八匹の龍のお伽話です
「私は花少女のララと言います。」
ララは真っ赤な花に微笑を向ける。
「私と、お話ししてくれませんか?」
真っ赤な花は風に揺れるだけで、何も語らない。
風邪の音だけがその場を支配する。
「・・・なぁ?」
カイドウはクゥの頭を小突く。
「何アニキ?」
「花少女には花と会話できる能力でもあるのか?」
「う~ん・・・そうなのかも?」
「何だその答えは?クーでも知らないのか?」
「花少女は基本的に人間の家庭で飼われていることが多い種族なんだよ。野生の花少女なんて基本的に見かけることはほとんどないし、生態は知っていたとしても能力までは知らないよ。」
「ふ~ん。なかなか不思議な種族なんだな。」
「一説では人間のどこかのお姫様が大切に育てていた花が突然変異して花少女になったなんて話もあるぐらいだよ。」
「へ~。」
暢気に二人が会話していると、風がざわつき、花畑を囲むように吹き始める。
「な、なにこれ!?」
「私と、お話ししてくれるんですね?」
真っ赤な花は頷くように縦に揺れる。
「マジかよ!?」
その光景にカイドウとクゥは目を見開く。
「教えてください。ここら辺に人間が食べられるような果物、もしくは野菜なんかありませんか?」
真っ赤な花は知らないと言うように横に揺れる。
「そうですか。では、川、もしくは池のような水場は知りませんか?」
真っ赤な花は知っているよと伝えるように縦に揺れる。
「アニキさん!水場を知っているようです!」
「マジか!?んで?それはどこだ?」
「水場はどこですか?教えてください。」
ララが聞くと、風が止み、甘い匂いが辺りに充満し始める。
その甘い匂いにつられ、小さな丸い虫が飛んでくる。
丸い虫はララが会話していた花に止まり、蜜を吸い始める。
「・・・これはどういう意味だ?ララ。」
「おそらく、この虫さんについて行けばいいんだと思います。」
自信無く言うララの背中を押すように真っ赤な花は縦に揺れる。
「ほんとだ!」
やがて丸い虫はお腹がいっぱいになり、ゆっくりと飛び始める。
「よし!後を追うぞ!」
クゥとカイドウはすぐさま虫の後を追う。
「ありがとうございました。」
お礼を言ってからララも後を追った。
虫の知らせならぬ虫の導きに従い、歩くこと数十分。
だんだんと大きくなる水の音に、カイドウたちの期待が膨らんでいく。
「この音って!」
「ああ、間違いない!」
カイドウとクゥは互いの顔を見合わせて、笑う。
「見えてきました。」
小さく開いた場所には小さな池と、細くとも豪快な音を立てて、滝が流れている。
「おお!」
思わず、口から感嘆の言葉が漏れる。
「綺麗ですね。」
「滝だーーー!!」
クゥは喜びが治まらないまま池に近づく。
池の中を覗くと、陰に驚いた魚が逃げていく。
「魚だ!!」
「マジか!?」
カイドウも慌てて覗く。
その足音にさらに驚いて魚たちは散り散りに逃げていく。
「マジだ!」
「やったよアニキ!」
「ああ!ララに感謝だな!」
ララは静かに池の近くにしゃがみ込み、両手で水を掬う。
「・・・水質に問題はなさそうです。」
そう言って水をこくこくと飲み始める。
それを見たカイドウとクゥも慌てて水を飲み始める。
「ぷはっ!確かに美味い!」
「ほんとに美味しいね!」
「これならリリアナも納得するだろ。」
「問題は距離が遠いことだね。」
痛いところをつかれてカイドウは微妙な顔になる。
「・・・やっぱり遠い、よな?」
「うん。花畑でも距離があるのに、そこからさらに歩くからね。ここ。」
「だが、ここ以外に水のある場所なんてわからないんだからしばらくはここまで水を汲みに来るしかないな。」
「“しばらくは”ってことは何かアニキに考えがあるの?」
「う~ん考えというよりはギャンブルかな。」
「ギャンブル?」
「あの洞窟は一応地下に出来ているんだから、もう少し下に掘り進めれば地下水が出てくるんじゃないかと。」
「地下水!?水が出てくるの!?」
「クーの村には井戸は無かったのか?」
「あったけど、あそこは龍脈の真上に作ったから。あの洞窟でもできるなんて想像できなくて。」
「龍脈?何だそれは?」
「え?」
二人の間に静かな風が吹く。
片方は考えなしに穴を掘れば水が出ると考えていた浅はかさに、言葉が出てこない。
もう片方は龍脈の場所を知っていたから可能だと言っているんだろうと信じていたのに、まさかの知らないという事実に何と言えばいいのかわからない状態である。
「龍脈というのは、大昔に水龍が陸地を歩いた時の足跡だと言われています。」
状況を読めていないララは淡々と答える。
「水龍?足跡?」
「はい。」
ララの淡々とした説明を補足してもらうようにクゥに促す。
「えっとね、お伽話なんだけどね。この世界の始まりは八匹の龍しかいなかったんだって。」
この世界に人類と呼べる生命体はおらず、ましてや動物や魔物と言った生命体も存在しなかった時代。
世界には八匹の龍が命を持っていた。
火が吹き荒れる火山地帯を住処にしていた火龍。
大いなる母の海に身を置いていた水龍。
木々が生い茂る自然の中で休んでいた木龍。
草花が芽生えることのない不毛の大地を守っていた土龍。
風の中を自由気ままに動き回っていた風龍。
洞窟のような暗闇の中でしか生きられなかった闇龍。
雲の中を悠々と泳ぎ、時には地上に轟音と共に雷や雨などを降らせていた天龍。
七匹の龍の親であり、この世界に生命体を想像した神龍。
七匹の龍は一度しか会ったことのない神龍の教えを守り、自身の領分の中で生き続けようとした。
互いの龍は互いを干渉しあわず、神龍が支配したこの世界でひっそりと生きていたのだ。
・・・だが、この時代が長く続くことはなかった。
不満を募らせた闇龍は月の光さえも存在しない新月の夜に暗く寂しい洞窟から抜け出し、木龍を襲った。
戦い方を知らなかった木龍は恐怖のあまり、領域を忘れ、土龍に近づいた。
救いを求めたのだ。
しかし、土龍も戦い方を知らなかった。
木龍は動くことのない土竜を見限り、火龍に救いを懇願した。
感情の揺れが激しい火龍は激高にかられ、我を忘れて闇龍に挑んだ。
大地は割れ、木々は燃え尽き、二匹の龍の戦いはその世界の破滅をも呼び寄せようとした。
二匹の龍の戦いを黙って見ていられなかった天龍は、二匹の龍に戦いを挑み、この世界を守ろうとした。
だがそれも、無意味に終わる。
激高にかられた火龍と、憎しみに支配された闇龍を止めることは・・・できなかった。
傷つき、力尽きる天龍を見ていることしかできなかった風龍は最後の望みに賭けた。
どこにいるかも知らない神龍を探し続けたのだ。
滅びゆく大地の中、互いに戦いを止めない火龍と闇龍を止めることができるのは神龍だけと信じて。
風龍は探し続けたが、見つかることはなかった。
時は流れ、火龍と闇龍は共に、息絶えた。
滅んだ大地を眺めた土龍と木龍は後悔した。
他に方法はなかったのか?
争い以外で解決できたのではないのか?
疑問は嫌でも湧き上がってくる。
互いの領域などあってはならなかったのだと、今更になって学習したのだ。
・・・学習するのが遅かった。
火龍が息絶えたことで火山は荒れ、闇龍が息絶えたことで闇が濃くなり、天龍が息絶えたことで天候は怒り狂った。
もはや、この世界の地上に、住処はない。
愛する自然を失った木龍は衰弱し、息絶えた。
抵抗することを止めた土龍は静かに息を引き取った。
神龍が存在すると信じ続けた風龍は、見つけることができすにその生涯を終えた。
誰もいなくなった世界。
次第に破壊するものを見失った火山は眠り、闇は晴れ、天候は穏やかになった。
仄暗い水の底からゆっくりと姿を見せたのは・・・水龍だった。
何も出来ず、何もしてあげられなかった水龍は涙を流し、誰もいない地上を歩いた。
一歩、また一歩と踏みしめて・・・。
「その後、水龍がどこへ行ったのか、どうなってしまったのかはわからない。けれど、この反省を生かした神龍はやがて人類を、動物を、魔物を産んだ。こんな感じのお伽話だよアニキ。」
「なるほどな。」
(これって実話じゃないよな?仮に実話だとしたらあの女神の立場は何だっていう話だぞ?)
「その水龍が歩いた道が龍脈って呼ばれてるんだよ。龍脈は止まることのない水源なんだ~。」
「止まるのことのない?龍脈の上に出来た井戸から取れる水は無限なのか?」
「枯れたっていう話は聞いたことが無いよ?」
「マジかよ・・・。」
法則を無視した話にカイドウは頭を抱える。
「アニキさん。」
「何だララ?」
「あの洞窟は龍脈の上にあるのでしょうか?」
「知らないよ。僕はただ・・・その、本音を言うと掘れば水が出るという安直な考えしかないです。というか、クーの村の井戸はよく龍脈の上に出来たな。」
「えっとね、オラのいた村の井戸はね、エルフの協力を得て作ったんだ。」
「エルフの?また何で?」
「エルフはね、精霊妖精を使役してるんだ。その精霊妖精が龍脈の在り処などを探し出せるんだよ。」
「精霊妖精?それがいれば僕たちも龍脈の上に井戸を作ることができるのか?」
(ゆくゆくは水道を作りたいけど。)
「無理かな。精霊妖精はエルフにしか従わない。そもそもエルフ以外の者の前には決して姿を見せないんだ。オラたちの井戸を作った時もそうだったよ。エルフが場所を探し終わるまで村の外にいたらしいからね。」
「ということはだ。早い話、エルフに協力を求めるしかないんだな。」
「そういうことだね。他の方法としては掘り続けるぐらいかな?無謀だと思うけど。」
「そんなものは無謀以前の問題だ。」
カイドウの頭の中の将来設計に、“エルフの勧誘”が記載された。




