とある少年と出会い
結果として、魔法の訓練は散々だった。
ソレイユさんは木刀片手に純粋な筋力だけで訓練場のあちこちを駆け回り、僕が魔法や槍で攻撃するよりも早くその木刀で僕を殴りつけてきた。
しかも僕が魔法で仲間に引き入れた女の子の中に、花の部下だという治癒魔法が得意な子がいて、僕が倒れるたびに、
「イツキ様ならまだできます。頑張ってくださいね」
とぱっと見慈愛に満ちた笑顔とともに治癒魔法をかけてきたのだ。
そのおかげで僕はリタイアすることも許されず、ソレイユさんに滅多打ちにされるのだった。
「まったく、滅茶苦茶しやがって…!」
僕は女の子たちから学んだ治癒魔法で木刀で殴られた痣を治しながらため息を吐いた。
現在女の子たちには自分の仕事に戻ってもら
い、僕はひとりこの王宮の裏庭にいた。こんな傷だらけの情けない姿をいつまでも人に見せているのが嫌だったのだ。
敵の一人でしかない魔王に負けたのが悔しくて、力任せに足元の小石を蹴り上げた。小石はカラフルなレンガを組み合わせた美しい幾何学模様の地面をコロコロと転がっていった。
「だいたいなんで人間と魔王が仲が良いんだよ」
ここは魔王に攫われたお姫様を勇者が救い出すってのが王道だろ。それがなんで人間と魔王が仲良しで、勇者は昔の封印を掛け直すだけなんだ。
もちろんお姫様は花で、敵は忌々しい褐色の肌の男や赤い目の男、それに訓練とか言って暴力を振るうあの魔王だ。
助けた花が僕を見上げて笑うところを想像し、少しだけ口元を緩ませると。
「あれ、こんなとこに人がいるなんて珍しいね」
不意に鈴を転がすような声が耳に届いた。
「え?」
顔を上げて、声のした方に目を向ける。そして、そこに立っていた人物を見て僕は思わず息を止めた。
王宮の裏庭、シャボン玉みたいな花や青や黄色など怪しい実がなる僕の向かい側で。円らな銀の瞳のとんでもない美少女が僕を見つめて首を傾げていた。
彼女はなんの変哲も無い女官の制服をきっちりと着こなし、日のあたりようによっては淡い虹色にも見える黒髪をツインテールにしている。
どこにでもいそうな格好なのに、まるでここにいること自体が不思議に思えるほど神々しい美しさを纏っていた。
美少女と目が合う。彼女は僕の瞳を見つめてハッとしたように息を飲んだ。
「……フランツェ?」
「え?何?」
突然呟かれた単語に僕は目を瞬かせた。
が、彼女が単語の意味を答えることはなく。
「いやっ、なんでもないの!それより君、名前は?」
美少女はふわりと髪をなびかせて軽やかな足取りでこちらに駆け寄ってくる。彼女が興味深そうに僕の顔を覗き込む。
甘酸っぱい香りがふわりと鼻孔をくすぐり、つい一歩後ずさってしまった。
ドキリと心臓が跳ね上がる。
…おかしい、なんなんだ?
自分の心臓のあたりに手を当てて眉を顰める。
と、不意に強く腕を引かれた。
「わ⁈」
「ちょっと、無視しないでよね!あたし、ルチアっていうの。あなたは?」
美少女…ルチアの星を閉じ込めたかのような瞳が目の前でキラキラと煌めく。
「り…林道樹…」
答えると、ルチアはふにゃりと相好を崩した。
「そっかそっかぁ!今はイツキって言うのね!」
ルチアの“今は”という前置きに疑問を覚えた。が、それよりも気になったことがあって疑問はどこかに飛んで行った。
「いや、イツキじゃなくて樹なんだけれど…」
「んん?一緒じゃない?」
「イントネーションが違う」
異世界だからと気にならなかった呼び名が、ルチアに呼ばれると違和感でもやもやした。まるで知り合いから間違った名前で呼ばれているような、そんな感覚だ。
言い直させると、ルチアは難しそうな顔をして、
「イツキ」
と僕の名を呼んだ。だけれどやっぱりそのイントネーションはこちらの世界寄りだ。
「樹」
思わず自分の名前をもう一度口にした。
なんだか、この子にはちゃんと自分の名前を呼んでもらいたかったのだ。
「イツキ!」
「いやだから、樹だって」
「いーつーきーっ‼︎」
「…言えるじゃん」
「やった!免許皆伝だね!」
目の前でぴょんぴょん跳ねて喜ぶ美少女を観察しながら、僕は小首をかしげた。
どうして花じゃない女の子なのに、ちゃんと名前を呼んでもらいたいなんて思ったんだろう?
自分の心がわからなくて、胸に当てていた手をぎゅっと握りしめた。
「樹!これからよろしくね!」
ふわふわ笑うルチアに、僕は困惑しながらも頷いたのだった。




