これが豚(私)の生きる道
やばい。
ひっじょーーーーに、やばい。
彼と呼ぶべきかの疑問はこの際脇に置いて、彼は非常に困っていた。
敷かれた藁の上で、月明かりが差し込む小窓を見上げながら、呆然としていた。
明日、彼は出荷される予定の豚であった。
どこかのアニメで、豚に転生したやつがあったとか言わないで欲しい。
ここは何も考えず、スルーするのが大人の対応と言うものだ。
さて、話を戻そう。
そう。私は紛れもない豚なのだ。
しかし、ワシは豚だが豚ではないのだ。
ワシは、大賢者ウリエル。
このタイミングで!?と言わんばかりのタイミングで、前世の記憶が蘇ってしまった大賢者ウリエルなのだ。
前世では、あらゆる魔法を習得し、その気になれば世界をも滅ぼせる力を得てしまった大賢者ウリエルだ!
そのワシが、今非常に焦っておる。
魔王とその軍勢を、同時に相手した時でも、ここ迄焦ってはいない。
何度も言うが、私は豚なのだ。
豚は大きくなると出荷される。商品だからしょうがない。
だが。
本来なら来月だったはずなのだ。出荷予定は。
同期(周りの豚)は、予定通り来月出荷予定だ。
何故ワシだけが明日なのか。
理由は、彼には分っていた。
『飯を食べすぎたのが原因か・・・』
今まで人(豚)一番食ってきた。同期の豚の、2倍は余裕で食べていた。
だってしょうがない。美味しかったのだから。
転生前は、魔力の補充だけで生きていけたから、周囲の魔素を魔力に変換するだけで良かった。
つまり食べなくても生きていけた。
その時の記憶が、豚になったワシの魂に刻まれていたのかもしれない。
豚になった事により、人一倍(豚一倍)食べる事に喜びを感じてしまったのだ。
食べて食べて食べて。そしてまるまる太って、明日が出荷日となって、前世の記憶が蘇ってしまった。
そんな状態なのだ。今のワシは。
取り合えず、現状何ができるのか考えよう。
自身の中に眠る魔力は・・・感じる。
僅かではあるが、魔力はあるようだ。
ブーブーブー。
うむ。言葉は話せない。当然か。豚だもの。
身体は思い通りに動かせる。四足歩行だけど。
足元は藁。周囲には豚(同期)。
そしてここは鍵の付いた豚小屋の中。
『・・・・・・絶望的じゃ』
心折れそう。
小屋は破壊出来ない。術以前に魔力が足りない。
手足を動かして藁をどける。少し疲れたけど、端に寄せられた。
そして現れた地面に書いてみた。そう。魔法陣である。
魔法陣は、少ない魔力でも発動する事が可能だが、完成させるには時間がかかる。
実践向きではないが、罠等を仕掛けるには最適だ。
約1時間ほど掛けて魔法陣を完成。魔力を魔法陣に流してみる。
ぽうっと書かれた魔法陣が光を帯び、地面に書かれた魔法陣と同じものがブォンと音を立てて四方に展開される。
近くで寝ていた豚が、魔法陣の光に目を覚ました様だ。光りに群がる虫の様に、豚が寄ってきた。
が。近寄れない。魔法陣が障壁となり、近付けけないのだ。
『方陣結界の完成だ』
次に、四方に展開された魔法陣に更に魔力を注ぐ。すると周りの藁が舞い上がり・・・その場に落ちた。
やはり魔力が足りない。
一晩だけだか時間はある。
考えるのだ。ワシの命がかかっているのだ。
「おいっ、なんだお前はっ!」
翌朝、ワシを出荷しようと豚小屋に乗り込んできた業者は、目の前で起こっている事実に困惑していた。
結局、一晩考えたが何も思い浮かばなかった。豚の脳みそではこれが限界だ。
業者は相変わらず叫んでいる。煩い。
「豚が魔法を使ってやがる」
「信じらんねぇ、これ方陣結界だろ?人間でもこんなの出来るやつは少ねぇぞ」
方陣結界は、書き上げた術式に対し、相応の魔力が必要になる。多すぎても少なすぎてもいけない。
バランス。これが原因でこの魔法陣は最も高度な魔法陣の一つとされているのだ。
「おいっ、依頼主呼んでこいっ。こんなの聞いてねぇぞ!」
「なるほど、経過は理解した」
その後、業者は依頼主を呼んで来たが結果は同じ。帝都の魔術師でもない限り、対応できるものはいない。
この魔法陣はほぼ魔力を必要としない。その様に魔法陣を組んだ。
つまり互いに詰んでいる状態だ。
ただ長期戦になれば負けは確定・・・と思っていたのだが、先程状況が変わった。
ここの主が、この村の村長の孫娘を連れてきたのだ。
5歳にして、この村の改革を進めるために奮闘しているらしい。
付き添いの従者は、依頼主に『突き合わせてすみません。飽きると帰ると思いますから』と頭を下げていた。
その孫娘が、ワシに近付いてきた。
「私はアリッサ。10年後、この村の覇権を握る女よっ!」
『・・・色々逝ってる少女らしいと理解した』
少女はワシを無視して話を続ける。まぁ、豚だし、無視するよね。
「ねぇ貴方、私のものになりなさいっ!」
『そんな趣味が?』
当然言葉は通じないから、彼女は無視して話を続ける。
「なかなかの魔法陣ね。その力、私の為に役立てる気はないかしら?」
『・・・・・・』
「なかなか強情な豚ね。いいわ、三食昼寝付きで、個室の豚小屋も与えましょう」
その代わり・・・と続ける。
「私が起きている間は護衛をして貰うわっ!」
『昼寝はどうした?』
ふふんと鼻を鳴らす。
「どうやら話は纏まった様ねっ!!!」
『会話は通じない様だ』
さて、話し合いはともかく、この少女はワシを貰い受けようとしている様だ。そして食用ではなく、護衛として雇いたいと。
なかなかぶっとんだ考えをお持ちの様だ。
こちらとしては願ってもない提案だが、はたして信用できるのかどうか。魔法陣を出た途端、捕縛されかねない。信用出来る何かが欲しい。
なかなか魔法陣を出ない豚を見かねて、従者らしき女性がそっと膝を折り、アリッサの耳元で囁く。
「相手は魔法を使える特異な豚です。こちらが言っている事を理解しているかもしれません」
えっ?という顔をしている。アリッサは、こちらが言葉を理解して当然と思っていた様だ。
女性は続けて口を開く。
「魔法書類による契約書を作成されてはどうでしょうか?」
アリッサは、ぱぁっと顔を綻ばせ、それよっ!と笑って契約書を作って来る様にユーリに命じた。
かくして、この事件は解決した。
PS.翌朝。村長の孫娘、豚と雇用契約。ご乱心かっ!?
そう銘打った新聞が出回り、一時期、村中の噂になった。




