二ヶ月
カイルが村に来てから二ヶ月。
もう既に春は通り過ぎかけ、少し暑いくらいの気温の中、カイルはリアンとヴァイスハイトと共にリアンの家の裏庭で稽古ーー稽古といっても村の周りを走ったり、木剣をひたすら上下に振る稽古が主だったがーーをしていた。
稽古を始めた初日、カイルはヴァイスハイトに村の周りを走ることを命じられ、この村は小さな規模ではあったが、村の周りを走ることとなればそれなりの距離がある。
しかしヴァイスハイトは村の周りを十週走ることをカイルに命じたのだった。
初めて村の周りを走ったときは村の周りを二週したところで汗が身体中から吹き出し、ぼたぼたと地面へと流れ落ちていき、四週目ほどでカイルは目の前が霞むのを感じていた。
ヴァイスハイトはリアンと木刀を打ち合わせたり魔法の稽古をしていたため、ただ走るだけのカイルの様子はあまり見ているわけではなく、普通ならその辺りで音を上げて走る速度を落としたり、数を鯖読んだりしそうなものだがカイルは黙って耐え、見かねたサナがたまに水を渡してくれるのを頼りに意識が半分飛んでヘロヘロになりながらも十週を走りきったのであった。
その後も村の周りを走る訓練は三週間ほど続き、やっと村の周りを走り切っても体力に余裕が出てきて、その後はヴァイスハイトとリアンの稽古を見ているだけで暇を持て余しカイルがただ走る稽古に嫌気が差してきた頃、カイルはやっと走り終わったあとにヴァイスハイトに木剣を振る稽古をつけてもらえたのであった。
木剣を振るといってもヴァイスハイトとリアンのように試合形式でということではなく、ただひたすらにヴァイスハイトに指示された回数、もしくはそれ以上の回数を木刀を上下に振るという稽古だった。
しかしその稽古も想像よりも辛く、二週間ほど続けてやっと様になってきた頃、カイルはリアンやヴァイスハイトと軽く剣を交える程度にはなっていた。
もちろんリアンとヴァイスハイトはまだカイルが魔法を習っていないこともあるし、習っていたとしてもたかが二ヶ月で村で剣においても魔法においても一、二の実力を持つヴァイスハイトとリアンの腕にカイルでは歯が立つことはないだろうからカイルに対して魔法を使うことなく稽古は進んでいった。
毎日村の周りを走らされて体力は最初の頃と比べてかなりついたが、長年稽古を積んでいる二人の体力にも体格にも到底追いつかないカイルは対戦形式で立ち会っても手加減などしない二人に一瞬で勝負をつけられ、見事に連敗記録を更新していくだけで勝つ兆しはまったく見えない状態だった。
しかしカイルは生来大人しそうにみえて負けず嫌いな性格である。
いくら負けてもその度に何かしらを吸収して成長していくのであった。
「やぁっ」
カイルが一声上げると木剣を振り上げてヴァイスハイトに斬り掛る。
しかしヴァイスハイトは軽々とカイルの剣を弾き返し、弾き返されたカイルは軽くよろめいて体勢を崩す。
転びそうになるのを足を踏ん張って防いだカイルはそのまま踏ん張った反動を身体に乗せて下からの突きを繰り出す。
カイルの突きはヴァイスハイトの喉元を狙っていたが、それを見きっていたヴァイスハイトはカイルの攻撃を避けると同時にがら空きになったカイルの脇腹を木剣で叩く。
バチッと乾いた音と痛みにカイルがしまったというように眉を寄せ、慌ててヴァイスハイトと距離を置くために後ろへ飛び去るが、それを許さないようにカイルを追いかけるヴァイスハイト。
ヴァイスハイトは木剣を横に振るうと再びカイルの腹を打とうとし、カイルはそれを片脚を持ち上げて足裏で受け止める。
しかしカイルの力ではヴァイスハイトの木剣を返すことが精一杯でヴァイスハイトの体勢を崩すまでには至らない。
ヴァイスハイトが再び斬りかかってきて、それを懸命に木剣を振るって避けるカイル。
勢いよく振るった木剣をヴァイスハイトが振りかぶってきた木剣にガッと鈍い音を立ててぶつけたカイルはヴァイスハイトの動きが一瞬止まったその隙に後方へ飛びずさり、ヴァイスハイトとの距離を取ることに成功する。
額を流れ落ちていく汗を服の袖で拭ったカイルは木剣を握り直すと荒い呼吸を落ち着かせるように深く息を吐きながらヴァイスハイトの隙を狙うようにヴァイスハイトの周りを回り始める。
互いに睨み合い、そのまま張り詰めた空気が漂う。
「行きます」
その空気を破るようにそう言ったカイルはヴァイスハイトに斬りかかり、ヴァイスハイトはそれを全て弾き返し、ついでにカイルの小手を打つ。
カイルの手の甲を痛みが走ったが、カイルはそれでも木剣を離さないように更に木剣を固く握りしめ、今よりも早くヴァイスハイトに斬り掛る。
「やっと様になってきたな」
ヴァイスハイトがカイルの木剣を払いながらどこか挑発や煽るような雰囲気を含めてそう言う。
カイルは無言で口の端を引き締めるとヴァイスハイトの瞳を睨みつけながら木剣を振り回す。
「しかし、まだまだだな」
そうヴァイスハイトが言って、ヴァイスハイトはカイルの胴を払い、その勢いで体勢を崩したカイル。
「くっ…」
踏ん張ろうと張った足はぬかるんだ地面に取られてズルリと滑り、カイルはそのまま崩れ落ちる。
ヴァイスハイトは甘くない。直ぐに斬り掛かられるだろうと地面に膝をついた状態から慌てて立ち上がろうとしたカイルだったが、その時にはヴァイスハイトの木剣が首筋に当てられていて。
「お終いだ」
ヴァイスハイトがカイルの目をまっすぐ見ながらそう言って木剣を腰に下げていた革の鞘に仕舞う。
カイルは悔しそうに顔を顰めるが、素早く立ち上がると尻の辺りについた泥を払う。
「素振り五百回だ」
ヴァイスハイトがカイルを見てそう言って、カイルは素直に頷き返す。
ヴァイスハイトは指導者のタイプとしては負けた方には罰をつける型で、今日もヴァイスハイトに素振りを命じられたカイルは悔しそうに口を真横に結んでその場で素振りを始める。
最初はこの罰も体力的に辛かったものだが、今は素早くこなして行くカイル。
その横ではリアンがヴァイスハイトと勝負をするのに木剣を軽く振るっていて。
チラリとそっちを見たカイルとリアンの目が合って、リアンはカイルを挑発するように軽く口の端を持ち上げた。
その顔にすこしカチンと来たカイルは今にも一本取ってやるよ、と返すように顎をしゃくって見せるが、同い年とはいえ、リアンから一本取るのは至難の技である。
カイルもそれは分かっていたが、カイルは案外負けず嫌いな性格である。
しかしリアンもカイルに負けず劣らず同じような性格であり、それを含めてカイルの言いたいことを理解したリアンはやってみろよというように更に口の端を持ち上げてみせた。




