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花は微笑まない  作者: 青空
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とある剣士と魔導師の帰還


辿り着いたテナーの町は、カラがしっかり伝令の役目を果たしてくれていたらしく閑散としていた。

「医者はいるか⁈」

フィオを背負った俺はテナーの町の門をくぐるや否や、町中に響き渡るような声で叫ぶ。何度も呼びかけながら町を走るうちに、俺の声が聞こえたのか近くのいくつかの建物の扉がガタガタと鳴った。

と、その時。

「お母ちゃん⁈」

ふと遠くから声が聞こえてきた。と同時に日の光を弾いて白銀に輝く毛皮をまとった子狼が駆けてくる。

その元気そうな姿を見て、少しだけ肩から力が抜けた。

「カラ、無事でよかった!医者はいねぇか⁈」

背中のフィオを振り落とさないように駆け寄り尋ねる。走る足元はフィオの体から流れる血で滑り、赤い筋を作り出していた。

先ほどから鉄に似た生臭さを伴う血の匂いが濃く漂い、眉間に皺を寄せる。

早く医者に見せなけりゃ、コイツがもたねぇ!

早く、と急かすとカラは青ざめながら首を振った。

「お医者さんじゃ間に合わないよ!」

カラは俺の背中に倒れこむフィオに駆け寄り、人型に戻るとどこからともなく蔦の装飾が施された短剣を取り出した。

「お医者さんより僕の方が早いよ!…高潔なる水の精霊よ、傷を癒せっ!」

と叫んだ。

紺碧の光が漏れ出し、フィオの身体を包み込む。そのひんやりとした魔力は確かにフィオのものによく似ていた。

カラの額からポタリと汗が流れる。

「お父ちゃん、傷を少しだけ治したよ!病院に行こう!」

カラが俺の方を見て首の毛を引っ張る。

「ああ!病院の場所わかるか?」

「うん!あっち!」

カラが南を指差す。

「わかった!乗れ!」

俺はカラの襟元を咥えてフィオの後ろにカラを放り投げた。

「うわぁ⁈」

カラは驚いたように声を上げたが、空中で体勢を立て直して俺の背中にまたがった。その獣人らしい身の軽やかさに笑みがこぼれる。

「行くぞ!案内を頼む!」

一声かけて残り少ない魔力で二人を包み込むと、俺は南に向けて飛び出したのだった。


病院の一室、真っ白なベッドに寝かされたフィオの、毎日洗いざらしのくせに無駄にサラサラした髪を指で梳く。フィオが起きているときはできないけれど、コイツの髪を弄るのが狼の姿で撫でられている時と同じくらい好きだった。

無事病院にたどり着いた俺たちは、ばあちゃんの知り合いだという医者のじいさんにフィオを預けた。

この世界には薬や医療の技術によって傷病を治療する医者と、治癒魔法を駆使して患者を癒す医者がいる。

前者は独自の専門知識を持つ者が多く、治癒魔法でも治せない難病でも時間をかけて治す猛者たちだ。需要は少ないけれどその知識は貴重だとかなんとかで、どこの王宮にもお抱えの医者兼研究者のチームがいる。

後者は医者の魔力の程度にもよるが、大体は一気に多くの患者の傷を癒すため軽い怪我や病気の治療を扱うことが多い。こっちは町医者なんかに多くて、その地域に密着した医療を展開している。

どうやらじいさんは治癒魔法を扱うタイプの医者らしく、魔法を重ね掛けしてフィオを治療してくれた。じいさんだけではなくカラも治癒魔法が使えるらしく、

「僕、お母ちゃんよりも治癒魔法は得意なんだよ!」

と言って、じいさんにアドバイスを貰いながらフィオの治療を手伝っていた。

そのおかげでフィオまだ目は覚めないものの、一週間もすれば激しい運動も可能とのことだった。

…まあ、コイツなら目が覚め次第出発するとか言い出しそうだけどな。

魔獣が町を襲うことがわかっていたからあの大群を相手にして殲滅したが、本来なら先を急ぐ旅だ。あの偽勇者(仮)に操られているピナや部下たちのためにも、ここでグズグズしているわけにはいかない。

コイツならいつもみたいに杖に乗って飛ぶなり俺が背中に乗っけるなりすればいける。そう思う自分と、安静を言い渡されたコイツはじいさんとカラに任せて、俺とルーナだけで向かったほうが良いんじゃねぇかと思う自分がいた。

が、しかし。すやすやと眠るフィオの顔を見つめて、

「でも、置いてったらそれはそれで危ねえよなァ…」

と頭を掻いた。

残念ながらフィオは置いていかれてジッとしていられるほど可愛い女じゃない。きっと杖の後ろにカラを乗っけて、全速力で俺たちを追いかけてくるだろう。

それにこの旅は、フィオをあのイツキから逃がすという意味合いも含まれている。そのために俺たちがいるのに、フィオから離れたら元も子もない。

つまり、先は急ぐけれど置いていくという手段はないのだ。

「…ホント面倒くさい奴だよな」

そして、そんなお前を見捨てられない俺も大概だ。

肩をすくめて手慰みにフィオの髪で三つ編みしていると、

「ただいまー」

と不意にルーナの軽い声が聞こえた。

「おかえり!」

それに対してカラの明るい声が応える。

「おー、カラ。伝令ご苦労さん。頑張ったじゃん」

開け放たれた扉の向こうで、ルーナがカラの頭を撫でているのが見える。

「うん!」

カラも嬉しそうに頷き、おとなしく頭を撫でられていた。その嬉しそうに細められた目がフィオによく似ていた。

カラがあれだけ知らない子どもに構うのも珍しい。やっぱりフィオの子どもだから、だよなぁ…。

フィオの小さい頃によく似ているカラは可愛い。それに魔獣の大群を見ても怖気付くことなく町まで伝令を届けられるだけの度胸と賢さもある。

それに自分の持てる技を磨くことを怠らない子だということも、知り合って数日だけれど気づいていた。

だからフィオの子どもだということを抜きにしても、俺もカラのことはかなり気に入っている。が、それでもカラを見ていると少し複雑な気持ちになる。

アイツの父親は誰だ?

今は俺のことをお父ちゃんと呼ぶけれど、カラは父親が二人いると言っていた。フィオ曰く、それは未来が定まっていないからなのだそうだ。

狼になれるということは、一人目の父親は獣人なのだろう。しかも国を一緒に守ってくれる男となると、数は絞られてくる。できれば、その…父親が俺だったら……なんて想像して、恥ずかしくて頭を振って妄想を打ち払った。

が、二人目のフィオを部屋に閉じ込める父親というのが気がかりでならなかった。そんなことをする男は、俺が知っている限り一人しかいない。

イツキだ。

「…あの男だけには渡さねぇ」

編んだ三つ編みを一気に解く。すると絡まった髪が指に引っかかった。

「…っつ!」

ビクリとフィオが体を震わせて、瞼の奥からその青い瞳を覗かせた。そして俺の方を見て目を細めた。

「何すんのよ、バカ!」

「うわっ⁈」

拳大の氷が飛んできて、避けようとした瞬間俺は椅子から転げ落ちた。

「何すんだよ、バカ女!」

立ち上がり文句を叫ぶと、フィオはむくりとベッドから起き上がって青い瞳に強い光を宿らせた。

そのいつも通りの反応に腹は立つけれど、同じくらい安心する。

青白い顔で寝ているよりもこうやっている方がコイツらしい。

「何よ、バカはアンタよ剣術オタク!」

「オタクじゃねぇえ!」

叫ぶと、

「うるさいよ。ここ病院、静かにしましょーねー」

という間延びした声が飛んできた。

「ふぉっふぉ、元気になったようで何よりじゃ」

「お母ちゃん、おはよ!」

じいさんが笑い、カラが表情を輝かせて飛んでくる。カラに気づいたフィオが俺から視線を外して、

「おはよう、カラ」

と柔らかい笑みを見せた。俺には絶対に見せない笑顔だ。

無視されたことにイラつくけれど、それよりもその笑顔に目を奪われて…。

「やだー、見惚れちゃって!」

耳元で囁かれた言葉に顔が熱くなり、思わず声の主、ルーナの鳩尾に拳を埋め込むまで後数秒。


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