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伝えたい気持ち

薄暗い路地裏を数人の騎士が走り抜ける。

「おいっ!そっち行ったぞっ!」

「絶対に逃がすなっ!捕まえろっ!」

陽は高いはずだが、引き締めあう建物は陽の光を遮り、漂う空気はひんやりと冷たい。

重量感のある騎士達の足音が、追われる対象者の精神を追い詰める。

「く、くそっ!何でこんな事にっ!」

深く被ったフードに手を掛け、更にぐっと被り直す。

先程迄走っていた石畳が、昨日降った雨でまだ若干湿っている。

湿った石畳にうっすらと生えた苔が、男の足を滑らせる。

「くっ!」

鼓動が早くなる。それは今まで休まず走っていた為か、騎士達に追い詰められている為か。

「捕まってたまるかっ!誤解を解かないとっ!」

追い詰められるプレッシャーと疲労で、今にも倒れそうな身体と気持ちにぐっと力を入れ直し、大きく息を吐く。

複雑に入り組んだ路地裏。

特徴のない民家の一つを右に回り、どことも知れないこの場所を一心不乱に駆け抜ける。

そして・・・

目の前に聳える高い壁。

行き止まりだ。

「く、くそっ!」

見上げた壁は約3m程だろうか?道具を使えば乗り越えられそうだが、生憎とそんな物は手元にはない。

仕方ない。引き返して別の道を探す・・・・・・

男が振り向いた視線の先に、二人の騎士が佇んでいた。

肩を揺らし軽く前屈みとなったその姿から、確かな疲労は伺える。

面を被っている為顔色は伺い知れないが、溢れる気迫の様なものが逃げられないと男に悟らせた。


「ところで師匠。奥さんとはどちらでお知合いになったのですか?」

手にしたジョッキをテーブルに置き、目の前に座った青年が問いかけてきた。

村に唯一ある大衆酒場のカウンターで、互いに片肘をつき空いた片方の手に持っていたジョッキをぐいっと煽る。

クリスは少し困った顔でポリポリと頭をかき、どうしたもんかと苦笑する。

もう既に5杯目だったか。

席について一時間程度しかたっていないのに随分と急ピッチだ。

彼は隣町の商家の息子で、年齢は20歳前後。とても素直で気さくな青年だ。

商家の息子らしく、質素だがどこか品のある服装と身嗜み。

青年・カシムとクリスは二人で飲んでいた。

月に一度、隣町からこの村まで雑貨から宝石や服、日用品まで、多種多様な商品を村へ売りに来る彼に、クリスもまた何度もお世話になっている。

「ねぇ、教えてくださいよぉ~。あんな若くて綺麗な奥さん、どうやつたらお知り合いになれるんですかぁ~」

クリスは中年と呼ばれる30歳後半の年齢だが、妻のリリーは、この前20歳の誕生日を迎えたばかり。

容姿はかなり整っており、すれ違う男は皆例外なく振り返る。容姿端麗とは彼女の事だろう。

それと比べてクリスは、どこにでもいる中年のおっさんだ。

容姿も特別整ってるわけではなく、特に金持ちという訳でもない。

結婚して5年となった今でも出会って間もない頃と変わらず、周りが羨む程に夫婦の仲は睦まじい。

このスペックでリリーの様な若い奥さんを連れて歩く様は、別の意味で注目を浴びている。

「おじさんも昔は冒険者やっててなぁ。そん時に知り合ったんだぁ」

昔を思い出しているのか、目を細めて軽く微笑んだ。

「まぁ、詳しい話は秘密じゃ。仲良くなりたいと思う人がいるのであれば、女性に限らず、その相手とは真摯に向き合う事じゃなかろうか」

「真摯に・・・ですか?」

「そうじゃ。相手に敬意を払い、損得勘定抜きで相手と接する。そういった小さな積み重ねが相手の気持ちを動かすんじゃ。人の気持ちは気持ちでしか動かせんのじゃと思うぞぉ」

その言葉に、カシムの顔がぱっと輝き、頬を仄かに赤らめてクリスを見つめる。

「その言葉、なんかわかる気がします。やっぱりクリスさんって凄いですっ!」

大した事は言ってない気がするんじゃが・・・とポリポリと頭を掻き、困ったように苦笑した。

この子はどうもワシを過大評価している節がある。

リリーというフィルターを通して見るクリスの姿は、どうも彼の目には違って見える様だ。

しかし・・・と薬は首を傾げ、はて?と思案する。

「そういう話をしてくるって事は・・・」

もしかして気になる子でも出来たのだろうか?そういった意味合いを含め、カシムの顔を見る。

見つめられた彼は、少し気恥ずかしそうに顔を俯かせた。

手にしたジョッキをテーブルに置き、胸のあたりで両手をモシモジと絡ませながら口にする。

「じ、実は近所に住んでる女の子がいて・・・でも声も掛けられなくて・・・」

乙女だ。

彼が女の子だったら、目の前にいる男は間違いなく致命傷を負う事間違いなしだろう。

だが目の前にいるのは一人の青年。男がモシモジしている様は、若干引いてしまう。

「意外じゃなぁ」

素直に思った事を伝えた。

「意外・・・ですか?」

「カシムって物怖じせず考えている事を相手に伝えられると思っておった。」

客相手に堂々と商売をする普段のカシムを見ているせいか、目の前でウジウジと悩む彼の姿に若干の戸惑いを覚える。

しかし、異性に恋してしまった人というのは、男も女も子供も大人も、例外なく普通ではいられないのかもしれない。

とにかく、好きになったのならまずはそれを伝えなければ始まらない。

「近所という事は、その彼女とは顔見知りなのか?」

自分の事を知っているのか知らないのか、それによって最初の行動も変わってくる。

見知らぬ男がいきなり花束でも持って『好きです』と言っても困惑されるだけだ。

とんでもないイケメンでもない限り、好意よりも先に警戒心を抱かせてしまう。

カシムはクリスの顔を真っすぐに見つめ、カラッと笑って答えた。

「彼女の事なら、よく知ってます。彼女も私の事は知ってくれているはずです」

幸せそうな顔を見て、クリスは二人が良好な関係であるのだろうと推測した。

相手を想い、気持ちが満たされる高揚感は、人だけが持ち合わせられる特権だ。

その気持ちが相手に受け入れられるかは分からないが、持ってしまったその感情は相手に伝えなければいずれ違ったものへと変化していくだろう。

目の前のジョッキを一口煽り、クリスもまた、幸せそうな笑顔でカシムへ伝えた。

「なら、今自分が感じているその気持ちを伝えてみてはどうじゃ?答えてくれるかどうかは分からないけど、向けられた好意に、好きなくとも悪い気はしないはずじゃよ」

もしかしたら、相手は答えてくれないかもしれない。もう好きな人がいるかもしれない。

だけど、伝えなければ何も始まらない。それがどんな結果になろうとも。

カシムは、クリスの言葉を黙って聞いていた。

その顔は先程迄にやけていた乙女の様ななよなよした顔ではない。

真剣な。そして覚悟を決めた男の顔だった。

「クリスさん、俺覚悟を決めました。明日、街に戻るので、その時に彼女に伝えようと思います」

「おぅ」

カシムを見つめるその顔はとても暖かく、息子を見守る様に目を細めてジョッキを掲げた。

出来る事なら幸せな未来を迎えたい明日への期待を胸に、二人はジョッキを重ねた。


「・・・名前は?」

古びた小さな机を挟み、向かい合う二人の男。

部屋は薄暗く、少し肌寒い。

緊張感の漂う空間は、有無を言わせぬ騎士の威圧感によるものだろう。

街中にある、とある建物の一室。

机と二人の男、それ以外何もない空間。

何もないが故に、壁に固定されたランタンがの淡い橙色の光が存在感を増す。

名前を問われた青年は、うな垂れたまま絞り出すような声で口にした。

「・・・カシム・デリケット・・・です」

大きく息を吐き、手にした書類に目を通した騎士は再びうな垂れる青年に視線を移す。

「お前、何をしたか自分で理解しているのか?」

その声色は、とても呆れたような、大人が子供を諭すようなそんな声。

うな垂れ、机に視線を落とす青年に確認しろとばかりに騎士は手にした書類をスッと差した。

「ここに書かれている内容に間違いはないか?」

青年は書かれた内容に目を通し、すこしばかりの間をおいて「はい」と答えた。

書類に書かれた内容は、下記の通りである。


 被告・カシム・デリケット

 被害者・リリス・フランソア

 罪状・連日に渡るストーカー行為及び脅迫。再三に渡る警備隊からの警告無視。


「・・・お前さ、いい歳してなにやってんの?」

要点だけを纏めたその書類に、騎士・カトリックは再び溜め息を吐く。

「別にさ、好きな子に好きだと伝えるのは悪い事じゃねぇ。むしろ喜ばしき健全な事だ」

だが・・・

「朝・昼・晩と連日告白し続け、断れ続けたにも拘らず、その後も彼女に付きまとい・・・脅迫。続いて部屋に忍び込んで下着を盗み・・・食べかけのパンを持ち帰った・・・と」

「ち、違います。誤解なんです」

今まで黙っていた青年は、読み上げられた罪状に反論した。

「連日告発したのは抑えきれないこの気持ちを伝えたかっただけだし、脅迫と言われましたが『分かってくれるまで永遠に気持ちを伝え続ける』と言っただけですし、下着とパンを持ち帰ったのは、まぁ・・・ちょっと悪いかなとは思いますけど、そこまで目くじらを立てる事ではないと思います。これは彼女に真摯に向き合った結果ですし、今は誤解しているかもしれませんがきっと彼女にも気持ちは伝わると・・・」

ドンッ!と騎士はテーブルを叩き、青年の言葉を遮る。

少しばかり怒気を含んだ声で、口にした。

「ぐだくだうるせぇ。お前がやってる事は相手の気持ちを考えず、ただ一方的に自分の気持ちを押し付けてるだけだ」

額に青筋を浮かべ、青年を睨みつける。

「やってる事は、ただのストーカー行為だ」

「そ、そんな・・・真摯に向き合い、相手を想い気持ちを伝えれば振り向いてくれるはずと。隣村のクリスさんはそうやって若い奥さんを捕まえたはず・・・」

青年は両手で頭を抱え、ぶつぶつと相手に聞こえない程度の声で口にした。

「とにかく、牢屋に入ってしばらく頭を冷やせ。話はそれからだ」

騎士が手を掲げると、それを合図に二人の騎士が部屋へ入って来た。

両脇を抱えられ、カシムは部屋を後にする。

部屋に一人残された騎士は、三度大きな溜め息を吐いた。


PS、事情聴取が行われ、彼をけしかけたという隣村のクリスという中年男性へ話を聞きに行ったが「そんな人は知りません」と言われたらしい。

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