リンゴクの町長と、レニオンの孫娘
魔法陣を使った召喚術には大きく分けて二種類ある。
直接大地に描く魔法陣と、紙や布等に描く魔法陣だ。
直接大地に描く場合、大地に流れる魔素と自身が流す魔力を融合させ、自身の能力以上の威力を実現させる。
方陣結界等の、絶妙な魔力コントロールが必要な特殊な魔法もあるが、大まかに纏めると強力な魔法を使いたい場合にはこれを使う。
そして紙や布等に描く魔法陣だが、これは自身の能力をかなり抑圧された状態で魔法は発動される。
魔力をあまり必要としない、灯り(ライト)等の生活魔法での使用が一般的だが、別に他で使えない事はない。
ただ余りにも威力が弱く、紙で魔法を使用するより杖などの媒体を使用して、魔法を発動させた方が強い魔法を発動させる事が出来るし、効率がいい。
だから後者での魔法を使う人の特徴としては、魔法を使う事に不慣れな者や、今回の様に、魔物等を呼び出す召喚術の場合、見た目だけで魔物の能力を必要としない、いわゆるハリボテのような存在でも良いとされる場合である。そんな存在を魔物と同一とするかは疑問だが・・・
ホークは、村で騒ぎを起こし、ある女性を連れ帰る事が出来ればそれで良かった。
隣町リンゴクの町長であるホークは、目の前で起きた事実を受け入れないでいる。
『自身が召喚したオーク』が吹っ飛ばされたのである。
それも一撃で。
「ば、馬鹿な・・・」
たららを踏み、ドッと石畳に尻モチを付く。
「ち、町長っ!」
付き添いの従者が駆け寄る。
肩をそっと支え、従者は倒れたオークに視線を移す。
「・・・紙の魔法陣で召喚した程度の魔物とはいえ、たった一撃で倒すなど・・・」
2人とも麻で作られた、品質の劣る粗末な衣類を着ていた。少し薄汚れた顔と靴の汚れは、農業に従事する者のそれに酷似している。
第三者に見つかった場合、簡単に自身の正体がバレない様にする為に、彼等はその様な姿をしていた。
手中にあった、紙に書かれた魔法陣が薄い光を放ち、ゆっくりと消えていく。
召喚したオークが死んでしまったのだ。
「・・・何者だ、あの冒険者は?」
わなわなと震える声で、ホークは口を開く。
すると。
「冒険者ではないわ、あの人はただの役場の職員よ」
・・・・っっ!!!
突如、背中越しに掛けられた言葉に、振り向きながら後ずさりする。
気配すら感じなかった。
最初に、黒く光った可愛らしい丸みを帯びた、女性ものの革靴が視界に入る。
ゆっくりと視界を上に移動させると、若干フリルで装飾されてはいるが、黒と白で統一された洗練されたメイド服が目に映った。
眼鏡越しにもハッキリと分かる、美しい顔立ちに鋭い眼光。
そこには、彼らの見知った顔があった。
「ユ、ユーリっ!」
メイドのユーリが、仁王立ちしていた。
こめかみがぴくぴくしている。
両腕を胸の前で組み、、苦虫を嚙みつぶしたような顔で二人の男を睨みつけている。
ホークが手にした、魔法陣を描いた紙の書類を視界に捉え、ユーリは二人を見下ろし、侮蔑の表情を浮かべる。
感情の欠片も感じさせない冷たい声で、言葉を続けた。
「言い訳でも聞きましょうか・・・・・・お父様」
村はずれの大木の下。大の大人二人が正座させられ、メイド服を着た女性の前で頭を垂れている。
「何故、あの場所で、その召喚魔法陣が書かれた紙を持っていたのかしら?」
「そ、それは・・・」
あの場に召喚されたオークは、魔法陣によって召喚されたもので間違いはない。
「なに?」
怒鳴られるより、静かに語りかけられる方が何倍も恐いこともある。
「・・・魔物が召喚されるような危険な村と認識してもらえば、そんな危ない村にいるより、リンゴクの街に戻ってきてくれるかもと思って・・・」
それを聞き、ユーリは余りの思慮の浅さに頭を抱えた。
「そんな下らない理由で、村の皆さんを危険に晒したと」
町長は慌てて否定する。
「騒ぎを確認したら消すつもりだったんだ。本来の目的はそれだったし・・・」
消せば終わりだと?怪我人が出なければ何をしてもいいと?あれだけ村の人達に怖い思いをさせて、避難までさせたのだ。
驚かすだけだったという彼等の主張は、余りにも稚拙だ。
「だからって、やって良い事と悪い事があるでしょう・・・」
何を言っても言い訳にしかならない。
やっている事は犯罪なのだ。
本来であれば村長に相談し、帝都の騎士へ引き渡すのが筋であろう。
だが・・・
ユーリは、後ろを向き、深々と頭を下げた。
若干震える声で、ユーリはその人物を呼ぶ。
「全てを、お嬢様に御任せ致します」
言われて、大木の陰から一人の少女が顔を出す。
小さな歩幅でユーリの隣まで近づいた少女は、例の如く高らかに笑う。
「おーーーっっっほほほ。任されてあげるわユーリっ!たまに私を馬鹿にしてくるけど、ちゃんと村長の孫娘と認識しているようねっ!」
この村では、今現在、村長を除けば彼女が一番の権力者である。五歳児が責任者とはいささか不安な村だが、事実なのだからしょうがない。
彼女の両親は、娘を残して『結婚して10週年記念日』の旅行に行ってしまった。
娘も連れて行こうとしたらしいのだが、この村でやることがあるからと、同行を断ったらしい。
話を戻す。
ばばーんと効果音が脳内に響き渡る程のドヤ顔での登場。先程迄この場に流れていた緊張感が、どこかに行ってしまった。
ふふんと鼻を晴らして手にした扇を開く。
この所作に、最近快感を覚えた様だ。
「あなたの街に駐屯している帝都の役人に渡すのが一般的だし、通常の流れではあるのだけれど」
開いた扇をぱちんと閉じる。
「そうね。料理人を一人、この村へ寄こしなさい。最近貴方の街で話題の食べ物を作っている料理人を」
にやりと笑って続けた。
「確か、ホットドッグとかいったかしら?毎日すごい行列らしいじゃない」
なんでも帝国からも、それを目的として街を訪れる旅行者が多数いるらしい。
きょとんとした顔で、二人は少女・アリッサを見上げた。
「・・・それで、宜しいのですか?」
「何か不満かしら?」
い、いいえっ、と。二人は、頭を下げた。
残りは貸し、ですわよ。と、二人同様に頭を垂れたユーリの顔を見る。
肩を震わせ、目を閉じている。
きゅっと噤んだ口元を、アリッサは指でなぞった。
「今回は誰も怪我はしていないわ。誰も被害にあってはいない。ただ突然、戦いに不慣れな役人でも対応出来る程度の魔物が現れ、処理された。そして、私はその魔物を確認出来ていない。それだけの事よ」
つまりは、先程起きた事件をアリッサは見なかった事にすると言っているのだ。
少女がそう言えば、孫娘を溺愛している村長はその言葉に従う。
村中の人々が見たものは、たとえオークでも、それを操る術士でもない。
「・・・ありがとうございます」
小さな。本当に小さな声で、ユーリはその言葉を口にした。
村にはおよそ似つかわしく無い光景が目の前にあった。
数十人も及ぶ大行列と、たくさんの旅行者の数。
大行列の先には、最近店を出したホットドックの店がある。
「美味しいものは、それだけで人を呼び寄せますから」
隣町の町長は、約束通り例の店の支店を出してくれた。
徒歩で半日、馬車で一時間程度の場所にある温泉の存在もあって、村は久しぶりに賑わっていた。
ふふふっっっ!とアリッサは高らかに笑う。
「きてるっ!きてるわユーリっ!この村に運命とも呼べる程の流れがっ!」
「はっ、来ておりますっ!」
ユーリは片膝をつき、頭を垂れる。
「私の下に来つつあるわっ、若いツバメ共がっ!」
相変わらず高笑いを続けるアリッサを見つめ、ユーリは微笑んだ。
そこに、以前の訝しむ彼女の姿はなかった。
ユーリもアリッサと同様に高らかに笑い、嬉しそうに言った。
「頑張りましょうお嬢様っ!」
雲一つない晴天。
頬に感じる風が気持ちいい。




