とある少年の思考
この世界で奇跡を見た。
長い銀髪を風に遊ばせて凛と僕を見据えた少女。彼女の瞳に宿る強い光は失われることなく、浮かべる笑顔は彼女そのもの。
この世界で生まれ変わったという彼女に、僕はどうしようもなく惹かれたんだ。
「イツキ殿、そろそろ魔法の訓練の時間です。こちらにいらしてください」
短い白髪の中性的な容姿をした現在女性の宰相、プリュイさんが機械のように無感情に僕に声をかける。その後ろにはランスさんと言う錆色の瞳の青年がごっそり感情の抜け落ちた顔をして控えていた。
「わかりました。…みんな、行こうか」
「はぁい!」
「イツキ、魔法の練習頑張ろうね!」
僕が話しかければ魔法で人質にした花の友人のピナを始め、たくさんの女の子たちが可愛らしく笑って返事をしてくれる。
だというのに花が側にいた頃なら嬉しかった、まるでハーレムみたいな光景なのにどこか物足りなくて。僕は今日も作り物の笑顔で女の子たちに返事をした。
「今日はソレイユさんが魔法を教えてくれる日ですよね?」
プリュイさんとランスさんに案内してもらいながら、僕は人を…特に異性を操る魅了みたいな魔法を発動させる。標的は僕の斜め前を歩くプリュイさんだ。
プリュイさんはきっと、ピナと同じくらい花の大事な人だ。それにこの国の王様ととても仲が良い。だから早く僕の手元に置いて、花や花との結婚を許してくれない王様との交渉の材料にしたかった。
だから全力で魅了の魔法を使っているというのに、
「ええ、今日は魔法での戦闘法を教えるつもりだと仰ってましたね」
とプリュイさんは顔色ひとつ変えることなく答える。僕には目線のひとつも寄越さない。
そのくせ、
「ランス、顔色が悪いですよ。今日はもう休みなさい」
と後ろに控えている、勇者の僕より遥かに身分が低い人のことは気にするんだ。
「いえ、僕は大丈夫です」
「そう?辛かったらすぐ言うんだよ」
プリュイさんが自分よりもよほど背が高いランスの頭を背伸びして撫でる。その光景に胸がざわりとざわめいた。
…僕には必要最低限しか話しかけないくせに。なんだか、気に入らないなぁ。
気に入らないといえば、花といつも一緒にいるあの褐色の肌の男もだ。アイツは僕がこっちの世界に来た時から邪魔だった。
やっと花に会えたと喜ぶ僕を早々に彼女から引き離し、会おうとすれば邪魔をして。そして数日前、アイツは赤い目をしたヒョロヒョロの男と結託して花をどこかへ連れ去ったのだ。
「…早く花を助けに行かなくちゃ」
この前は照れていたのか僕のことを拒絶していたけれど、あの男たちに連れ去られて怖い思いをしているに決まっている。それで、きっと僕に助けを求めてるんだ。
花をあの忌々しい男たちから助け出すためには、力がいる。あの褐色の男も剣を持ってると厄介だし、赤い目の男は更に手強い。
だから、今だけ。僕と花を引き離そうとするこいつらを利用してあげるよ。
「おー、やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
紫紺の髪の大男、ソレイユさんが軽く片手を挙げる。その手には棍棒のような木刀が握られていた。
「遅れてすみません。…その木刀は?」
「ん?プリュイに聞いてないか?今日は実戦に近い形で魔法を使う練習をするつもりなんだが」
ソレイユさんはまぁ、どっちでも良いか!と豪快に笑う。…まったくもって良くない。勇者の僕が怪我したらどうするのさ。
それに片手間に当たれば一発で骨が砕けそうな勢いで木刀を振り回すのはやめてほしい。ほら、みんな顔を引きつらせて彼を見て…いなかった。
女の子たちは僕の魔法で意識をほとんど刈り取った人形のような状態だからか、ぼんやりとここではないどこか遠くを見ている。
プリュイさんは呆れ顔で、
「私はもう行きますね。勇者殿をよろしくお願いします」
と踵を返しているし。
ランスさんはその場に残り、いつの間にかピナのそばに立っていた。その彼が目で追う相手はピナだ。馬鹿みたいに大きい木刀を振り回しているおっさんじゃない。
その辺を歩いているおっさんたちはまたかという顔をして素通りしていくし…。
この光景が日常だというのか。さすが異世界、日常の風景が現実離れしすぎている。
こんな常識の範囲に収まらない奴らばかりの場所に一人っきりで放り出されて、花はさぞかし辛かっただろう。
僕がもっと早く助けに来てあげていれば…。
そう思うと元の世界で腐っていた期間に後悔が募る。
「…あの、僕剣なんて持っていませんけど」
「それならこれを使うといいよ」
だからソレイユさんの相手はできないな。
そういう意味で言ったのに一歩後ろに下がった瞬間、無理矢理出したような明るい声がした。
「はい、どうぞ!」
振り返ると、形だけは笑っているピナの冷たい瞳と出会った。
その目の冷たさに背筋が震えた。ピナの目はまるで天敵に向けるような、一切温かさや優しさを感じられないものだったから。
…これは魔法を解いたら大変なことになるな。後で魔法を強化しておこう。
そう決意して彼女が差し出す物を見ると、それは彼女の身長ほどはありそうな槍だった。
「ピナ様、それはいつも使っている槍でしょう。いいんですか?」
「いいの!槍より弓矢使うし!…イツキ、ちょっと軽いかもしれないけれど使ってみて!」
ランスさんを睨みつけ、ピナは僕の手に槍を押し付けた。そしてピナが手を離した途端。
「うわっ⁈」
重っ!何これ⁈
手にずっしりとくる木の冷たい感触と、ギラリと光る槍の鋭さに思わず顔を引きつらせる。
これを振り回すの?無理だろ。
じっと槍を見つめていると、
「ちょっと軽すぎるんじゃないか?おれのを貸してやろう!」
とソレイユさんが棍棒を取り出す。その先には申し訳程度に銛が取り付けられていた。
「いや、いいです。ピナのを使います」
「ああ?」
ソレイユさんの申し出を断り、ピナの槍を握り直すとソレイユさんは眉をひそめた。が、チラリとピナの方を見てため息を零し、
「じゃあ始めるぞ」
と踵を返して訓練場の真ん中へ歩いて行った。ついて行くように僕も歩みを進めると、
「イツキ、頑張れ!」
というピナの声が追いかけてきた。が、振り返ってもそこにあるのは作り物の笑顔だけ。
それが無性に虚しかった。
「イツキ様ならきっと倒せます!」
「頑張ってくださいっ!」
「…死にはしないよ、たぶん」
次々と一見笑っているように見えて、実は笑ってなんかいない彼女たちの応援に混ざった低い声が耳にこびりつく。
声の主は、無表情でピナの斜め後ろに控える男だ。
あの男も大概僕に手厳しい。まあ彼は大事な女の子を人質にされてるんだから、当たり前なのかもしれないけれど。
それでも腹が立つことに変わりはない。勇者の僕より身分も能力も低いくせに。
舌打ちをして、再びソレイユさんの後ろについていく。
それにしても、これだけ周りに人がいると何かと理由をつけて逃げることもできないよね。
痛いことはしたくないんだけどなぁ。
そう思いながら、僕は渋々槍を握りそれっぽく構えたのだった。




