第328話 これ、なんの拷問よ……!?
水と光の惑星、ウルン。中央大陸セルマの南端に位置するアグネスト王国。その王都ファークストにある王城で。
「あ~~~っ、もうっ! ぜんっぜん減らない!」
白金色の髪を振り乱し、アミスは手にしていた書類を天高く投げ捨てた。
数週間前、アミスは聖女ノクレチアの護衛を兼ねた“不死のエナリア”攻略という公務を無事に果たした。
久しぶりの、それも長期にわたるエナリア攻略だ。結果も上々に終わり、ホクホク顔で王城に帰ってみれば、そこにはうずたかく積まれた書類の山が待っていた。
ノクレチアと共にエナリアに潜っていた期間は約ひと月。その間にも庶務――雑用ともいう――を担うアミスのもとには、様々な案件が舞い込んできていたらしい。
『ふっ……。そう言えば私、探索者じゃなくて王女だったんだわ……(がくり)』
現実に引き戻されたアミスが、膝から崩れ落ちたことは言うまでもないだろう。
それから数週間。アミスはただひたすらに働き続けた。
王城の中はもちろん、公務として他国に出張する列車や飛空艇の中でも書類とにらみ合う。王女であるアミスのもとへやって来る書類はなまじ重要性が高いものも多いため、手を抜けないのも憎らしい。
1枚1枚、丁寧に目を通し、採決する。また、侍女たちでも対処できそうな内容であれば、適宜指示を出す。
そんな書類仕事の合間に接待をこなす日々だ。
しかもアミスは探索者組合『光輪』の組合長でもある。
王女としての業務の合間を縫っては光輪に顔を出し、組員の派遣先を調整したり、組合内でのいざこざを収めたりしなければならない。
書類、書類、書類、接待。書類、書類、組合長業務、書類。
いくら王城で秘かに「鉄人」と噂されているアミスであっても、疲労と心労は蓄積していく。
そうして迎えた今日、遂にアミスは限界を迎えていたのだった。
「も~、イヤ! もう終わり! 私は何もしないわ!」
王女としての仮面を、書類と共に投げ捨てたアミス。全身を弛緩させた彼女は背もたれにもたれかかり、静かに天井を仰ぐ。
ひらひらと宙を舞う書類たち。そのうちの1枚がアミスの顔を覆って、視界を奪ってくる。その紙を払うことさえ、今のアミスには億劫だった。
と、アミスの代わりに柔らかい手つきで書類を取り上げてくれる人物がいる。
「申し訳ございません、アミスティ様。私がもう少しうまく光輪で立ち回ることができていれば……」
言いながら先細りする眉尻を下げるのは、フーカの後任を務めるアミス付きの次女頭・ケイハだ。
波打つ長い髪は灰色にも似た水色。瞳も似たような色合いをしており、全体的に静けさを帯びる、人間族の女性だった。
「ああ、ごめんなさい、ケイハ! あなたへの当てつけではないの! その……貴方なら分かってくれてる……わよね?」
自身の発言が、ケイハの頑張りをないがしろにするものだったことに気づいたアミス。すぐに姿勢を正し、部下であるケイハに頭を下げる。
すると、「ふふっ」と控えめなケイハの笑い声がアミスの耳を打つ。
「もちろんです。疲れのあまり、思わず本音が出てしまっただけですよね? 私ども侍女では、働き者であるアミスティ様の足元にも及ばないようで……」
よよよ、と。わざとらしく涙を拭くようなしぐさを見せるケイハに、アミスもタジタジだ。
「も、もう、ケイハ! 私が悪かったから、機嫌を直して? お願い!」
「まぁ、アミスティ様。侍女ごときに一国の姫が頭を下げてはいけませんよ?」
「冗談。自分の非を認められない愚かな王女でいるつもりはないわ」
「うふふっ、それは失礼しました、王女様」
アミスの側仕えになりたての頃、ケイハは緊張と信頼関係の欠如から委縮してしまっていた。
しかし、彼女との直接的な主従関係もそれなりの時間になる。今ではこうして冗談を言い合えるような、比較的良好な関係を築くことができている。少なくともアミスはそう信じている。
アミスが散らかした書類を拾い上げ、改めてまとめ直してくれたケイハ。彼女に改めて謝罪と感謝を言おうとアミスが顔を上げてみれば、先ほどの笑顔はどこへやら。なぜかケイハの表情はすぐれない。
「……ケイハ? どうかしたの?」
アミスが声をかけてみれば、ケイハは薄水色の髪を揺らして頭を下げた。
「私が力不足であることは事実です。フーカさんの代理を務められず、申し訳ございません……!」
恐縮などからくる謝罪ではなく、純粋にアミスの力になれないことがケイハは口惜しいらしい。お辞儀に伴ってお腹の当たりに添えられた彼女の手は、きつく握られている
ここで彼女に「気にしないで」と言っても、あまり効果は無いだろう。
ケイハは責任感が人一倍強い。前任者がフーカという「シゴでき」だったこともあって、自分の力不足を呪わずにはいられないようだ。
しかし、フーカも最初から全てができたわけではない。アミスと一緒に長い時間をかけて、王女の側仕えの業務を覚えていったのだ。
ケイハがアミスの側仕えになってまだ数か月。フーカが十数年かけて身に着けた知識や技術に並ぼうというのは、無茶にもほどがある。
(けれど、こんな正論もケイハは求めていないのでしょうね……)
自身の非力を呪い、努力しようとする。そんな“頑張り屋”にかけるべき言葉とは、何か。慎重に言葉を選んだ末、アミスが選んだのは、ケイハへの期待を込めた言葉だった。
「申し訳ない。そう思うのなら、少しでも早くフーカと並ぶ……いいえ。あの子を超えてみせなさい」
「フーカさんを、超える……?」
フーカに追いつくことばかりを考えて、追い越すことなど考えていなかった。そう言いたげに瞳を瞬かせるケイハの姿の、なんと愛おしいことだろう。
ただ、ここで話を終えてしまうと、性格的にも立場的にもケイハは頑張りすぎてしまうことは想像に難くない。
そのためアミスは、素早く補足する。
「ただ、過労で倒れたりなんてしたら、それこそ私の迷惑になるわ。……だから、頑張りすぎは絶対にダメ。言っておくけれど、コレは第3王女たるこの私、アミスティからの命令なんだから!」
空気が重くなりすぎないように、という配慮も込めて、茶目っ気を込めて片目をつむったアミス。
相手がフーカであれば、黄色い悲鳴を上げて卒倒していただろう場面。だがケイハは、アミスを尊敬こそすれ、フーカのように心酔してくれてはいないらしい。
「ふふ……! アミスティ様。それはさすがに、あざとすぎませんか?」
微笑みながらも冷静に突っ込まれてしまっては、アミスとしても立つ瀬がない。
「ち、違うのよ!? これはケイハが私の言葉を重く捉えすぎないようにって思って……。うぅ、自分の行動の意図を明かすって、なんの拷問よ……っ!?」
真っ赤になった顔を覆って身もだえる。そんなアミスの耳に聞こえてくるのは、楽しそうなケイハの声だ。
「うふふっ! これこそがアミスティ様の魅力なのですよね、フーカさん?」
そう言って、アミスを見ながら困ったように笑うだけだ。
「ケイハ? 何か言った?」
「いえ、何でもありません。それよりもアミスティ様。集中力が切れたご様子ですので、お茶の準備をしてまいります」
「あっ、ちょっ、待ちなさい、ケイハ!」
主人であるはずのアミスの制止も聞かず、ぺこりと頭を下げて部屋を辞してしまうケイハ。
「まったく、もう……。王女の私の言葉を無視するだなんて。自然体で居られるようになったことの弊害ね……」
困りものだと頭を抱えるアミス。だが、彼女が浮かべる表情は柔らかく、部下への信頼に満ちている。
1人きりになってしまった部屋。大きく背伸びをして椅子に座り直したアミスは、改めて机の上にある書類たちに目を向ける。
ケイハのおかげで良い気分転換ができた。彼女がお茶を持ってきてくれるまで、もう少しだけ書類仕事を頑張ることにした。
先ほどアミスが書類を投げたのは、何も疲労が限界を迎えたからというだけではない。またしても、“あのエナリア”絡みの案件が舞い込んできたからだ。
ケイハが拾ってくれた資料を手に取り、そこに書かれていた内容を静かに脳内で反芻する。
(『白の艦隊』。帝国お抱えの最強探索者組合が、あのエナリアに挑戦する……)
他国のエナリアに入るためには、入国の際にきちんと申請をする必要がある。裏を返すと、申請さえしてしまえば、他国のエナリアを攻略しても良いということでもある。
その決まりの裏には、「エナリアは国の資源である前に人類の共有資源だ」という考えがある。
どこかがエナリアを独占しようとすれば、大きな争いが発生すること。それは人類が長い歴史の中で学んでいる。
だからこそ探索者協会という国際機関を設立して、国家を超えたエナリアの管理が行なわれているのだ。
自由平等を掲げるアグネスト王国と、実力格差を良しとする帝国。国是を異にする両国は犬猿の仲で、隙あらば相手の国力を削ぐ機会を伺うような関係だ。
(“不死のエナリア”には未発見の色結晶もまだ多いでしょうし、白髪のファイちゃんとティオちゃんも居る。帝国としては最大戦力を送り込んで、彼女たちごとエナリアを消し去った方が効率的……)
アミスが恐れていた事態が現実のものになってしまった。それも、想像よりずっと早く。
“不死のエナリア”には、ニナをはじめとする化け物たちがそろっている。今日明日に攻略されるようなことは無いだろう。
しかし、相手は主戦力全員を白髪で揃える、大陸最強の探索者組合だ。攻略されるのも時間の問題だろうし、ウルン人の誇りと希望のためにも、攻略してもらわなければ困るという話でもある。
それに、たとえエナリアを攻略できずとも、ファイとティオ。2人の「兵器」をエナリアで暗殺することができれば、帝国としては万々歳だろう。
(できるなら、それまでにニナさんと会談。貿易の話をするついでに、改めてファイちゃんとティオちゃんの生活拠点を地上に戻すよう促したいところだけれど……)
未だに机の上で山脈を築いている資料に目をやるアミス。それはそのまま、王女である彼女を縛る鎖だ。
帝国による探索者の派遣と危険性を両親に報告するのは当たり前。そのうえで今のアミスにできることといえば入国手続きを可能な限り遅らせて、時間を稼ぐことくらいだ。
「どうしたものかしらね……」
はぁ、と。今日も王城には、働き者の王女様の想いため息が落ちるのだった。




