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花は微笑まない  作者: 青空
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懐かしの義母


「ばあさんいるかー?」

「アシミさんこんにちはー」

アシミさんの家の扉をノック…なんてレオンがするわけもなく、ズカズカの中へ入り込んでいく。

これは後から怒られるかもしれないわね。

そう思いながら、私もレオンの後に続いた。

「…レオンとフィオかえ?」

奥から腰の曲がったおばあさんが顔を出す。しわくちゃのおじいさんのように厳つい顔つきと鋭くつり上がった灰色の目。だけれどその瞳の奥にある光は、誰よりも優しくて温かい。

「久しぶりやねぇ」

独特の訛りのある低くも高くもない声がとても懐かしい。

「久しぶりです」

「元気にしてたか?」

私たちは自然と笑顔になり、出迎えてくれたアシミさんに歩み寄った。彼女に近づくと懐かしい柑橘系の石鹸の香りがした。

「わたしゃいつまでも元気さ。それより、ふたりとも大きくなったねぇ」

アシミさんがおいでと手を広げる。

私とレオンは顔を見合わせて、二人揃ってアシミさんに抱きついた。抱きしめた胸は、十数年前よりも薄く細っそりとしていた。

「ふふ、前に会ったのは三年前だったものね。あの時は私の方がレオンよりも身長が高かったのよねぇ」

「あー、でかくて邪魔だったぜ」

「ちょっと何よ。チビだったくせに!」

ギロリと睨みつけると、レオンのいたずらに輝く瞳と出会った。

まったく、コイツは本当に変わらないわね…!

「今はそっちのがチビだろ」

「ええ、そうね。誰かさんが大きくて邪魔だわー」

「おい、誰が邪魔だ!」

「別にアンタのこと言ってんじゃないわよ」

私たちの視線の間で火花が散った…のだが。

「子どもや仲間の前でやめないかい、ふたりとも」

と背中を叩かれて、う、と息が詰まった。いくら年老いても力は衰えないらしい。

「…まったく、相変わらずしょうがない子たちやね」

やれやれとアシミさんが首を振る。飽きれたように、だけれど懐かしそうに目を細めて笑う。

すると背中の方から、

「喧嘩してないふたりは不気味だけどねぇ」

という声が聞こえた。

「仲良しなんだよねー!」

カラが無邪気ににっこり笑った。

「おや、この子は?お前たちの子かい?」

アシミさんが目を丸くする。そして交互に私たちを見て、そしてジッとカラを見つめる。

「最愛の子、なんて良い名前を付けたやない」

アシミさんの目に優しい色が灯る。その目尻にはじんわりと涙が滲んで…って!

「違う!」

「違います!この子は迷子で…」

慌てて弁明のために口を開いた。

「あら、そうなん?」

首を傾げながらも、その目は温かい。だから違うって言ってるのに…!

「確かに二人の子どもって言われたらしっくりくる容姿をしてるからねぇ。ね、カラ。君の父さん母さんもあんな感じなの?」

後ろでルーナがいつのまにかのんびりと椅子に座っている。カラはその膝の上にちょこんと座り、どこから持ってきたのかビスケットを頬張っていた。

ほっぺたにビスケットのくずが付いている。

「うん。お父ちゃんとお母ちゃん、いつもケンカしてるよー。でも仲良しなんだって!」

ビスケットをもぐもぐ食べながらカラが笑う。

「ほら、物を食べながら話しちゃダメよ。それにほっぺたに付いてる」

カラの前にしゃがみ込み、ビスケットのくずを摘み口に入れる。ほんのりと甘く、口に入れた瞬間ほろほろと崩れるビスケットは、昔アシミさんが作ってくれたビスケットとよく味が似ていた。

「うん、わかった!」

カラはこっくりと大きく頷き、一生懸命ビスケットを頬張る。そのちょっと必死な姿が可愛く思えた。

「おー、偉いな!」

レオンがにかっと歯を見せて笑い、カラの隣に来て頭を撫でた。髪がぐちゃぐちゃになる。

けれど乱暴に撫でているように見えるけれど、きっと撫でる手は優しいのよねぇ。その証拠に、カラが頭を撫でられて嬉しそうに口もとをほころばせてるもの。

…とはいえ、これ以上髪をかき混ぜたら後で髪をとかすのが大変よね。

「髪が絡まっちゃうわよ」

レオンが撫でた後、頭頂部から後頭部にかけて髪を撫で付ける。

その様子を見てアシミさんが笑みを深くした。…が、俄かにゲホゲホと湿っぽい咳をし始めた。

苦しそうに体を丸め咳き込んでいる。咳をするたびに、前よりも小さく見える背中が大きく揺れた。

「アシミさん、大丈夫ですか⁈」

「ばあちゃんも座れよ!」

慌てて私たちはアシミさんに駆け寄り、その手を取った。

…手が細い。爪の付け根の部分が盛り上がってるわね…。

「いや、わたしゃいいよ。それよりレオン、フィオ、お前たちは何か用事があるんやろう?」

こんなとこで油売っててもええの?

アシミさんが咳を押さえ込んだ、詰まるような声で尋ねる。

「…それはそうだけど」

レオンが言いにくそうに口ごもる。片手を腰に当てて、もう片手は頭の後ろを彷徨う。都合が悪いことを言われた時に出るレオンのくせだ。

それを見抜けないアシミさんではなく。

「なら早よ行き。わたしのとこにゃまた後で、用事が終わってから来てもええやろ」

と、ポンと背中を叩かれた。

そうよね。アシミさんはやるべきことはちゃんとやりなさいって言う人だもの。

「…そうですね。じゃあ、いってきます」

そう言うと、アシミさんは柔らかく微笑んだ。灰色の目が包み込むような優しい色を宿して私たちを見つめる。

「…いってきます」

レオンが名残惜しそうにボソリと呟くと、アシミさんは昔、一緒に孤児院で住んでいた頃のように嬉しそうに笑った。

「ああ、いってらっしゃい」

優しい声に背を押されて、私たちはカラのお母さんと今夜の宿を探しに出かけたのだった。


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