第332話 かていも、大事!
当人の不注意からくる事故はともかく、昇降機自体が引き起こすかもしれない事態への安全対策を優先的に行なったと語るロゥナ。
特に、最も警戒すべき事態――昇降機の落下による事故対策を、ガルンならではの方法で行なったという。
カゴの落下に際し、その衝撃を和らげる目的で昇降機の下部に住まわせた魔獣。それは――
『(ぶるるるんっ♪)』
――大きな大きな、白いピュレだった。
もともと、のんびり動いてはプルプル揺れるピュレのことが大好きなファイだ。
昇降機の下にある直径約5mの穴を丸っと埋める大迫力のピュレには、どうしても目が輝いてしまう。なんなら、
「お~~~……っ!」
声だって漏れてしまうくらいだった。
「ロゥナ、フーカ! この子、なに!?」
飛び跳ねんばかりの勢いで、巨大なピュレを指さすファイ。いうまでもなく、金色の瞳は爛々と輝いている。
これまで10年以上をエナリアで過ごしてきたファイだが、これほど大きなピュレなど見たことがない。
間違いなく変異種。そして、このエナリアで変異種と言えば、“彼女”と関係がないとは思えない。
桃色髪をした気弱な研究者を脳裏に思い浮かべながら尋ねたファイに、ロゥナが明かしたのは予想通りの答えだ。
「おう。ニナ様経由でユアってやつに連絡してもらってな。用意してもらったってぇわけだ」
「ユア! さすが!」
エナリアの財政・設備を陰から支える天才少女の活躍に、再び瞳をきらめかせたファイ。
大型のピュレ自体ガルンでは珍しいものではなく、広く存在が知られているらしい。ゆえにロゥナ安全対策としてピュレを利用することを思いついたのだという。
「だが、その巨大なピュレの育成ができる知識も技術も環境も、揃えてる奴はそうそういねぇ。これだけすぐに用意できるってのは、さすが魔獣のエシュラム家のお嬢さんってぇとこだな」
いつだって、見えないところでエナリア支えてくれている天才少女。改めて今度会った時には撫でてあげることを心に決めて、改めて眼下の巨大なピュレを覗き込む。
整備・点検のためだろうか。昇降機の裏側にも夜光石が設置されていて、内部はよく見通せる。おかげでファイも思う存分、プルプル揺れる巨大な白ピュレを観察できる。
「ぷる、ぷる……?」
『(ぶるん、ぶるん……ぶるるんっ♪)』
「お~……可愛い……♪ って、わっ!」
昇降機のふちから身を乗り出し、大好きなピュレと交流をする。そんなファイの脇の下に不意に手が回されて、後方に引っ張り上げられる。
おかげで、あっけなく、ファイとピュレの逢瀬の時間は終わってしまうのだった。
ぽっかりと口を開ける昇降機の前で、尻もちをつくファイ。
いったい誰がピュレとの逢瀬を邪魔したのか。背後からこちらを見下ろしている人物に目を向けてみれば、こちらを鋭い目線で睨みつける紫色の瞳と目が合った。
「むっ。ティオ。何して――」
「お姉ちゃん! さっきロゥナさんも言ってたけど、もし昇降機が落ちてきたらどうするの!? お姉ちゃんの身体、真っ二つだよ、真っ二つ!」
昇降機のある生活にあまりなじみがないファイと違って、ティオは昇降機の危険性や性質をよく知っているらしい。
使用不可期間にもかかわらず迂闊な行動を見せる姉に、思わず身体が動いてしまったようだ。
いつになく強い口調で言って、ファイをたしなめてくるティオ。あまり見せない妹の剣幕には、ファイも思わず目を見開くことになる。
同時に、自分を心配してくれるティオの本気が伝わってきて、先ほど湧き上がった「むっ」は簡単に霧散する。
「ご、ごめん、ね、ティオ?」
「ほんと、お姉ちゃんってモフモフとかモチモチとかを前にすると、ポンコツになるよねっ。あっ、お砂糖の前でもっ」
「ぽ、ポンコツ……あぅ……」
腰に手を当ててぷりぷり怒っている妹の「不出来な姉」発言に、静かにうなだれるファイ。
と、そんな彼女を励ますためだろうか。すぐそばで姉妹のやり取りを見ていたロゥナが、気まずそうに頬をかきながら昇降機についての説明を続ける。
「あー……ついでに説明するなら、扉の開け閉めにもピュレを使ってる。系統としては、通信用のピュレと同じだな」
通信用ピュレの親戚にあたるピュレが扉の機構に組み込まれているらしい。
衝撃を受けると分身体に特殊な信号を送るピュレの性質を利用して、各種装置の運用および安全対策を行なっているのだとロゥナは言う。
「そう、なんだ。ピュレはやっぱりすごい、ね?」
「おうよ。俺の体感じゃ、ウルンのエナ回路と同じような感じなんじゃねぇか?」
エナと共に文化を発展させたウルンと、魔獣と共に歩んできたガルン。その中でも、エナ回路とピュレが、それぞれの文化の核を担っている。そう、ロゥナは考えているようだった。
同じころ、ファイがピュレに夢中になっている間にどこかに行っていたフーカが戻ってくる。ファイから預かった袋が無くなっていることから、その袋を処分しに行っていたのだろう。
そして、ファイに気づかせないためだろうか。まるで最初からそこに居ましたよぉとでも言うように、ファイ達の会話に混ざる。
「ま、魔獣さんでいうと、ほ、他にもいますよぉ? た、例えば、この壁を作ってくれたのは、溶岩蛞蝓さんです」
「ようがんなめくじ……?」
首を傾げたファイにフーカが教えてくれたところによると、溶岩蛞蝓は第17層の溶岩の階層に住む、体長1mほどの軟体動物だという。
実はロゥナ達がよく使う溶鉱炉の中でも飼っている、ガルンの鍛冶師界隈では良く知られた魔獣らしい。
溶岩地帯に適応した身体は超高温で、削り取って食べた岩を体内で溶かして栄養補給をする。岩を食べた彼らが身体から排出するのはドロドロに溶けた金属成分。冷やされれば当然、硬い金属になる。
「そ、その溶岩蛞蝓さん達に、色結晶採掘で出た岩くずを食べてもらって、ゆ、ゆっくり、円形に移動させれば……て、鉄の壁の完成ですぅ!」
溶岩蛞蝓たちが作ってくれた壁は、ロゥナ達が別で作っていた壁と比べると不格好で、不均一だという。ただ、強度と厚さは十分であるため、基本的には見えない場所――昇降機の中腹当たり――の壁として利用しているらしかった。
「そうなんだ、ね……」
ロゥナとフーカ。このエナリアにおける初の昇降機の開発を担った2人の話を聞きながら、改めて昇降機を見上げるファイ。
最初こそ戸惑いのまなざしでしか見ることができなかった巨大な円柱。
しかし、今はロゥナとフーカという開発者。また、各種の安全管理に寄与している魔獣の担当者・ユア。彼女たちの顔が見えるものとなった気がする。
「とまぁ、昇降機の説明はこんな感じだ。どうでぃ、ファイ。俺たちの昇降機は……って、聞くまでもねぇな」
キラキラした瞳で昇降機を見上げるファイの横顔を見て、満足げに微笑むロゥナ。
ファイが、取り繕ったり、おべっかを言ったりするのが苦手なことを知っているだろう彼女。また、ファイが好奇心旺盛で、様々なことにアレコレ気づくことも把握しているのだろう。
そんなファイを使い、ロゥナ自身が昇降機の仕組みや安全性、なにより客観的な出来の評価を再確認していたのかもしれない。
だが、このエナリアの知識と技術の粋が集まっているだろう昇降機に夢中のファイが、ロゥナの真意に気づくはずもない。
(お話聞いて良かった、な)
ピュレを使った安全機構やエナ回路など、ファイには理解できない難しい話も多かった。
それでも、ふたを開けてみればこの昇降機もウルンとガルンが上手に融合した、“不死のエナリア”らしい昇降機だと思える。
(コレが、ニナのエナリアの、昇降機……)
感慨という名のじんわりとした胸の温もりと共に、しばらく昇降機を見上げ続けるファイだった。
その後、フーカとティオを連れて第20層の書庫まで引き返したファイ。フーカ先生やティオと一緒に、ガルンの言葉やウルンの常識をみっちりと勉強した。
ファイが不調を迎えるたびに行なわれている勉強会。おかげで、今のファイはおよそウルン語の読み書きで苦労することは無くなっている。
計算についてもそうだ。これまでの努力の甲斐あって、計算は初等部卒業――アグネスト王国の10歳児――相当のものができる。
具体的には、四則計算はもちろんのこと、図形の面積を求めたり、速さを求めたりすることもできる。
本人の気質もあって計算の速度も遅く、まだ計算間違いもすることは珍しくない。が、何をどのようにして答えを導けばいいのか。公式の部分については、きちんと理解していた。
次からはティオと共に、中等部の教育課程を教えてくれるというフーカ。彼女が言うには、正直、中等部で学ぶことがウルンの日常生活で役立つ場面はあまり多くないらしい。
『で、ですが、知識はもちろんのこと、も、物事の“考え方”の部分を養う上で、役に立つ部分も多いんですぅ』
学ぶ知識そのものではなく、答えや結果にたどり着くまでの過程にこそ意味があるとフーカは言っていた。
奇しくもそれは、ファイが今日、昇降機で学んだことと同じだ。
昇降機という“結果”そのものはもちろん大事だ。ファイも道具として、まず求めるのは自身がもたらす結果であるからだ。
その過程で自分がどうなろうが、最後にニナが笑っていればそれで良い。心からそう思う。
だが、こと自分以外においては、過程も大切にしたいと思っているらしい。いや、むしろ過程にこそ、“誰が”“何を”“どうした”のか。ひいてはファイが知りたい「人となり」がよく表れる。
それをファイは無意識に理解していたらしい。
ゆえに昇降機が生まれる過程に注目し、ウルンのエナ回路とガルンの魔獣活用がうまく融合した末に生まれたものであること。ロゥナとフーカがどのように考え、行動した末に昇降機が生まれたのかを知ることができたのだ。
(結果と、かてい。どっちも大事にしないと、ね)
過程からも、主人を含めた他人の願いをひも解くことができる。大きな発見があった1日だった。
「お休み、ティオ」
「ふわぁ……。おやすみ、お姉ちゃん~」
床に敷かれた布団の上。大きなあくびをしているティオに目を細めながら、ファイは部屋の明かりを消す。
真っ暗になる部屋。すると、万全であればほとんど感じることのない強烈な眠気がファイを襲う。
思えば今日はたくさん身体を動かしたし、勉強もした。自分で思っていた以上に、ファイの身体は疲れていたらしい。
すぅ、すぅ、と。妹の方から規則正しい寝息が聞こえ始めたことを確認して、ファイもゆっくりと意識を手放す。
そうして姉妹が仲良く眠り始めてから、数時間。
――カチャリ。
ファイ達の部屋の扉が音を立てて開かれる。廊下の夜光灯の明かりを背に、ひょっこりと顔をのぞかせた少女は、
「わふっ♪」
楽しげな声を漏らしながら部屋へと侵入した。
そして、寝台の上で眠るお目当ての物を手早く回収し、そそくさと部屋を後にする。
誘拐犯が去った後の部屋は、1人分の寝息が聞こえるだけになっていた。




