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風のトール

「きゃゃゃゃぁぁぁぁっっっ!」

「む、村に魔物が出たぞーっ!」

オークが一匹、村の中心で何かを叫んでいる。

多分、周囲の人間を威嚇しているのだと思う。

愛ではない事は確かだ。

村にいる冒険者は全部で5人。近くにダンジョン等、観光名所と呼べるそれらしきものはないので、常駐している冒険者は絶望的に少ない。

事が大きくなりそうな時は、事前に隣町にあるリンゴクから派遣して貰っている。

しかし今回は急を要した。転移してきたのか、何故か村の中心にある噴水前広場に突如現れたのだ。魔物に転移等の高等魔法が使える訳はない。

もし魔法を使って転移してきたのなら、恐らく第3者の関与が間違いなく、意図的なものであると断言できる。

しかし今はそれよりも・・・

「早くっ!村のみんなは非難をっ!」

お昼時もあってか、広場には人が数多くいた。

子供連れの親子も多く、小さな子供は大人達に抱きかかえられ遠くの方へ走り去っていく。

「避難、終わりましたっ!」

息を切らし、オークと対峙している冒険者のリーダーに声を掛けた。

この村を拠点としている冒険者は、EランクとFランクのみ。

強い冒険者は、大規模な都市や街を拠り所とし、この様な小規模の村にはいない。

「ありがとう、しかしこのままじゃっ!」

この村はおしまいだ。

「だ、誰か助けをっ!」

ぐぉぉぉぉっっっっ!!!

オークの叫び声に、彼の願いは虚しく消えた。


トールは焦っていた。

額に流れる冷汗が、いまだかつてない恐怖を自覚させる。

彼は冒険者ではない。村役場の職員だ。本日は有休を使って、村外れの森の中に薬草を取りに来ていた。

小遣い稼ぎである。

決して、削られたお小遣いに対して不満はない。

ただ最近集まり(飲み会)が多く、妻に頂いている小遣いでは少しだけ足らないのだ。

不満は、ないのだ。

しかしこれはどうしたものか・・・

早朝から採取していた薬草は、お昼を迎えた辺りで既定の数は取り終えた。

ただ、せっかくだからと自作したお昼を食べた途端に、問題は起きた。

端的に言うと、腹が痛いのである。

つまり、腹を下したのである。

恐らく、パンに挟んだ卵がいけなかったのだと思う。少しイケない匂いがしていたし。

ちょっとだけ冒険して食べてみた。

冒険したら、冒険に失敗してしまったのだ。

幸いここは森の中。誰も見ていない。

だが。

「ここでするわけにはいかない」

ここには拭くものがない。つまりは束の間の幸せを得るために、その後確実に迎えるであろう不快感を受け入れなければいけないのだ。

それは断じて受け入れられない。

「走って、家のトイレに駆け込むしかない」

軽く走ってみた。

うおぅぅっっ

ダメだ、動くと何かを失いそうだ。かくなる上は・・・

トールは意を決したように、魔法を唱えた。彼は付与魔術師。今、自分自身に強化魔法をかけたのだ。

短い詠唱を幾つか唱え、トールの身体が眩い光に包まれる。

間もなくして、トールの頭の中に、唱えた魔法の効果が言葉として響き渡る。


脚力強化+1,素早さ+1,体力+1,筋肉増量+1・・・・・・


尻に力を感じる・・・・・・よしっ、締まったっ!

不敵な笑みを浮かべ、村の方へ足を向け、土を蹴った。

トールの身体が、風に消えた。


暫くして、トールの目に村の入口が見えてきた。何やら人だかりが出来ている。このままでは人々に衝突してしまう。

しかしっ!今の私は誰にも止められない。

加速加速加速かそくぅぅぅぅぅぅっっっっ!

トールは更にスピードを上げ、人々の頭上を飛び越えた。

村の入口にあふれた人々は、何事かと、突如吹き荒れた突風に顔を腕で隠す。

「今、トールの姿が見えた様な・・・」


トールはスピードを維持したまま、村の中心近く迄到達。自身の家ももうすぐだ。

あぁっ、間に合いそうだ。

そう思った次の瞬間。

トールの自宅前に、馬鹿でかい人影が見えた。

「な、なんだと!」

間に合いそうだというのに・・・神はまだ私に試練を与えるつもりかっ!

「しかし、今の私に勝てるものはおらんっ!!!」

加速した己の身体を武器とし、目の前の障害を弾き飛ばす。

もの凄い勢いで衝突した『それ』は、叫び声と血しぶきを上げながら宙を舞った。

それを横目で確認し、トールは自宅のトイレに駆け込んだ。

ふぃぃぃぃぃぃぃ・・・・

「・・・間に合った」

トールは人としての尊厳を守った。

そして同時に、言葉に出来ないあの苦しみから解放されたのだ。トールは今の奥さんと付き合い始めたくらいの喜びを感じていた。

と同時に。

はて。とも思った。

家に入る際、何かを吹き飛ばした気がする。

あの時は気が立っていたし、切羽詰まっていた。だけど、なんかやばい気がする。

だって血しぶき上げてたし・・・

トールはしっかり拭くものは拭いて、ゆっくりと立ち上がった。

ちゃんと手を洗って、恐る恐る玄関のドアを開ける。

「・・・何、これ?」

玄関先に、トールの背丈の2倍はあろうかというオークが、口から血を流し倒れていた。

赤い身体の、もう筋肉もりもりのやつだ。

えっ?なに?もしかして何かの嫌がらせ?怖いんだけど?

混乱していると、近くでトールの知っている声が聞こえた。

「お、お前が倒したのかトール」

光の鍛冶師、ガッシュがそこにいた。

あっ、そう言えば家に入る前、何かをぶっ飛ばした気がする。

あの時は切羽詰まってて気が立ってたし・・・

「・・・・・・かも」

「うぉぉぉぉっっっっつ!すげえぜトールっ!!!やるじゃねーかっ!おめぇ、こんなに強かったのか!」

ガッシュが興奮してる。

そんな彼を見ていると、むしろ冷静になっていく自分を感じながら、途方に暮れて玄関先に立っていると、村の入口にいた人々が近くに集まってきていた。

ガッシュが興奮してトールの雄姿を吹聴している。

「そう言えば・・・」

村人の一人が、テンション高めに叫んだ。

「さっき村の入口で突風が吹いたと思ったら、風の隙間からトールさんの姿が見えた気がしたんだっ!」

「やっぱりあれはトールじゃったのか!」

「鬼神じゃっ!風の鬼神じゃっ!」

きっしんっ、きっしんっ、きっしんっ。

この場にいる全員が、先程迄オークに襲われ死を近くに感じていたせいか、解放された喜びから異常にテンションが高い。

この村の住人、大丈夫かな?

トールは、移住を検討したが、後日家族全員に却下された。

そして、その日以降。トールは村の英雄として、二つ名が送られた。

その名は村の入口の石碑に、しっかりと刻み込まれている。


『風の英雄・トールここにあり』と。




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