枕元に忍び寄った彼女は静かに膝をつき、ティオの布団の中へ頭と手を突っ込むファイ。
ティオの体温と香りで満ちた布団の中を少し探せば、可愛い妹の寝顔にたどり着く。いつも、なぜか満面の笑みを浮かべて目を閉じているティオ。そんな彼女のフワフワの髪に優しく手を伸ばしたファイは、
(モフ、モフ……ふわ、ふわ……♪)
一思いに、優しく、ティオの髪の感触を堪能し始める。
フワフワの髪。モチモチのほっぺ。プルプルの耳たぶに、独特な形と柔らかさをしている尖った耳先。
それら妹がもたらしてくれる至福の手触りこそ、眠りという億劫な時間を耐え抜いたファイへの、毎朝のご褒美なのだ。
だが、ティオが起きているときにはこんな大胆なモフモフができない。というのも、ティオは賢く、姉想いの優しい妹だ。
――えっ、もしかしてお姉ちゃん。ティオのこと撫でたいのかな……?
などと思われては、自身の気持ちに蓋をしてファイを尊重してしまう可能性がある。
(だから、ティオには内緒にしないと……!)
慎重に、慎重に。ティオを起こしてしまわないよう気を付けながら、大好きな妹の手触りを堪能するファイ。
ただ、ニナに言われた朝食の時間が迫っているのも事実だ。朝の支度をする時間を考えても、いつまでもこうしているわけにはいかない。
経験上、耳に触れたときにティオが小さく息を漏らし、体をモジモジさせ始めるのが妹の起床の合図であることを学んでいるファイ。
今も、こうして尖った耳を優しく揉んでみれば、ティオが「んっ」と甘い息を漏らしている。
(朝ご飯も食べないと、だし……。これ以上は、ダメ)
ここが引き際だと判断して、ファイは毎朝の楽しみに自らの口で終わりを告げることにした。
「……ティオ。起きよ? 一緒にメレの朝ごはん、食べよ……ね?」
妹を驚かせないよう、優しく、吐息たっぷりに耳元で囁くファイ。
対して、自ら耳が弱点だと公言しているティオだ。ファイの囁きに布団の中でブルリと身を震わせた彼女は、布団の中が息苦しかったのか、熱かったのか。
「はぁ、はぁ……。こ、これでしょ……これ! やっぱり朝は、お姉ちゃんのナデナデと無声音がないと……っ!」
顔を紅潮させながら、荒い息を吐く。そして、まるでずっと前から起きていたかのように紫色の瞳をパッチリと開くと、
「ってことで、おはよっ、お姉ちゃんっ!」
朝一番の笑顔を、ファイに見せてくれるのだった。
これが、ほぼ毎朝の繰り返しだ。
いつも寝起きの悪い妹にファイが辟易とする――はずもない。ティオの寝起きが悪いおかげで、ファイは毎日のように妹の髪をモフモフ・モチモチできるのだから。
むしろ、今回のようにティオがしゃっきり目を覚ますのは“外れ”の朝だ。
ごくまれにティオの眠りが深い日は、ファイが何をどれだけしてもティオは寝息を立て続ける。そんな日は心ゆくまでティオを堪能できるのだ。
当たりと、外れ。果たして両日の違いは何なのか。触り方なのか、はたまた、触る順番か。部屋着に着替えるためにファイが寝間着を脱ぎ捨てていると、
「(ジー……ッ)」
すぐそば。ティオがファイの着替えを凝視していた。
「ティオ? どうかした?」
ルゥから体型維持のために寝るときも下着をつけるよう命令されたファイ。愛用の黒い下着姿で目をしばたかせる。
ティオがこうしてファイの着替えを熱心に見てくることは、なにも珍しいことではない。朝の着替えでも、お風呂に入る時も、眠る前の着替えでも。ティオはよくファイの身体を見つめては、
『ティオのお姉ちゃん、何も着てなくてもしゃいこうなんですけど……♪』
恍惚とした表情で呟くのだ。
おかげで最近、ファイはティオに裸を見つめられていると、なぜか“ムズムズ”するようになりつつあるのだが、ともかく。
(いつも、の? けど、今日は私の顔を見てるような……?)
普段通りの妹の奇行だろうか。特段深く考えることもなく、ファイが上衣に袖を通したところで。
「おねぇ〜〜〜ちゃ〜〜〜ん♪」
「わっ!?」
突如として、ティオがファイの脇腹に飛び込んできた。
彼女に押し倒されるようにして、背後にあった寝台へと尻もちをついたファイ。
「てぃ、ティオ。とつぜん飛び込む、は、危ない……よ?」
日頃、ニナやムアに突撃されて死にかけているファイだ。含蓄のある彼女の言葉に、しかし、当のティオは耳を貸してくれない。
満面の笑みのままファイのことを呼んでは、グリグリと頭をお腹に押し付けてくる。獣人族のパッフもかくや、といった勢いだ。
可愛らしい見た目をしているが、ティオもれっきとした白髪のウルン人だ。もしもファイが不調のままであれば、朝から元気よく骨折しているところだろう。
それが分かっていて、ここ数日、こうした激しい触れ合いをティオは自粛してくれていた。
いや、もっと言えば、ファイが不調のあいだ、ティオはいつも直接的な接触そのものを敬遠するきらいがある。あり余る自身の力で、大好きなファイに怪我を負わせないためだろう。
(なのに、なんで急に……?)
そこまで考えたとき、ファイは「まさか」と、改めて抱きついているティオに目を向けた。
すると、まるでそれさえも“分かっていた”ように、ティオが歯を見せてコチラを見上げている。
「お姉ちゃん、めっちゃ顔色いい! だからティオ、分かっちゃった! もう、いつもみたいに抱きついても大丈夫って!」
毎日のようにファイを見てくれているティオ。だからこそ、些細な体調の変化にも気づいてくれたらしい。
「えへへ〜! 我慢してたぶん、コレくらいいいよね、お姉ちゃん! しゅきしゅきぃ~♡」
相変わらず、朝からファイが“ぽかぽか”してしまう言動をしてくれるティオ。
全力で甘えてくる妹を、いつものように撫でようか。ファイがティオに向けて手を伸ばし、ティオもそれを受け入れるようにして微笑みを浮かべた瞬間――
「ファイ! ついでにティオ! そろそろ起きる頃……よ……」
侍女服の裾を揺らすミーシャが、部屋に入ってきた。
先日の畜産に関するお仕事の際、「最近来ないね」といった内容の話をファイがしたからだろうか。業務の合間を縫って、こうして起こしに来てくれたらしい。
ただ、半裸のまま寝台に腰掛けるファイと、その下腹部に顔をうずめるティオ。2人の姿をすぐに認めたらしいミーシャは扉を開けた姿勢のまま、ぴたりと固まってしまった。
「……ミーシャ? どうかした……わっ」
「お姉ちゃん、ぎゅぅ~! この前のお返し~♪」
ミーシャに声をかけるファイに対し、ティオは一層強く、ファイのお腹に顔をこすりつけてくる。それこそ、ミーシャに見せつけるように。
いや、実際にファイに抱き着いた後に「にししっ」と笑いながらミーシャのことを見ているのだから、ファイとの“いちゃいちゃ”を見せつけているのだろう。
普段は人懐っこく、物わかりの良いティオ。なのに、どういうわけかミーシャに対してはこうした子供っぽいからかいをするのだから、ファイとしても不思議だ。
これではまた小さな喧嘩になって、ミーシャが泣きを見ることになる。
姉として、困った妹をたしなめようとファイが口を開く、直前で。
「――ティオ」
不意に、ミーシャがティオの名前を呼んだ。
彼女の顔には、怒りはもちろん、焦りも、不安もない。ただ静かに、ティオのことを見つめている。
いつもなら、「アンタ達、寝起きから何やってんのよ!?」と憤慨していただろうミーシャ。だからこそ、ファイもティオも、獣人族の少女の思わぬ行動に面食らう。
「な、なに? どうしたの、ミーシャちゃん……?」
「寝起きの支度が済んだら、ちょっとツラ貸しなさい」
それだけ言い残し、さっさと部屋を出て行こうとする。
ファイの知るミーシャは、本心は隠しながらも感情は目いっぱい表に出す少女だ。なのに、今、感情を抑えて理知的に振る舞う彼女を目にした時、
(モヤモヤ……?)
謎の寂しさが、ファイの胸に押し寄せる。ミーシャがどこか遠くに行ってしまったような気がしたのだ。
「ま、待って、ミーシャ!」
気づけばファイは寝台の上から手を伸ばし、ミーシャに声をかけていた。
幸いにもミーシャはファイの呼びかけに動きを止め、振り返ってくれる。ただ、「なによ、ファイ」と聞き返してくる彼女からは、相変わらず感情がうかがえない。
「あ、の……。えっと……ティオと何する、の?」
どこか“らしく”ないミーシャに気圧されつつ、どうにか言葉を絞り出したファイ。すると、ようやくファイに身体を正対させてくれたミーシャ。
と、この時ファイはようやく、取っ手を握っていないミーシャ手が強く握られていることに気づく。
あれ、コレはもしかして、と。激情のあまり、ミーシャが懸命に感情をこらえていただけなのではないか、と。
持ち前の観察眼と推察力でミーシャの内情を推し量るファイの前で、うつむいたまま「ふぅ」と小さく息を吐いたミーシャ。
次の瞬間、もう我慢の限界だと異様に勢いよく顔を上げた彼女は、今度こそ。
「決まってるじゃない! 調子に乗ってるソイツを、今こそぶっ飛ばしてやるのよ!」
ミーシャらしく怒りの感情を目いっぱい声に乗せて、ティオとの決闘を宣言したのだった。
※いつも温かな応援をありがとうございます。私生活多忙により、更新が遅くなってしまい申し訳ございませんでした…! こうして長期間更新が空くことが予想される際は、なるべく事前にお伝えできるよう心掛けて参ります。
また、本作に掲載していた参考AIイラストを削除しております。理由はAIを取り巻く版権等の諸事情を鑑みて、ですね。パッと見て分かる情報が減ってしまう分、これまで以上に「文章」でファイ達の生き生きとした姿をお伝えできればと思います。よろしくお願いいたします。




