絆
小鳥が鳴いている。
木々の隙間から差し込む陽の光はとても暖かく、ただただ幸せで、特別な事がなくても自然と笑顔が零れてしまう。
手に握ったホースから水が弾け、陽の光に反射してなんとも幻想的で美しい。
遠くの方で、楽し気な子供の声が聞こえる。
僕の名前は『トト』。人間で24歳の独身男性。
顔の作りは平均点。然程カッコ良くもなければ、特段ブ男でもない。
僕は今、先週から始めた新しい仕事の真っ最中だ。
決して暑いからと、仕事をサボって水浴びをしていた訳ではない。
ぷりんぷりんぷりーん。
先程から目の前で、ピンク色の物体が僕の視界を覆っている。
そして若干けもの臭い。
丸みを帯びたそれは、リズミカルな動きで身体を左右に揺らし、人の言葉を口にする。
『よぉ、相棒。後ろ左足の付け根部分のとこ、結構強めにブラシかけてくれねーか?昨日から痒くてよ~』
「はい分かりました。ここですか?大賢者ウリエル様」
『・・・あふぅ。いい、いいよ~♪』
こちらを振り返り、頭に直接響くそれは、目の前で悶える豚の心の声。
豚の言葉のはずのそれは、不思議と人の言葉で頭に響く。
悶える豚の尻をブラッシングしつつ、トトは小さく溜息を吐いた。
元々は迷宮攻略を夢見て冒険者になった。
冒険者は常に自分の命を天秤に乗せた仕事。実力が無ければ続ける事は難しい。
何度目かの迷宮攻略で現実を思い知らされた僕は、最前線から身を引いた。
だけど、それでも何も仕事がないわけではない。
薬草を採ったり、魔道具と呼ばれるアイテムを作成したり、冒険者の仕事は多岐にわたる。
取りあえず仕事を求めて僕は、ギルドに貼りだしていたある依頼を受けた。
『動物の世話係募集』
条件としては、テイマーの能力があり、動物と会話が可能である事。
給料はそこそこ良かったので気軽に応募してみたら雇って貰えた。
彼の仕事は、豚の身の回りの世話と通訳。
人に気を使う事が少ない分、とても心にゆとりが持てる。
『ありがとよ、久しぶりの水浴びだったから最高だったぜー』
表情からは伺い知れないが、弾んだ声で豚は笑った。ような気がした。
「良かったですね。ウリエル様」
トトもにっこりと笑う。
満点の営業スマイルだ。
しかし、豚に『よいしょ』する人生を迎える事になるとは思わなかったなぁ。
「ところで・・・これから私は何をすればいいんでしょう?」
きょろきょろと周りを見渡し、はて?と首を傾げる。
雇い主であるお嬢様からは、ウリエルの世話をするようにと言われているだけ。
つまりはウリエルの指示に従えばいいだけなのだが・・・
「さぁね。俺も仕事とは言ってもお嬢の外出に付き合って、何かあったら結界張るだけの簡単な仕事しかしてないからな」
言って、身体を揺らす。
よく見ると、ピンク色の豚の身体には無数の小さな魔法陣が書かれていた。
「ウリエル様、これって何なんですか?洗っても落ちないんですけど・・・」
『これか?、方陣結界用の魔法陣だよ。他にも幾つか攻撃用の魔法陣が書いてある』
自分自身の魔力が足りないせいで、大した威力は出せないのだけれど。
杖などの媒体があれば少ない魔力でもそれなりの魔法が出せるのだけど、四足歩行のこの身体では何かを持つ事は出来ない。
考えた結果、地面に書いた魔法陣を自分自身の身体に転写し、自分自身を媒体とする方法だった。
以前使った方陣結界は、魔力をほぼ必要としない為、展開に問題はない。
ただ他の魔法陣は、自身の魔力が低い為に、御世辞にも使えるレベルでは・・・
・・・・・・
はて?と思った。
『なぁ、トト。お前さんって魔力どれ位あるんだ?』
先程ウリエルの水洗いに使用したホースを、せっせと片付けているトトに問いかける。
「うーん、どうでしょう?昔の仲間からは魔力だけはあるよな?能力はないけどとか言われてました・・・」
頬を指先でかきながら、苦笑する。
『魔力は先天、魔法は後天』
そんな言葉がある。
魔力はその人自身に宿るもので、生まれた時点でその容量は決まっているものであり、それを変化させる事は出来ないとされている。
しかし、その魔力を使って発動する魔法は、自身で学ばなければ使う事は出来ない。
どんな大魔法を発動できる素質があっても、それを発動させる術を知らなければ使えないのだ。
ウリエルは暫し悩んだ素振りを見せた後、トトにその場に座ってくれと伝えた。
そして両手を空に掲げ、動かないでくれ、とも。
「こ、これから何をするんですか?」
ふっふっふっ。ウリエルはニヤリと笑う・・・笑った気がする。
「ちょっと、試してみたい事があってね」
周りに人がいない事を確認し、トトには絶対に身体を動かさない様に改めて伝える。
膝を地面に付けた状態で、両手を空に向けて掲げる。
「すぐ終わるから、ちょっと我慢しててくれ」
ウリエルはそう伝えると、トトの足に自分の左足を当てた。
すーっ、と。息をのむ。静かに目を閉じ、自身の内へ意識を向けた。
時間にしてほんの一秒程度。
ウリエルの身体に刻まれた魔法陣の一つが、ぽぅっと光を帯びた。
その光はウリエルの身体から数センチ浮いた位置で魔法陣の型を留めたまま輝いている。
ウリエルが、聴き慣れない何かを発した。
同時に、ウリエルの身体に浮いていた魔法陣が消える。
そして次の瞬間。
トトが突き出した両手の先に、ウリエルの身体に浮いていた魔法陣が浮かび上がった。
「え?」
単純にその大きさを比べるのであれば、ウリエルの身体に浮いていた魔法陣の約10倍。
白く光っていた輝きも、今は青白く色づいている。
ぶぉぉぉぉぉっっっっっん。
耳元を羽虫が通り過ぎた様な、若干不快な音が周囲に響く。
それらを確認し、ウリエルはゆっくりと呟くように言葉を繋いだ。
『・・・火球』
一瞬、音が消えた。
次いで、トトの手がじんわりと熱を帯びる。
そして。
ドォォォォォォォォォッッッッッッッッッッ!!!!!!
トトの頭上に浮かんだ魔法陣から、突如火柱が立ち上る。
地面が揺れ、空気がブレる。
近くの木々に止まっていた小鳥が慌てて飛び立った。
飼っていた犬が怯えた様に吠える。
「・・・・・・」
トトは、今自身の手から放たれたそれを、引き攣った顔で見上げた。
頬を伝え落ちる汗。
口元が若干震えている。
『成功だ』
ウリエルは短い脚を地面に叩きつけ、軽くその場に飛び上がる。
身体がじんわりと熱を帯びていくのが分かる。
興奮冷めやらぬと言わんばかりに、ウリエルはトトに視線を向けた。
『どうだっ!これが大賢者ウリエル様と呼ばれた魔法の一端よっ!』
「・・・・・・」
カラクリは至極単純。
ウリエルの魔力をトトの身体に流し、トトの中に眠る魔力を開放させる。
つまりは人間の身体を杖代わりに使用しただけなのだ。
興奮しているウリエルを横目に、トトは自分自身の手から放たれたあれを、まじまじと見つめた。
えっ?なに今の?さっきの火球?どう見たって火柱じゃん。
先程上がった火柱の後の空間が、高温で歪んでいるように見えた。
トトの顔から血の気が引いていくのが分かる。
人に向けたらいけないやつじゃん。
こんなの当てられたら死んじゃうって。いや痕跡すら残れないって。
「文字通り、消し炭に・・・」
唖然としながらその場に佇んでいると、何やら廻りがざわついている。
「さっきの魔法、振動も凄かったから、皆びっくりして・・・」
そう思い、周囲を見渡した。すると。
「か、かじだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「な、なんで急に屋敷がぁぁぁっっ!!!」
「ま、魔物のしゅうげきかぁぁぁっっっっ!!!」
「た、たすけてぇぇぇぇっっっっ!!!」
阿鼻叫喚。
地獄絵図とは正にこの事。
あちらこちらから悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。
カンカンカンッッッ!!!
火事を知らせる鐘の音が周囲に響き渡る。
屋敷から、数人の男女が避難してきた。
そう言えば、と。・・・ふと先程の出来事を思い出す。
さっき地面が揺れた時、身体が屋敷の方へ傾いたような・・・・・・
『・・・なぁ、トトさんや』
「・・・なんだい、ウリエルさん」
ギギギと、そんな擬音語が聞こえる程のぎこちない動きで二人はゆっくりと向き合った。
お互いに、顔が引きつっている。
たらりと流れる冷たい汗。
まっわれーーーみぎっ
『取りあえず、何もなかった。そうだろうトトさん』
「なんの事だろうウリエル。僕には君が言っている事がさっぱり分からないよ」
『・・・・・・』
「・・・・・・」
二人は視線を真っ直ぐに。
そしてゆっくりと歩を進める。
彼等は背中越しに聞こえる阿鼻叫喚に耳を塞ぎ、歩き出した。
さぁ、進もう。
我々の前に障害はない。
今迄、生きてきた人生に後悔はしていない。そしてこれからも後悔はしない。
二人の目に力が宿る。
ギラリと光った瞳の奥で、二人は思う。
ゴメンナサイ。
二人の間に、深い絆が生まれた瞬間だった。




