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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●家畜を、育てよう

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第327話 ありがとうを、いっぱい




「う、うう、羨ましいですわぁ〜!」


 “不死のエナリア”第20層の裏にあるお風呂場に、ニナの声が響く。


 野焼きをした後、改めて第4層に下草を採りに行ったファイ。


 攻略路から遠く離れた場所でのんびり過ごしていたオウフブルや野鼠を愛でつつ下草を回収。放牧場に戻って植え直してみれば、たった2週間ほどで300m四方ほどの緑が再生した。


(やっぱり、エナリアの植物はすごい!)


 と、独自の生態系と生命力を持つエナリアの植物にファイが瞳を輝かせたことは言うまでもない。


 おかげで放牧場は、最低限、その役割をこなせる程度になったのだった。


 その報告と今後の指示を仰ぐために、ニナの執務室に戻ったファイ。すると、ちょうど出先から返って来たばかりだったらしいニナと廊下で鉢合わせたのだ。


『あっ、ニナ』

『あら、ファイさん! 放牧場の方の進捗はどう……っと、そうですわ! ファイさんもお仕事終わり、ですわよね? でしたら……』


 ニナからの誘いを受ける形で、お風呂も兼ねた報告会と相成っていた。


 先のニナの叫びは、幽霊族の従業員についてファイが報告した際のものだ。


 ニナも存在こそ把握しているものの、触れ合ったことも見かけたこともないという。だというのに、まだエナリアに来て日が浅いファイが幽霊族と会えた――かもしれない――ことが羨ましいようだ。


 なお、ニナはその幽霊族の従業員をどうこうする予定はないらしい。というのも、アイヘルムにおいて重要なエナリアには必ず、エナリア主への牽制も兼ねた監視役がつけられているらしいのだ。


 ニナと、特長を同じくする獣人族には幽霊族。突き角族であれば、からめ手が得意な巻き角族。巻き角であれば、圧倒的な身体能力の差で押しつぶせる獣人族……と。


 それぞれ天敵とも呼べる種族を監視役として配置し、エナリア主の暴走や謀反を阻止する仕組みとなっているらしい。


 ただ、両者の間に“なれ合い”が生じてしまうと、監視機能は機能不全に陥ってしまう。


「魔王様がそうなったと判断した場合、エナリア主か監視役、もしくは両方が配置転換を命じられることになっているのですわ」


 エナリア運営権をはく奪されれば、エナリアを幸せいっぱいの場所にするというニナの夢も終わる。


 だからこそ、ニナの方も可能な限り幽霊族の従業員とは接点を持たないようにしているのだという。


「幽霊族の方は、わたくしに尽くしてくださっておりますわ。それに昔、良くしていただいていた気がいたします。可能であればお会いして、お礼を申し上げたいのですが……」


 ファイが見つめる正面の鏡の中。きゅっと唇を引き結ぶニナの顔からは、功労者に自ら進んでお礼を言えないことへの悔しさと申し訳なさがにじんでいる。


 と、その時だ。


 不意にどこかの木桶が落ちたらしく、カポーンと小気味良い音がお風呂場に響く。それがまるでニナの想いに呼応するかのように思えたファイ。


「今の。幽霊族の返事……かも? 『ちゃんと聞いてるぞぉ~』『大丈夫~』って」


 落ち込んでいるニナを少しでも元気づけたい。その一心で言ってみたファイを、椅子に座ったままのニナが思わずといった様子で見上げてきた。


 すぐそこにある、ニナの顔。また、彼女が振り返ったことで改めて見えるようになってしまった、ニナの裸体。その2つを意識した途端、言いようのない熱がファイの頬を襲う。


「え、えっと……ニナ? どうかした……?」


 くすぐったさに身をよじるファイと、驚いた様子のニナが互いに見つめ合うこと、数秒。均衡を破ったのは、ニナの笑い声だった。


「ぷふっ! ファイさんってば、そのおっとり間延びした話し方、どなたのモノマネですわ……ふふっ!」

「あっ、えっと……誰だろう、ね?」


 ファイ自身も無意識に言ってしまったために、自分が誰を参考にしたのか、すぐには思い出せない。


「ふっ、ふふふっ! それに、時折ファイさんが見せてくださる詩人な言い回しが、わたくし、どうにもツボで……あははっ!」


 目端に涙を浮かべるほど笑ってくれるニナ。彼女が笑顔を見せてくれたことが嬉しい反面、なぜだろうか。自身の先の発言が恥ずかしくなってくるファイ。


「に、ニナ。笑いすぎ……!」

「も、申し訳ございませんわ! ですが、やはり、可笑しくて……ふふっ!」


 言いながら椅子の上で姿勢を正し、正面に向き直ったニナ。それでも笑いで震えている華奢な肩に、やはり少しだけ「むっ」としてしまうファイ。


 それでも、鏡の中に映るニナの笑顔を見ると、胸が空いてしまうのだから不思議だ。


「ふぅ~……。ありがとうございますわ、ファイさん! そうですわね。きっと幽霊族の方も、わたくし達を見守ってくださっているはずですわよね!」

「ん。きっとそう。幽霊族は、どこにいるか分からない。だからたくさん『ありがとう』を言う、が、良い、ね?」


 そうすれば、きっといつか、どこかにいる幽霊族にニナの想いも伝わるに違いない。そんなファイの言葉に「その通りですわね!」と、笑顔の花丸を付けてくれるニナだった。


「それで、ファイさん。改めて報告を続けていただいても?」

「うん。えっと……」


 ニナの言葉に、ファイは口と手を再び動かし始める。


「その幽霊族の人が、掃除もしてくれてた、と、思う」


 10年近く放置されていたはずの放牧場の施設が、小綺麗な状態だったこと。それと幽霊族の存在を結びつけながら、ファイはすぐにでも設備を稼働できそうである事を報告する。


「なるほど……。設備や建物が無事だったのは、嬉しい誤算ですわね」

「そう。それで、ニナ。放牧場、は、誰が、どうやって運営する?」


 今後、どのようにしてモゥブル達を育てていくのか。ニナのきれいな茶色い長髪に指を通しながら、聞いてみる。


 そんなファイの問いに答えてくれたニナの話では、基本的に家畜たちは放し飼いにされるらしい。


 ファイが掃除をしておいた厩舎は主に、出産を控えたモゥブルや、乳搾りをするときに使用するそうだ。


「モゥブルさんは、ファイさん達……と申しますよりも“人”を見かけると寄ってきていらっしゃったでしょう?」

「あ、うん。乳搾りをしてほしいからだって、ミーシャ、言ってた」


 ファイが下草を植え替えている間も、折を見て様子を見に来てくれたミーシャ。そのたびにファイと一緒に乳を搾り、鉄桶いっぱいの牛乳をメレやユアにおすそ分けしに行ったものだ。


 何かと面倒見のいい獣人族の少女のことを思い出しながら言ったファイに、ニナも「その通りですわ!」と笑顔の花を咲かせる。


「それと同じように、お乳が苦しくなったら厩舎に行くよう、モゥブルさん達には学んでいただくのです!」


 厩舎の各区画には通信用のピュレを配置し、モゥブルがやってくれば、担当者に連絡が行く仕組みにするらしい。


 では肝心の担当者が誰なのか。洗髪が終わったため、保湿作業へと移行しながら尋ねたファイに、


「も、申し上げにくいのですが、まだ決まっていないのですわぁ……」


 しょんぼりといった様子でニナが白状する。


「あれ? ミーシャじゃない、の?」


 てっきりミーシャが担当するとばかり思っていたファイ。つい口から出てしまった言葉に、ニナがフルフルと首を横に振る。


「本来、放牧場の管理はそれだけで1つの大きな仕事になってしまうほどの作業量ですわ」


 ニナの話では、放牧場は住み込みで働くことを前提としているらしい。


 実際、放牧場には厩舎や謎の施設の他に、人が住むことのできる民家らしきものもあった。それはつまり、そこに人が住んで作業をしなければならないほど、放牧場の作業が大変だということを示していた。


「もうすでにお仕事を抱えてくださっているミーシャさんに、放牧場の管理をお任せするわけにはまいりません」

「あー……。そうだ、ね」


 ミーシャといえば、第4層にある菜園と第7層の裏にある培養室。そして、第15層の通信室。それぞれの部屋にいる魔獣や植物の管理を任されている。


 これ以上の業務は、あまりにも負担が大きすぎることだろう。


 そして、このエナリアで放牧場を管理できるほど手が空いている従業員はいない。このエナリアが抱える人材不足が、改めて露呈した形だ。


 本来はもう少し作業に時間がかかる予定だったと語るニナ。10頭前後であれば、今のエナリアの状況でも管理できる。そう判断して、モゥブル達を買い付け、試験的な運用を試みていたらしい。


 このエナリアの放牧場が今もモゥブルの繁殖に適した環境であるのか。その判断を慎重にしながら、老朽化して壊れているだろう設備を再建。その間に、従業員となる人物を募集・選定する予定だったようだ。


 だが、幸か不幸か設備の多くは現役で、ファイの魔法と謎の幽霊族によって放牧場の整備も順調に進んだ。


 おかげで人員を確保する時間なく、放牧場が稼働できる状態を迎えてしまったようだった。


 この先モゥブルの個体数が増えれば、いよいよもってミーシャやファイが“様子を見に行く”だけでは手が回らなくなってしまうだろうことは想像に難くない。


「なので、可及的速やかに住民の方から有志を募るか、外部から人を呼ばないといけませんわね!」


 そうしてニナが放牧場のこれからについて語り終えたあたりで、ファイもようやく主人の髪を洗い終えた。


 ニナの髪の長さは、ファイの3倍以上にもなる。当然、洗髪と保湿にかかる時間も手間もそれに比例する。


(髪、長いの。大変……)


 そんなことを考えながら自分も髪を洗おうと、ニナの隣の椅子に腰かけたファイ。


 すると背後に気配を感じる。嫌な予感を感じながら振り返ってみると、頭に布を巻いて黄色い湯あみ着を着るニナが腕を組んでこちらを見下ろしていた。


「……えっと、ニナ? 何してる、の?」

「もう、ファイさんってば! ご存知でしょう? 今度はわたくしが、ファイさんのお世話をする番ですわ!」

「あ、ぅ……」


 ニナとお風呂に入ると、毎度こうなってしまうからファイとしては困りものだ。


 湯冷めする恐れもあるため、ニナにはいち早く身体を洗ってもらい、湯船に浸かってもらいたいファイ。そうでなくても、主人であるニナの手を煩わせることは、道具として気が引けてしまう。


 だが、本当のところは違う。頭に限らずニナに触れられると、どういうわけか身体の奥の方が“ムズムズ”して落ち着かないのだ。


 だが、道具を自称するファイは、主人からの厚意を断ることができない。「嫌」などと自分の意思を示すわけにいかないし、ファイの身体を洗いたいというニナの意思を無下にすることもできないからだ


「ふんふんふふ~ん♪ それではいきますわよ、ファイさん!」


 背後から伸びてくるニナの小さな手を前に身体を縮こまらせ、目をつぶることしかできないファイ。


「かゆいところはございませんか~?」

「う、うん……(ぴくっ)」


 くすぐったくも心地よい“ムズムズ”が顔や言動に出ないよう、気を付けながら。それでいて、くすぐったさに時おり身体を震わせながら。


 懸命の我慢大会に臨む、ファイだった。




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