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花は微笑まない  作者: 青空
24/30

魔人


静まり返った氷の世界で。ふと魔力が動く気配がした。

そちらに顔を向けると、

「どうした?」

とレオンが顔を上げる。

その時。

「危ない!」

ルーナの少し掠れた高い声が駆け抜けていった。光が満ちる。

ルーナの背中が光の中で影となる。

冷たい氷の世界が焼かれ、赤に染まる。

「なんだっ⁈」

レオンが飛び跳ねるようにして立ち上がり剣を構える。わたしも重たい体を起こして辺りを睨みつけた。

「グ…ギ、ガ……」

喉が詰まったような、嗄れた声が焼け付くような空気を震わせる。

「この声は…」

レオンが顔を引きつらせる。

「なに…?」

いつも表情を取り繕うことのないレオンの、感情が素直に現れるからこそわかる戸惑いと混乱の表情に胸がざわめいた。

炎が世界を焼き、肉が焼けるむっとした匂いが辺りに立ち込める。その赤い光の中から、ひとりの小さな人影が現れる。

その姿は、人間なのに操り人形のように動きがぎこちなくどこか不気味で。炎を纏って歩く姿は異様で、生きている人間の魔力が感じられない。

背中に冷たい汗が伝う。

「…っ!まさか魔人⁈」

ルーナが苦しげに呻く。

魔人。死んだ人間に魔女王の魔力が入り込み、生きとし生けるものすべてに害を与え、生きた魂を食べることでその姿を維持するという最悪の魔獣だ。

「魔人…⁈」

レオンが顔をこわばらせる。が、動揺も一瞬で過ぎ去りすぐに研ぎすまされたナイフのような闘気を放つ。

「ならなおさら町には行かせられねぇなぁ!」

「そうね。ここで食い止めましょう」

杖を支えに立ち上がり、震わせて役目を放棄しようとする足で踏ん張る。

魔力が尽きかけてる…。大魔法を一発撃てるかさえ怪しいわね。

魔法を暴走させるんじゃなかったわ。

杖を強く握り、魔人を睨みつける。

まるで火のドレスをまとっているかのような魔人の顔が炎に照らし出された。その顔は、あちこちが焼け焦げているけれどよく知っている顔で…。

「アシミ…さん」

なんで。

頭が真っ白になる。考えていた魔力配分も、戦略も、全部全部遥か彼方へ飛んで行った。

なんで、彼女なの…?

「やっぱりばあちゃんか」

レオンが威嚇するように低く唸る。

レオンはわかっていたの?いつから気づいていた?

杖を握る手が震える。

アシミさんは私たちを育ててくれた恩人で、本物のおばあちゃんみたいな存在で。昨日だって笑顔でいってらっしゃいって言ってくれてたのに。

「フィオ、下がってて」

ルーナが私の腰に鼻面を押し付ける。その彼にとっては軽い力が今は辛くて、思わずよろめいてしまった。

「…グガ…グゥウ!」

アシミさんが壊れたゼンマイ人形のような声をあげてケタケタと笑った。

いつも厳しく引き結ばれていた口元はだらしなく開き、赤黒い液体を垂れ流している。

時には私たちの頭を撫で、時にはゲンコツを降らせた手は人にあらざるものに変化していた。

落ち窪んだ目には、彼女が生きている間は絶対に見ることはなかった虚ろな闇のみが居座っている。

優しくて厳しい、アシミさんは死んだ。

その事実が胸を突いた。熱い塊が胸の奥から喉までせり上がってくる。

「…う……」

漏れ出たのは情けない泣き声だった。

頬に生温かいものが伝う。

「行くぞ!」

「了解!レオン、魔人に直接触れないようにね!」

レオンとルーナが駆け出す。その後ろ姿がいつになく大きく見えた。

目を閉じる。大きく深呼吸して目を開ける。

目の前では鋭い眼差しでこの国に…世界に仇為す敵と戦う仲間がいる。

なのに私は何をやってるの?感情に振り回されて、周りに迷惑かけて。

しっかりなさい。私はアンダンティカの筆頭魔導師なのよ!

「水よ!」

呼びかけに応じて、炎に焼かれ天に昇っていく水が震えた。冷気が辺りを支配する。ガラスがぶつかり合うような高く澄んだ音が鳴り響き、炎が揺らめいた。

ルーナとレオンがこちらを一瞥する。頷いてみせると、彼らは小さく笑った。

どうやら迷惑だけではなく、心配までかけてしまっていたみたいね。この借りはすぐ返すわ。

腕を振り上げる。それに合わせて冷気が一所に集まり、その場で雲を作る。真下にいるのはアシミさんだった魔人だ。

私が何の魔法を使おうとしているのか悟った

腕を振り下ろす。細かい氷の矢が雨霰と降り注ぐ。その間を縫って走り抜けるふたりが、その鋭利な剣と牙で魔人を切り刻んでいく。

…が。

「…っ!ルーナ‼︎」

不意に視界の端を通り抜けた黒。身体は勝手に動き出し、ルーナの前に躍り出ていた。

ルーナがこちらを振り返るのがやけにゆっくりと見えた。

「…ッ!」

息が詰まる。背中に赤く焼けた鉄を押し付けられたかのような痛みに涙が滲んだ。

「フィオーレ!」

久しぶりにルーナの慌てた声を聞いた。

「大丈夫、よ」

涙で滲む目を擦り、無理矢理にでも笑って見せればルーナは目を見開いた。そして嬉しそうに、だけれど少し寂しそうに、

「そうだった、君はもうオイラが守ってあげなくちゃならない子どもじゃなかったね」

と呟く。

その言葉は私を一人前と認めるもので。じんわりと温かいものが胸に広がった。

と、不意に、

「おい、ルーナ!喋ってねぇで手伝え!」

という声が聞こえた。ハッとそちらを見ると、私の背中を割いた黒いもの…先ほどまでと戦っていた龍よりも一際大きな龍がアシミさんだった魔人を守るように鎌首をもたげていた。

レオンがその口から漏れ出る黒紫色の炎を避け、軽やかに飛び回りながらこっちを睨みつけていた。

「フィオもぼさっとしてんじゃねぇ!」

「わかってるわよ!」

レオンに叫び返し、一度状況を確認する。

目の前には血の涙を流す恩人の皮を被った魔人とそれを守るようにそそり立つ龍の化け物。後ろにはカラのいる街がある。

レオンもルーナも、細かい傷と龍の毒のせいでボロボロ。そう長くは戦えない。

でも、退くという選択肢はないわ。

グラリと目の前が歪む。

出血がひどい。魔力の残りも少ない。

このままだと保ってあと数分かしら。

炎に囲まれたこの場では、どうしても私の魔法は弱くなる。それに今の魔力では空気に含まれる水分を集めるだけで精一杯だ。でも、今は…。

モノクロの世界に自分の流した赤だけが鮮明に見える。

血だって、液体なのだから使えないこともないはずだ。

散らばった液体を集め、急激に冷やしていく。

レオンが私がしようとしていることに気がついたのだろう。

「おい、バカ女!…クソッ!」

と悪態をついて走ってくるのが見えた。

グギャァァアッ!と赤黒い涙を流して、アシミさんだったそれが刃へと変容した腕を振り上げる。

その刃の向かう先は、牙をむき出しにして飛びかかるルーナだ。

「アシミさん」

ポロリと涙がこぼれた。涙は驚くほど熱かった。

赤が液体から固体へと変わる。鋭利な赤い矢が一本できあがる。

「…ごめんなさい」

矢は風を引き裂いて飛んで行く。矢が恩人の胸元に刺さった。

断末魔の悲鳴が上がる。

胸を抉るようなその悲鳴を聞いていることができなくて、耳を塞いで蹲った。

私の隣をレオンが駆け抜けていく。ギラリと光る黒い刃が彼女の首に埋まった。

悲鳴が途切れる。

涙が、止まった。

レオンが剣を振り切る。そのままどす黒く変色した血を払うように一度大きく振られた。

首が地面に落ちる。

その瞬間、アシミさんの姿はまるで綿毛にでもなったみたいに柔らかい光を伴って崩れた。

「アシミ、さん…」

唇から嗄れた声が漏れた。

光はゆっくりと空に昇っていき、やがて見えなくなった。

ポロリ、と最後の涙が溢れる。

レオンがいやにゆっくりとこちらに振り返った。その顔は涙に濡れていて…。

「このバカ女!血を使う奴がいるか!」

レオンは一瞬にして怒った顔をつくり、剣を収めるとこっちに走ってきた。その間に姿が人から狼へと変わる。

「ほら、帰るぞ」

「え…」

グイッと襟首を咥えられた。クルリと視線が反転して、気づいたらお腹の下に黒いもふもふがあった。

…これはレオンの背中?

「しっかり掴まって…いや、寝てろよ!ルーナ、あとは頼んだ!」

レオンの声が下から伝わって聞こえてくる。お腹の下で足の付け根の筋肉が力強く蠢いた。

「はいよっと。まったく、オイラのキョーダイは…」

ルーナの返事が辛うじて聞き取れたけれど、風の音にかき消されてすぐに聞こえなくなった。

グンと冷たい風が顔に直撃する。思わず目を閉じて、

「わっ…!」

と叫んだ。その瞬間、風が消えた。

だというのに下から伝わってくる振動は続いている。

怪訝に思って目を開くと、目の前が優しい黒の光に覆われていた。

…これはレオンの魔力?いつの間にこんなことができるようになったの…?

「ねぇ、レオン…」

グワングワン回る視界をこめかみを揉みほぐしながら誤魔化して尋ねると、

「うるせぇ、寝てろ。バカ女」

と返ってきた。

「バカとは何よ、脳筋…」

「バカだろ。寝ろ」

レオンの声が心地よく聞こえた。毛皮の陽だまりの匂いと少し硬い毛皮の手触りに包み込まれて、身体中の空気が全てなくなるんじゃないかと思うほど長い息を吐いた。

安心する…。

瞼が重い。

…ちょっとだけなら、いいわよね?

ほんのちょっとだけ、と言い訳してわたしは目を閉じた。


良い子の皆さんは環境破壊はしないでくださいね笑

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