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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●対策、しよう!

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第329話 てぃ、ティオ~!?




 昇降機が完成した。


 ファイがその知らせを受けたのは、使用不可期間に入った次の日のことだった。


 早速とばかりに昇降機第1号があるという第17層に向かおうとしたファイ。だが、不調の彼女の前に、合計10万段を超える階段が立ちふさがった。


 気合と根性だけで1階層分、約3万段強を登り切るも、踊り場にたどり着くころには汗だくの疲労困憊。フーカやメレの苦労を体験するとともに、改めて昇降機の重要性を理解することになったのだった。


「はぁ、はぁ……ふぅ……」


 いつになく荒い息を吐いて、踊り場の壁に背中を預けるファイ。と、そんな彼女のもとに歩いてくる小さな影がある。


「ど、どう、おねえちゃん。ティオの苦労、分かってくれた?」


 言って、宝石のような紫色の瞳でファイのことを覗き込んできたのは、ティオだ。


 まだまだ成長盛りだろう背丈は140㎝半ば。背中に届くフワフワの白髪は、今朝もファイのモフモフ成分を満たしてくれたばかりだ。


 自身も洗濯以外には特にやることがないため、ファイに同行することを提案してくれたティオ。しかし、その実、身体能力が著しく低下している姉を守ろうとしてくれていることを、ファイは知っている。


「そうだ、ね……。昇降機、大事……!」


 姉想いの妹の頬に触れながらファイが言うと、ティオはくすぐったそうに身をよじるのだった。


 ところで、こうしてファイの前に立つティオはほとんど疲れた様子を見せていない。いや、正確には服も髪の毛もボロボロだ。しかし、息切れをしている様子がない。


 ほんの数か月(ナルン)前まで、階段を半分も上がり切ることができなかったティオ。



 そんな彼女がどうして無事に階段を上れているのかと言えば、背中に背負っている弓に答えがある。


 フーカによる厳しい訓練と、持ち前の器用さの甲斐あって、弓の扱いを得意とするようになったティオ。


 体力こそないが、白髪としての恵まれた身体能力を持ち合わせる彼女だ。ロゥナお手製の頑丈な弓から撃ち出される矢は、岩をも砕く威力を有している。


『で、ティオ、分かっちゃったの! この金属製の、ちょっと重い弓矢とティオの身体を紐で括り付けて、こうやって上に撃てば……』


 階段下にある広い踊り場から、上空へ向けて力強く弓を放ったティオ。


『見ててね、お姉ちゃんっ! 多分これで、ティオの身体が引っ張られるはずで――ぐぇっ』


 潰れた蛙のような声が聞こえた次の瞬間、ファイの視界からティオが消え去った。絶大な威力を有する弓矢に引っ張られる形で、上空へと飛んで行ったのだ。


 身体能力の低下に伴って、各種感覚も鈍化しているファイ。普段なら見切れただろうティオの動きも、今の彼女の目では追うことができない。


 それでも一瞬だけ見えた愛しの妹の身体は、えげつない方向に折れ曲がっていたように思う。


『てぃ、ティオ~!?』


 慌ててファイが追いかけてみれば、踊り場から500mほどの位置に深々と突き刺さっている弓矢と、


『きゅぅ~……』


 矢に結ばれた紐に吊るされる形で目を回している妹を見かけたのだった。


 その後、いそいそと妹を回収したファイ。危険な移動手段は良くない、と、ティオの説得を試みたものの、


『〈ヴァン・エステマ〉で自分を人間大砲にすることを提案したお姉ちゃんがそれ言う案件だから。あと、やっぱりこの階段を自力で登るのもティオには無理すぎ案件だから』


 じっとりとした目を向けてくる妹により拒否。再び弓を番える彼女にファイが手を伸ばすも、今のファイとティオでは黒髪と白髪ほどの実力の差がある。


 ファイの指先が触れるよりも先に、ティオの姿が掻き消えてしまったのだった。


 そんなティオが心配で、懸命に上を目指し続けたファイ。おかげで3万段以上続いた螺旋階段を上り切ることができたという側面もあった。


「ふぅ、ふぅ……ふぅ~……」


 息を整えながら、最愛の妹のことを見上げるファイ。


 やはり無理がある移動方法だったのだろう。どこかにぶつけたらしい額や鼻頭が、少し赤くなっている。フワフワの白髪も、今朝より(すす)けて見えるのは気のせいだろうか。


 道具であり痛みを感じない自分はともかく、他人には怪我をしてほしくないファイ。最初はティオがついてきてくれることに喜んだものだが、このままではティオがボロボロになってしまう。


「……ティオ。やっぱり帰ろう?」


 別に今すぐ見に行かなくとも、昇降機は逃げも隠れもしないだろう。ファイが万全の状態であれば、ティオを抱えて階層を移動することなど朝飯前だ。


 だから使用不可期間が明けてから、また一緒に見に行こう。


 そう提案したファイに、しかし、ティオは「え、嫌だけど?」と紫色の瞳を瞬かせている。


「ティオは今、お姉ちゃんと、逢引……じゃない。お散歩したいのっ! お姉ちゃん、アレの日以外、基本はずっと働いてるし……」


 魔素の加護が失われるわずかな時間だけが、姉妹ずっと一緒にいられる期間。ゆえに1分1秒も無駄にしたくないのだとティオは言う。


「それに、8回」


 手のひらを広げ、そこにさらに3本指を添えたティオ。


「ここに来るまで8回、この方法で移動したんだよ? それで“分からない”ティオじゃないってこと、お姉ちゃんに見せたげるね!」

「ティオ……って、わっ!」


 言うや否や、ティオがファイのことを横抱きにしてくる。


 落ちないよう、反射的に妹の首に回されるファイの腕。自然、ティオがまとう香りや熱、戦闘とは無縁の生活をしている彼女ならではの柔らかさが、直にファイに伝わってくる。


 普段、自分はティオにしてあげているのに、いざ自分がされるとなるとこみあげてくるものがあるファイ。


「てぃ、ティオ。私なら、大丈夫。ちゃんと移動できるから、下ろして――」

「お姉ちゃん、黙れ♪」

「――あ、うぅ……」


 すぐそば。こちらを向いて笑顔で行なわれたティオからの“命令”に、ファイの口は簡単に封じられてしまう。


「まぁまぁ。ティオができる妹だってこと、ちゃんと見ててよね、お姉ちゃん!」


 台詞と共に、ティオが廊下を走り始める。


 その速度は、白髪とは思えないほどに遅い。ファイのせいで足元が見えないのだろう。時折つんのめって転びそうにもなっている。


 それでも、ティオは絶対に転ばないし、足を止めようとはしない。ただ前だけを見て、「えっほ、えっほ」と呼吸で拍を取りながら、前進し続ける。


(ティオ……)


 妹に無茶をしてほしくないというファイの想いは変わっていない。世話を見て、なおかつ、守ってあげるべき存在に担ぎあげられている現状に、つい視線を落としそうになる。


 だがティオは、他でもないファイのために、こうして行動してくれているのだ。


 そんなティオから目をそらしてはいけない気がしたファイ。まして、これ以上の翻意を促すなど、野暮も良いところだろう。


 だったら、と。少しでも走りやすいよう、ファイはティオの首に回す腕に力を込めて、身体を引っ付ける。そのうえで、グイッと自分の身体を持ちあげ、森人族らしく尖った形をしたティオの耳元に顔を持っていくと――


「ティオ。その……ありがと……」


 気遣ってくれる妹への感謝を、きちんと言葉にする。


 ティオの耳元に顔を寄せたのは、声が届きやすいように、というのもある。しかし、その実。道具であれば本来持ちえない“感謝”を口にすることへの恥じらいで赤くなる顔を、ティオに見られまいとするためでもあった。


 ただ、この時のファイはお礼を言うことに必死で、ティオがたまにお風呂場で見せている反応――洗髪の際に耳に指が当たると過剰に反応すること――を完全に失念していた。


 つまるところティオの尖った耳は敏感で、彼女の弱点でもあるのだ。


「ひゃんっ!」


 走りに集中していたところ、不意にもたらされただろう耳への刺激に、可愛らしい悲鳴を漏らしたティオ。混乱は、運動音痴な彼女の足をもつれさせるのに十分だったらしい。


「ちょっ、お姉ちゃん! ティオ、耳は気を付けてって、いっつも言って……あっ――」

「え? あっ――」


 白髪姉妹がほぼ同時に察しの声を漏らした次の瞬間には、


「あう……っ!」

「んぎゃっ!」


 背中と腰を強打した姉と、受け身も取れず顔面を強打した妹。2人分の悲鳴が、廊下にむなしく響き渡ったのだった。




「――なるほどなぁ~。だからお前ら、そんなボロボロなのか」

「な、なんと言うか……。ご愁傷様ですぅ……」


 ロゥナとフーカ。それぞれ呆れと心配を声にのぞかせながら、ファイ達を見てくる。


 場所は第17層と第16層を結ぶ螺旋階段の踊り場。先日、放牧場に向かうファイが、ロゥナを見かけた場所でもあった。


「ご、ごめんね、お姉ちゃん……。ティオがもうちょっと運動できたら良かったんだけど……」


 ファイの服の裾をぎゅっと握って、うなだれるティオ。そんな妹の柔らかな白髪に優しく手を乗せて、ファイは「ううん」と首を振る。


 確かに、途中、ちょっとした事故が何回かあった。おかげでファイもティオも打ち身でいっぱいだが、ファイから言わせれば「それだけ」だ。


 あのあと結局、第19~17層までティオに運んでもらったファイ。階段についても、弓を使って移動するティオがファイを抱えて運んでくれた。


 おかげで時間・労力共に大幅に減らすことができた。


 ちょっとした痛みなど必要経費だし、そもそも道具であるファイは痛みを感じない、ということになっている。


「ティオが居た、から。ここまで来れた。だから、ありがとう」

「う、うん……。次はもっとうまく、お姉ちゃんを運ぶね!」


 頑張り屋の妹の頭を撫でるファイに、ティオも表情を晴れやかなものへと変えるのだった。


 そうしてファイが改めて視線を上げると、そこには金属でできた長大な円柱がそそり立っている。


 螺旋階段の中央に開いている穴を目いっぱい使ってそそり立つ、その巨大な円柱こそ――


「じゃあ、紹介するぜぃ、ファイ、ティオ! コレが俺とフーカが考えた、このエナリアの昇降機でぃっ!」




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