決意
「なっ…んだとぉ?」
レオンが素っ頓狂な声をあげてカラと私を交互に見つめる。その顔色は心なしか青い。
「フィオ、君が妊娠していたって話はこのオイラでも聞いてないんだけどなぁ」
「ええ、妊娠はしてないもの」
頷くとレオンに怪訝そうな顔をされた。
「どういうことだ?」
「カラが未来の私の子どもってことよ」
自分で言うと、その事実がストンと胸に落ちてきた。
…本当、なんでこの時代に来ちゃったのかしら。これから魔女王の力が漏れ出て魔物が増えるっていうのに。
「フィオ姉ちゃがお母ちゃん?」
「ええ。未来の私はこんな感じじゃなかった?」
尋ねるとカラはこてんと首を傾げて、それからややあって頷いた。
「そうだった気がする…。だけどね、お母ちゃんお父ちゃんとよく喧嘩するのに、一緒に悪い人たちと戦ってるのに、ひとつのお部屋から出られないの。お母ちゃんね、楽しそうに笑ってるのに、笑わないの」
「…え?」
レオンの顔が強張る。
謎かけみたいな話だ。まるでお母さんが二人いるみたいに聞こえるわね。
「どういうことだい?」
ルーナが尋ねると、カラは困ったように眉をハの字にして、
「よくわかんない…」
と首を振った。
「未来のお前は…」
レオンの瞳に悲しみと怒りが混じり合った火が灯る。が、その続きを口にすることはなく。
「いや、なんでもねぇ。それより、未来のお前が母ちゃんならこの時代で母ちゃん探すことはできねえよな」
「そうだね。カラ、君はどうしたい?未来に帰りたいならフィオが帰してくれるよ」
ルーナの言葉に頷く。
時間の行き来は一日分の魔法を使う大変な魔法だけれど使えないわけじゃない。子どもひとりなら簡単に送っていけるわ。
できればこの危ない時代にいるよりも、安全なはずの未来に帰ってほしい。
けど、その願いは。
「…ううん、僕はここにいる。お父ちゃんと約束したんだ」
カラのその言葉で打ち砕かれた。
「父ちゃんとの約束?」
ルーナが怪訝そうに聞き返す。
確かに、危険な過去に残らなければならないほどのお父さんとの約束というのがなんなのか、気にならないこともないわね。
カラ…最愛の子と名付けるような親がなんの理由もなくこんな不安定な時代に子どもを送り出すはずがないもの。
カラの答えを私たちは息を飲んで待っていたのだけれど。
「ナイショ。おとことおとこの約束だから」
カラはそう言って教えてはくれなかった。
「…そうか、まあ父ちゃんとの約束ならしょうがねえな。なら俺たちについてくるか?」
レオンがガシガシと首の後ろを掻き混ぜながら聞く。その表情はどことなく複雑そうで、自分の問いかけを期待しているようにも拒否しているようにも見えた。
「うん!フィオ姉ちゃがお母ちゃんなら、お母ちゃんのそばにいる!」
カラがコクリと頷く。その一部始終を見届けて、ルーナは長く大きなため息をついた。
「まったく、ホントは子どもが付いてくるなんて面倒なだけなんだけどね」
ぼやきながらカラの青い瞳を見つめる。
確かにこうやって見つめると、目の色は私そっくりよね…。やっぱりこの子は私の未来の子なのか。
ということは、私は恋愛に対しての嫌悪感を克服したのかしら。それともこの子のお父さんだけは特別なのかもしれないわね。
前世の記憶の、あの理不尽で負った膿んだ傷のような哀しさと苦しさ、痛みを伴う記憶を思いながら少しだけ未来の自分が自分の家族を持つ姿を想像した。
愛する我が子に魔法を教えられて、結婚の相手は一緒に国を守ってくれる人で…。
そう考えると、未来の私はとても幸せな気がした。
そこにピナやランス、王様たちはいるかしら?…いや、そんな未来を掴みとならければならないのよね。
「この子が私の子なら、それなりに魔法の手ほどきを習っているはずだわ。それに剣もお父さんから習ってるのよね?」
「うん!僕、お父ちゃんの次に強いんだよ!」
カラが元気よく返事して胸を張る。
剣も魔法も、なんてすごく頑張っていたのね。でも、それが今は頼もしく思えた。
「なら自分の身は自分で守れるよな!ルーナ、コイツ足手まといにはならねぇと思うぜ」
レオンがバンッとカラの背中を叩く。私もその隣で頷いた。
「まあ、そうだね。この子にやる気も実力もあるんなら、オイラが止めるのは野暮ってものかもしれないね」
ルーナの素直じゃない言葉に私たちは笑みをにじませた。
素直じゃない昔馴染みは、どうやら私たちのわがままを聞いてくれるらしい。めんどくさがりのルーナにしては破格の扱いよね。
首を傾げているカラに、
「頑張れるのなら、一緒に行きましょう」
と手を差し出す。
「うん!」
カラは小さな手でしっかりと私の手を握り、大きく頷いた。
「よっしゃ、じゃあ行こうぜ!」
レオンが意気揚々と歩き出す。が、レオンが歩き出したのは宿が並んでいる場所ではなく住宅街で。
「どこに行くつもり?」
尋ねるとレオンはピシリと固まり、
「ちょっと間違っただけじゃねぇか!」
と方向転換して戻ってくる。
その様子を見て私たちは顔を見合わせて笑い、レオンが笑うんじゃねぇ!と騒ぎ出す。
そうして賑やかに宿探しを始めるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜。
ひとつのベッドに潜り込み、スヤスヤと眠るフィオとカラの傍でふたりの男が話していた。
「…なぁ、昼間のアレ。魔法だろ?」
闇に沈む部屋に低く響くのは、アンダンティカ最強の剣士と呼ばれるレオンの声だ。
「その可能性が高そうだ。隠す気すらない、けど止めるには少々厄介な代物だよ」
チッと舌打ちをして琥珀色の酒を流し込むのは、赤い瞳の魔族ルーナだ。
「なら、対抗するならやっぱり魔法か?」
「うん。はっきり言って、アレに対抗して打ち消せるのはフィオくらいの魔法使いだけだろうね。魔法使い相手にオイラたちじゃ、分が悪すぎる」
「アイツでも打ち消すのがやっとか…」
レオンが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「恐らく魔女王の復活と関係してるからね」
「…人を操る魔法か」
表情を翳らせ、レオンは久しぶりに味のしない酒をチビチビと飲む。
彼の脳裏にその魔法と似た魔法を操る男が浮かぶ。続いて奴がフィオーレに異常に執着していたり、仲間を操ったりしていることを思い出して爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。
「まだ人を操るほど強くはないけれど、早くどうにかしないと被害者が出そうだ」
「…最初に犠牲になるのは魔力の少ない子ども、その次に獣人か…」
「その前にうちの王様たちが動くだろうけど、厳しいだろうね」
ルーナは沈痛な面持ちで呟き、言い訳のように、魔物を倒すことで魔女王復活を遅らせるしかないね、と付け足した。
「…なぁ、それも含めてなんだけどさ」
不意にレオンが体の向きを変え、ルーナと真正面に向かい合った。その目は強い意志で、闇の中でもキラキラと輝いて見える。
「なんだい?」
聞き返したルーナの声は固い。それは、レオンがこうやって話すときの話は大抵無茶なことばかりで、そしてレオンがその話の内容を必ず実現させると知っているからだ。
「俺に防御の魔法を教えてくれねぇか?」
レオンの予想外の頼みにルーナは目を見開き…。




