森の迷子
魔法で姿を隠して、荷物を亜空間に放り込む。これで最後の荷造りは終わった。
私たちはお互いに忘れ物がないか確認しあい、早々に空へと駆け上がった。
「しっかり掴まってなさいよ」
「ああ」
私は空を飛べないレオンを後ろに杖の乗せて、朝日の金色の光が覗き出した空を目指す。
「こうやって空飛ぶのも久しぶりにだねぇ」
ルーナが懐かしそうに目を細める。
「そうね。昔はよく競争したわね」
「曲芸飛行は最悪だったぜ…」
「アンタの野駆けもなかなかだったわよ」
「お前の四回宙返りよりはマシだけどな」
なんて、ポンポン言葉を投げ合う。空の上で取っ組み合いの喧嘩をするわけにもいかないから軽口も控えめだけれど、この感覚も久しぶりな気がした。
「うん、やっぱりレオンとフィオーレはこっちの方が良いね」
ルーナがニヤリと笑う。どうやらルーナにも心配をかけてしまっていたみたいだ。
本当に申し訳ないわね。
「あいつがいねぇからな。勇者ってもっと性格良いもんじゃねぇのかよ」
「いくら王様が書いたチラシが見える程度には魔力があるからって言って、性格まで良いとは限らないのよ」
樹の場合、性格云々の前にあの子に対する執着が酷いだけのような気もするけど。
「ま、せっかく離れたんだ。勇者のことは忘れようぜ」
ルーナの気楽な言葉に私たちはそれもそうだと頷き、久々にお酒や魔法の話で盛り上がった。
空の旅は快適だった。歩くよりも早いし、体力も使わないし、風は気持ち良い。
急ぎで隣国まで飛ぶため心なし早めに飛んでいるとはいえ、景色も十分に楽しめる。
眼下にはアンダンティカ王都の東北部に広がる不可侵の森。昔から一定数の魔物や動物たちの住処となっている、木々や大地の魔力、水の魔力に満ちた不思議な森だ。妖精の森の一部だとも言われている。
「今夜は不可侵の森に野宿かしらね」
「げ、不可侵の森かよ…」
「なんだい、レオンはまだお化けが怖いのかい?」
「ちっげぇ!煩くて眠れねぇんだよ!」
耳の良いレオンが耳元でギャンギャン喚く。本当うるさいわね。
「耳元で騒がないで。落っことすわよ」
「やめろ!」
レオンの顔色が若干悪くなる。
森がうるさいとか眠れないとか言っているけれど、たぶんアレがまだダメなのよね。
獣人ではない私にはよくわからないけれど、あの惨状を見ればレオンがここまで嫌がるのも納得できる。
「心配しなくても障壁は張るわよ」
そう言うとレオンはあからさまにほっとした顔をした。
「んじゃ決まりだね。もうちょっと行ったら降りよっか」
「ええ」
ルーナの提案に頷き、森の上を滑っていく。
森は最近の魔物の増加の影響か妙に静かだった。
いつもなら上を飛んでいたら鳥のさえずりくらいは聞こえるのに。こうも静かだと不気味ね。
「…って、あれ?なんか聞こえねぇか?」
ふと後ろから低い声が聞こえて、思わず杖を止めた。
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
「…いや、変じゃない。この声…子どもの声みたいだね」
ルーナがしい、と唇に人差し指を当てる。耳の良い種族のふたりが揃って耳をそばだて始めた。
ルーナもレオンも真剣な顔だ。どうやら冗談ではなく本当に何か聞こえるらしい。
私は大きく息を吐いて、耳に強化魔法をかけた。その瞬間、音がまるで洪水のように流れ込んできて思わず眉をしかめる。
その音の濁流の中から一筋の糸のような子どものむずかるような声が聞こえた。
「…そうね。こんなところで迷子かしら?」
「こんな森の奥でか?」
「ええ」
本当に子どもの声なのかは置いといて、もしかしたら本当の迷子の可能性がある以上放っておくことはできない。
「しゃーないね。迎えに行くか」
「そうね」
ゆっくりと森の中へ降りていくと、後ろでレオンが身じろぎする。もうアレの匂いが伝わってきたのだろう。
障壁を張り匂いを遮る。レオンの鼻は信頼できるから、できれば必要な時まで残しておきたいのだ。
森の木々の分厚いカーテンをくぐり抜けると、視界が木漏れ日がチラチラ踊る森のものへと変わる。
森を上を見上げてもてっぺんが見えないほどの高く、人がありのように見えるほど大きな木々が支配する。地面には背の低い草花が精一杯葉を伸ばしている。
爽やかな緑の香りと、この森にしか咲かない白い花の甘い香りが鼻腔をくすぐる。この花の匂いがレオンの鼻をダメにするらしいのだ。
大木が並ぶ森の向こう、そこに明らかに植物でも動物でもない姿を認めた。
「…子どもだな」
「そうね。行きましょう」
大木の間を彷徨うようにして歩く、私たちの腰よりも小さなその子。頭に白い耳が生えているから獣人の子かしらね。
どう声をかけようかと迷っていると、
「はい、こんにちはー。君、こんなところでどうしたの?」
とルーナが明るい笑顔で声をかけた。
子どもが弾かれたように顔を上げて、
「だれ⁈」
と、獣人らしい素早さで後ずさった。
その動きがレオンによく似ている。小さな頃のレオンを見ているような感覚ね。
「オイラはルーナ。で、こっちの銀色の髪のお姉ちゃんがフィオでこっちの黒いのがレオンだ」
「えっと、はじめまして」
「よぉ」
私は慌てて笑顔を顔に貼り付けた。その隣でレオンが気安く片手を挙げる。
恐がられてないかしら?子どもと話すのは久しぶりだもの。
振り返ったその子は、褐色の肌に銀の髪、青い瞳が印象的な小さな男の子だった。
「ルーナ兄ちゃにフィオ姉ちゃ、レオ兄ちゃ?」
「そうそう。君、こんなところでどうしたの?お母さんかお父さんは?」
「お母ちゃん、はぐれちゃったの。まほー、教えて貰ってたのに」
男の子はしょんぼりと肩を落とす。その目尻には涙が光っていた。
「そうか。じゃあ俺たちが探してやるよ!」
レオンがニカッと笑う。その笑顔は小さな子どものようだった。
その子の目に光が宿る。そのキラキラした目にはどこか見覚えがあった。
「ほ、本当?」
「うん、本当よ。必ず探し出してみせるわ」
頷きながら、この目をどこで見たかしら、と首をかしげる。わかればその人のところまで飛んで行けるのに。
「とりあえずオイラたちと行こっか。君の名前は?」
「僕、カラ!カラっていうの!」
元気よく答えた男の子カラを見て、思わず笑みが漏れる。
「じゃあカラ、行きましょうか」
手を差し出すとカラは一瞬目を丸くして、それからうん!と元気に返事したのだった。




