“潰しのムーア”です
「兵舎が恋しいです。」
昼食後の槍の訓練中、思っていたことをカイドウは口に出してしまう。
「どうしたのカイドウ?何ていうか・・・疲れてない?」
「ああ。」
それは今朝のことである。
この世界に来てからの初めてのベットということもあり、今までの寝起きとは違い、心地の良いものになると思っていたカイドウに戦慄が走った。
なんと、目を開けたら六人のメイドがカイドウの顔を覗いていたのだ。
まるで寝顔を記憶に焼き付けようとしていたみたいに。
その時のカイドウ氏はこう語る。
『あの時はそんじょそこらのホラー映画より恐怖でしたね。叫ばなかった自分を褒めてやりたいぐらいですよ。僕じゃなかったら二度寝という名の気を失う所でしたね。ええ。』
どうにか平常心を崩さずに起きたカイドウはメイドたちに出て行くように指示。
だが着替えの最中、扉の隙間から熱い視線と荒い息遣いに身を震わせたのは言うまでもない。
「何て言うか、生活環境ががらりと変わりすぎてついていけてないって言うか・・・ね。」
「う~ん枕が合わなかったってこと?」
「もうそれでもいいです。」
「今日はここまで!」
ムーアは周りを見回し、少しだけ残念そうな顔になる。
「未だに槍の者からはスキルの種が芽吹いた者はいない。他のところではチラホラと芽吹いているというのに・・・今年は槍はいないのかもな。」
それだけ言い残してムーアは去ってしまう。
「ん~私は自分に向いてると思うんだけどな~。」
(僕もだが、まぁまだ二日目だからな。明日には芽吹くだろう。)
「えへへ。まだまだ明日があるもんね!明日も頑張ろうカイドウ!」
「ああ。」
槍を戻して訓練場を後にすると、カイドウは兵士に囲まれる。
(はい?)
「か、カイドウ!?」
ビービは蚊帳の外に出されてしまい、見えなくなる。
「カイドウ殿だな。」
「あ、ああ。」
兵士の一人が代表して前に出る。
「話は聞きました。槍を選択したのですね。」
「まぁな。」
「何故なんだ!!!」
「ひゃい!?」
「どうして剣じゃないんだよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!あんなに強いのにもったいないだろおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
(なぁにこの人たち?)
「お前じゃ埒が明かねぇ!代われ!」
「む!今は俺がカイドウ殿と話してるんだ!」
(あれ?この人・・・。)
「もしかして砦の・・・。」
「お!覚えていてくれたか!」
「む!何だと!わ、私のことは覚えていないか!?」
(うん、こんなご立派な髭の生えたダンディは知りません。)
「すみません。」
「んがっ!?」
「という訳だ。俺に代われ。」
ご立派な髭のダンディは悲しそうな顔で後ろに下がる。
「久しぶりだなカイドウ。」
「ま、まぁ?」
「貴様!カイドウ殿を呼び捨てにするな!!」
「うるせぇ!呼び方なんて自由だろうが!」
(君たちはどんな集まりなのぉ?誰か教えてくれないのぉ?)
「ぼ、僕たちは、か、カイドウ様に、惚れこんだ、も、者たちなんだぁ。」
(うん大柄な人、説明ありがとう。)
「そういう訳よ。俺たちはカイドウの強さに憧れたっつうことよ。」
「そうですか。それはどうも。」
「んで、ここからが本題なんだけどよ。どうして剣じゃねぇんだ?あん時は剣だったろ?」
「あの時はオルゲンさんに剣を借りた形でして。僕的には槍を使いたいと思いましてですね。」
「なるほどな。ただ、その、何て言うかよぉ。」
納得した顔に兵士は一瞬だけなったが、すぐさまバツが悪そうな顔になる。
「あの・・・何か?」
「いや、何て言うかよぉ・・・なぁ?」
兵士が他の兵士に同意を求めると大半の兵士が同意するように頷く。
(ん~?そんなに槍を使うのが変なのか?それとも剣を使ってほしかったのか?)
「失礼カイドウ殿。」
(お!ご立派な髭の・・・めんどくさいから僕の中で髭ダンディと呼ぼう。)
「僭越ながら我々は危惧しているのです。」
「危惧?僕に槍は使えないってこと?」
「いえいえ!そうではないのです。ただ、担当の者が・・・。」
「ムーア先生のこと?」
「・・・ええ。」
髭ダンディは落ち着かせるようにご自慢の髭を撫でて覚悟を決める。
「ここでは何ですから場所を移しましょう。」
「は、はぁ。」
髭ダンディに連れて行かれるがままに飲み屋に入る。
「ご注文は?」
「とりあえず酒だ。カイドウ殿は?」
「あ、じゃあ水で。」
「水を頼む。」
「は~い。」
店員がいなくなるのを見てから髭ダンディは口を開く。
「カイドウ殿はムーアをどう思う?」
(いきなりな質問だな。)
「まだそれほど知りませんが、良い教官、なんじゃないでしょうか?」
「ふむ。」
一瞬、戸惑いの表情を見せるがすぐさま戻る。
「では、“潰しのムーア”という話を聞いたことはありますかな?」
「いえ。聞いたことないです。」
「そうか。ならばこれから話すことは他言無用で頼むぞカイドウ殿。」
テーブルに置かれたビールに似た酒を一気に飲み、喉を潤してから髭ダンディは口を重く開いた。
「ムーアはバルギウス様と共にこの地に逃げてきた兵士の一人だった。初めて見たムーアの印象は怯えた少女のような幼さを感じたのだ。いち早く立ち直ったバルギウス様とは違い、最初は部屋から出てくることもなかったのだ。まるで外が怖いというか、人と関わりたくないというか。そんな感じだった。」
髭ダンディは思い出すように目を閉じる。
「だが運命とは残酷で、戦わないムーアにいつまでも食料を分け与えてやれず、ムーアは戦うことを余儀なくされたのだ。だがムーアの実力は本物だ。並みいる槍を得意とした兵士を下し、あっという間に槍の教官にまで上り詰めおった。それを誰よりも祝ったのはバルギウス様だったが、そこからムーアは変わってしまった。」
「変わった?」
「それが“潰しのムーア”の誕生っつう訳よ。」
酒を一気に飲み、勢いよく机の上に置く。
「ムーアは誰も認めないのだよ。」
「認めないって・・・ランダムスキルの種は?」
「ムーアにとって選ばれることは関係ない。自分が思い描く理想に届かない限り誰も合格にはしない。だからこそ今までにもランダムスキルの種が芽吹く者はいたが、合格した者はいない。合格できない以上、槍を選んだ新兵は心が潰れるまで訓練を受けた末に武器を変えるか、早々に変えてしまうかの違いだな。」
(なるほどそれで“潰しのムーア”か。)
残った酒を飲み干し、悲しそうな表情になる。
「ムーアに何があったのか私たちにはわからん。バルギウス様に聞いても何も答えず辛そうな笑顔を見せるだけだ。そこから察するに、よっぽどのことがあったのだろうよ。だからこそ私たちもムーアを責めるようなことはしない。むしろ心配しているのだよ。」
(へ~髭ダンディはいい奴なんだな。)
「まぁ実力は間違いねぇってのもあるけどな。もし仮にムーアの合格ラインをクリアした奴が出てきたらそいつは強いに決まってるだろ?だから俺たちはそいつが出てくるのが楽しみっつうのもあるんよ。」
「ぼ、僕も、そう、お、思うんだぁ。」
(いい人たちばかりじゃないか。こういうのを見ると、あの時戦って良かったなぁって思えるよ。)
いつの間にか頼んだ料理を一口食べ、髭ダンディは付け加える。
「だからカイドウ殿。私たちは使う武器を槍から変えろとは言わない。ただ、見極めるのなら早々にすべきだということが言いたかったのだ。」
「わかりました。」
「本音を言えばカイドウには剣の道を選んで欲しかったけどな!」
「おい!」
「ギャハハハ!いいだろ別に酒の席だ!無礼講ってやつよ!」
「まったく。」
その後は髭ダンディたちと楽しい夕食を過ごした。
その結果昨日より帰るのが遅くなり、リリアナたちに問い詰められるという事態に発展したのは想定外だった。
そして勝手にメイドたちの送り迎えが決まってしまい、ちょっぴり泣いたカイドウでした。
「昨日、そんなことがあったんだ。」
「まぁな。」
「どうりでメイドと一緒に来たわけだねぇ。」
走りながらのおしゃべりに慣れてきたカイドウは昨日聞いたムーアの話をそれとなくビービに聞いてみる。
「“潰しのムーア”?そんな話聞いたことないなぁ。」
「やっぱりそうか。」
「でもムーア先生は美人で、すこし冷めてるけどいい人っぽいけどなぁ。」
「それは僕も同意見だが、髭ダンディたちが嘘をついているとも思わない。だから生半可な覚悟じゃ槍使いになれないことをビービにも伝えたくてな。」
「そっか~。でも私は諦める気ないよ?今日でランダムスキルの種を芽吹かせるからね!」
「それは僕もだ。」
ビービと並走していると、愉しそうな雰囲気のミリンダが走ってくる。
「ミリンダ~楽しそうだね。」
「へへっ。まぁな。」
「何かいい事でもあったのか?」
「こいつを見ろよ。」
ポケットから薄っすらと黄色く輝く物が出される。
「それって!」
「おうよ!ランダムスキルの種が芽吹きそうなんだよ!」
自信満々に見せると、すぐにポケットに戻す。
「おめでとうミリンダ!」
「おめでとさん。」
「へへっ。やっぱアタイは大剣使いに選ばれてるんだよ。」
「くぅ~私も頑張るぞー!」
「頑張れ頑張れ!アタイは先に行ってるかんな。」
その言葉の通りミリンダはカイドウたちより先に走り終えた。
「諸君。今日が君たちの最終日だ。今日でランダムスキルの種が芽吹かない者は早々に武器を変えることを勧める。芽吹いた者はそのことに喜ぶな。ようやくスタートラインに立てただけだと思え。以上だ。」
いつも通りムーアは新兵たちが見える位置に立ち、静かに目を閉じる。
見方によっては新兵に期待していないように見えなくもないが、そう思っている新兵は一人もいない。
そうカイドウは思っている。
「今日こそ芽吹くよ!カイドウ!」
「ああ!」
本日も元気にカイドウたちは槍を撮り、藁人形に打ち込みを始めた。




