乱闘
蛇の大群はすでにテナー目前にまで迫っていた。
「はい、ストーップ!」
ルーナがひょいと蛇の大群の前に降り立ち、親しい友人に向けるみたいな笑顔を見せた。
腕を伸ばし、軽く振る。たったそれだけの動作で。
数体の黒い巨蛇は真っ二つに裂け、その場に崩れ落ちた。
「いつ見てもすげえな」
レオンが低く呟き、私の杖から飛び降りる。落ちる先は黒くうねる蛇のど真ん中。
一閃。剣のきらめきが走ったと思った時には、そこに穴が空いたかのように蛇が倒れ伏していた。
圧倒的な戦力で蛇の魔物を屠っていく彼らを見て、私は思わず苦笑した。
「これなら早く終わりそうね」
ひとりごちて、私自身も杖から降りた。そのまま空中に漂い、後ろから死んだ仲間の身体を踏みつけて駆ける蛇たちを見据える。
「凍りなさい」
たった一言。それだけで得意の魔法は発動し、蛇の身体を氷像に変えた。
後ろから走ってくる蛇が凍った蛇を薙ぎ倒し、踏み潰していく。その怒涛の勢いのおかげで氷像を壊す必要はなかった。
…けど、ここから見ていても酷い光景ね。やっぱりカラを帰しておいて良かったわ。
遠くでは赤い氷塊が舞い、耳をつんざくような断末魔の悲鳴と鱗が砕ける音が響き渡る。
まるで決められた作業のように黙々と蛇を凍らせていて気づいた。
「…あれ、この蛇たち脚がある?」
そう、蛇には短い脚が四本生えていてその脚を動かして走っていたのだ。
まるでできそこないの、子どもが書いたサラマンダーのような黒い蛇。その姿に少し引っかかりを覚える。
「…妙な姿ね」
呟き、氷の矢を作り出して放つ。その刹那。
身をくねらせた蛇の、その側頭部に書かれた歪な剣と杖マークを見た瞬間、私はピシリと固まった。
「…なんで」
あのただのバッテンのようにも見える、剣と杖が交差したマークには見覚えがあった。
昔、レオンと私がごっこ遊びで書いていた小さな王国の紋章。アンダンティカ建国の英雄に憧れて作ったその紋章は、絵本に書かれたものを自分たちでアレンジしたものだった。
そのマークがなぜ今、あの蛇の側頭部に描かれているの?
遠くの蛇を凍らせながらその動きを観察していて、ふと気づく。
あの蛇も、昔絵本で見た龍という生き物に似ているわ…。そういえばレオンと守り神だとか言って、小さな私たちの王国の設計図の側に落書きのように書いていたかもしれない。
そして、その守り神の背中には…。
「フィオ!」
不意に声が耳を刺した。
赤に染まった黒い人物が剣を振る。その先には私に向かって大きく口を開いた蛇…否、龍がいた。
「ぼうっとしてんじゃねえ!」
「わ、わかってるわよ!」
答えながら、再び杖を構える。
ふとレオンのいる場所に視線を落とすと、彼は地上で次々と龍を斃していた。
獣のしなやかな筋肉を利用し、磨き上げた剣術で敵を切り裂いていくその様は、まるで舞踏のようだ。
その向こうでは完全に獣化したルーナが、黒光りする鱗を煌めかせて鋭い爪で龍の腹を割いていた。
赤い瞳が怪しげにギラリと光り、口元からは赤い液体が零れ落ちている。
そうね、今は考え事をしている場合ではないわ。
今まで考え事をしていた分を取り返すように、溢れるように出てくる龍に空から城ほどはある氷塊を落としてみる。
氷の塊は地鳴りと共に龍の上に落ちて、彼らをすり潰す。金属をすり合わせたような断続的な悲鳴が耳を貫き、漂う土埃が喉を焼く。
目が開けていられないほど痛む。無理やり目を開いて見えた世界は灰色で、思わず舌打ちする。
顔を拭うと、袖に赤いシミがついた。その赤に眉を顰める。
まずいわ。この龍、毒を出している!
慌てて自身や仲間たちに治癒の魔法を送ったものの、改善は難しい。せめてもと障壁を張るが効果は薄かった。
こんな厄介な魔物だったなんて。
舌打ちし、地面に降り立つ。空に滞在する魔力がもったいなかった。
「フィオ!」
「レオン、前衛頼むわよ!」
低く喉を鳴らすレオンに叫び、空気中に散らばっている水を集め凍らせる。幾千幾万の氷の矢が走り、龍を貫く。矢を足場としてレオンが縦横無尽に駆け回り、龍の頭を切り落としていった。
近くで龍が唸る。
金属をすり合わせたような悲鳴が近く、鋭く刺さる。そのあまりにも悲痛な叫びに目眩がした。
とにかく多く倒さなきゃ!
そう思うのに、龍の側頭部に描かれたあのマークを見るとどうしても手が鈍り。
「…っ!」
不意に肩に鋭い痛みが走った。
体に電流が駆け抜ける。血が逆流するかのような熱さと痛みに、声さえ上げられなかった。
「フィオ!」
遠くでレオンのものか、ルーナのものか、悲鳴が聞こえた。
その悲鳴が残った理性を動かす。
「凍、りなさいッ!」
叫んだ瞬間、目の前が白い霧に包まれる。
全てが動きを止め、白に染まる。冷たさが世界を包む。
何日も徹夜したかのような疲労感と頭痛が体を襲い、私はその場に崩れるようにして倒れこんだ。
寒い。魔法が暴走したんだわ…。
地面が近づいてくる。頬に地面が触れると、慣れ親しんだ冷たさが肌を刺した。
「フィオ、大丈夫?」
柔らかい昔馴染みの声が温かい。
目を開けると、黒い鱗に覆われ、後頭部から背中にかけて黒々とした鬣を生やした猫がいた。獣化したルーナだ。
「大丈夫よ」
苦い笑いを浮かべると、
「無理しすぎだろ、バカ女」
と不満げな幼なじみの声が聞こえた。腕に温かい毛が触れる。
確かに、少しやりすきたかもしれない。
「バカは余計よ、脳筋ジジイ」
おなじみの返しをしながら、とりあえず周りに私たち以外動く気配がないことにほっと目を閉じたのだった。




