妹と親友
カイルがヴァイスハイトによって助けられた日から数日後、カイルは質素なベットで眠っていた。
よそよそと吹く風が外の木々を揺らし、揺らされた木々はザワザワと音をたてる。
僅かに開いた窓から吹き込んできた風がカイルの髪を揺らして、ふわりと舞ったグレーの髪が顔を撫でると、くすぐったかったのか、小さくうめき声を上げて身じろぎをするカイル。
「んん……」
ふっ、と意識が浮上して、薄く目を開いたカイルは焦点の合わない瞳でぼんやりと宙を見つめる。
ーーーーーー何時間も寝た気がするし、たった一時間しか寝ていない気もする。
なんてうまく働かない脳味噌で考えながらぼおっと宙を見つめていると、だんだんと明瞭になっていく思考。
ゆっくりと瞬きを繰り返すと、視界に見覚えのない天井が映る。
「…………?」
頭にクエスチョンマークを浮かべたあと、寝た姿勢のままぱっと顔を横に向けたカイルは、自分の隣に置かれた椅子に確実に自分よりは幼いであろう少女が座っていることに気がつく。
少女は自分の隣に置いてある机にそこらで摘んできたのであろうまだ完全には開花していない色鮮やかな花々を並べ、それを花冠にするつもりなのか器用に編んでいく。
窓から入ってくる風は少女のお下げ髪に結われた小麦色の髪を揺らし、時折萼から取れた花弁がその風に乗ってひらひらと床に落ちていく。
一瞬警戒の色を見せたカイルだったが、少女はただの幼い娘であると判断したカイルは少女が気がつくまで待っていようとその光景をぼんやりと見つめることにした。
しかし、幾らか経ってから、少女が花冠作りに集中していて自分が起きたことに気づかないので、カイルはついに痺れを切らして少女にそっと声をかける。
「ねえ……」
「わぁっ⁈」
出来るだけ驚かせないようにと話しかけたつもりが、予想以上に大きく帰って来た反応に内心少し驚きつつも、眠りから覚めたばかりでどことなくだるい身体を起こしたカイルは少女に話しかける。
「ここはどこ?」
そう問うと、少女は髪と同じ色の大きな目をまん丸にして、花冠を編んでいた手を止める。
「おうち」
驚いた顔から一転、朗らかな笑顔でそう言った少女は編んでいた花を机の上に放り出し、椅子から飛び降りる。
「………えっと」
ーーーーそういうことじゃないんだけどなあ。
と内心戸惑い半分に思っていると、カイルがそんなことを考えているなんてつゆほどにも思っていないであろう少女は
「ついてきて」
と言って、軽やかな足音を連れて部屋を出て行こうとする。
「あっ、ちょっと」
慌てて少女を引きとめようとしたカイル。
しかし、少女はカイルを置いて別の部屋へと歩いていく。
その背を戸惑ったように見送って小さくため息をこぼしたカイルは、自分の上にかかっていた毛布をどかすと、ベットから抜け出そうとと身体を動かす。
しかし、布団をどかして露になった自分の脚に包帯が巻かれている事に気がついたカイルは、少し目を見開いた後、自分の腕へ視線を動かす。
記憶の限りでは身体中傷だらけだったはずなのに、腕も脚と同じように包帯が巻かれている上に、普通の農民の服とはいえ、今まで来ていたぼろ雑巾と遜色ない服とは比べ物にならないくらい綺麗な服に身を包まれていて、傷どころか肌すら見えない状況に再度驚いて目を見張る。
「お兄さん、はやく〜」
ついてこないカイルを不審に思ったのか、戻ってきた少女がそう言って扉から顔を覗かせ、ハッと一瞬で現実に戻ってきたカイルが慌ててベットから降りる。
脚で唯一剥き出しの足裏を床につけると足裏にひんやりとした床の感触が皮膚に伝わって、木の心地よい温度を感じる。
少し慌ただしく足音を立てて少女の後を追うように部屋を出たカイルはすぐ出た先にある部屋に、少女と少女に目鼻立似た、恰幅のいい女性がいることに気がつく。
入っていいものかと戸惑ったカイルが部屋の入口で立ち止まると、その女性は少女に向けていた顔をカイルに向ける。
「おはよう」
少女の頭を撫でながらカイルに快活な笑みを向けてそういった女性。
初対面の人間、特に大人には強い警戒心を抱いていた環境で過ごしてきたカイルは思わず一歩後ずさる。
しかし、そんなに年端の行かない少女ではまだ出来ないであろう綺麗にカイルに巻かれた包帯からして、彼女が看病をしてくれていたことにはほぼ違いないため、戸惑ったように顔を困惑の色に染めたカイルは少女と女性を交互に見つめる。
「えっ、と」
カイルが口ごもって慌てていると、女性は微笑んでカイルの言葉を待つ。
「お、はようございます……?」
困惑した声色で挨拶を返したカイルをみて、よく出来ましたというように更に笑みを深めた女性。
「よく寝れた?」
女性がそう言って、カイルは戸惑いながらも頷く。
「2日間も眠りっぱなしだったからね、兄さんが大丈夫だっていっても流石にちょっと心配したよ。」
笑いながら彼女がそう言って、その言葉からカイルは確かにヴァイスハイトと馬の背に乗って村を目指していた途中からの記憶が無いことに気がつく。
そこから推測するとここはヴァイスハイトの言っていた村だという事に気がついたカイルは女性をまじまじと見つめる。
ーーーー考えてみれば目の色や輪郭がヴァイスハイトに似ているかもしれない。
「あなたは、……ヴァイスハイトの妹ですか?」
と、ヴァイスハイトが妹がいると言っていたことを思い出したカイルが女性にそう尋ねると、突然の質問に女性は少し驚いた後快活に笑ってみせる。
「よく気づいたねぇ!あたしはあの人の妹のサシュアさ。そんで、こっちの子があたしの娘。」
そう言ってサシュアは膝の上に座っていた少女をカイルに向ける。
「サナです。」
ニコニコと微笑みながらそういった少女にカイルはぎこちなく頷く。
「えっと……カイル、です」
戸惑いながらもそういったカイル。
そのとき、カイルの空っぽな胃が空腹を訴えようと大きな音を立てて、パッと顔を赤くしたカイルは自分の腹に手を当てて恥ずかしそうに俯く。
そんなカイルを見てサシュアは微笑むと、膝の上に座っていたサナを降ろして椅子から立ち上がる。
「ずっと何も食べてないからお腹空いたでしょう。まだお昼には早いからちょっと待ってて」
今から準備するところだったんだ。
そういったサシュアは台所へ歩いていく。
その姿を見送りそうになって、はっとしたカイルは周りを少し見渡した後彼女に声をかける。
「あの、……ヴァイスハイトはどこですか?」
起きてから目にしていない彼の名を出すと、サシュアはああ、と小さく声を漏らして振り返る。
「兄さんならリアンのところじゃないか?」
サシュアがそう言って、聞きなれない名前に首をかしげたカイル。
「まだ時間はあるし、リアンに会ってきたらどう? リアンはお前と同じぐらいの歳のはずだから、きっと友達になれるよ」
サシュアがそう言って、サシュアの後をちょこちょことついて行っていたサナがサシュアを見上げながら
「リアンのところに行くの?」
と言って可愛らしく首を傾げると、サシュアは
「サナはカイルに村を案内してあげて。そのついでにリアンに会ってきたらいいさ」
と言って微笑みながらサナの頭を撫でる。
「今から行ってくるのね」
元気に笑いながらサナがそう言うと、小走りで外へと繋がる扉に駆け寄る。
「行きましょ」
カイルを振り返ってサナが嬉しそうにそういい、カイルは戸惑った様子でサシュアをチラチラと振り返りながらもサナの後についていく。
サナが家の扉を開いて、外から風が吹き込む。
まだ春には少し遠い緑の匂いと雪解けの土の匂いを乗せた風が二人の髪を揺らした。
巻き上がった髪に視界をふさがれて、顔に張り付いた髪を片手て鬱陶しそうに払ったカイルはそのまま外に出ると、この村は森に囲まれていることに気がついた。
外に出て少し進めば森だけでなく、草花にも富んでいるようでまだ雪の下に潜っている植物も多いものの既に雪の溶けた場所からはいろいろな種類の草花が顔を出していた。
そして草花だけでなく動物達も多い。
カイルとサナの頭上を多くの鳥が行き交い、雪の上にはいくつもの足跡が見れ、動物の生息している痕跡が見れた。
カイルは動物といえば馬やドブネズミ、稀に犬などの動物しか見たことがなく、雪上に残る足音に期待を膨らませながら歩いていくと春に向けてにょきにょきと伸びはじめた草が揺れ、カイルの脚を擽る。
初めて見る色とりどりの草花にも気を取られながらサナとの差が開かないように後をついていく。
「ねぇ、お兄さんはここに住むんでしょ?」
家を出て五分ほど歩いていた時、今まで上機嫌で鼻歌を歌っていたサナは突然カイルを見上げてそう尋ねる。
サナの突然の質問に草花や動物達の足跡に気を取られていたカイルは少し面食らったような表情を浮かべる。
「……出来ればそうしたいんだけど、君は僕がここに住むのは……嫌?」
ここに住めなければ行き場もないため、不安を感じながらも控えめにそうカイルが言うと、サナはカイルの心配を裏切って嬉しそうに顔をほころばせる。
「サナはねぇ、お兄ちゃんかお姉ちゃんがが欲しかったから、お兄さんがここに住んでくれると嬉しいなぁ」
少し頬を赤らめて笑いながら首を傾げるサナの姿を見て、ほっと肩をなでおろすカイル。
「良かった」
ヴァイスハイトはカイルを養子にしてやると言っていたが、サシュア、特にサナはまだ十歳にも満たずに幼く、カイルは突然家族が増えても困るだろうと考えており、あまり人を信頼しない、否、できない性格のカイルはやっぱり追い出されやしないかなど、いろんな意味でずっと緊張していたため、安心したように頬をかいて笑うとサナが小さな手でカイルの手を取ってぶんぶんと振りながら歩き始める。
「お兄ちゃんかお姉ちゃんがいたらね、手を繋いで歩いてみたかったの」
楽しそうにそういいながらサナがカイルの手を引いて先に進んでいく。
人と手をつないだことのないカイルは突然の事に少し驚きつつ、これから妹になる少女の可愛らしい夢を叶えようとカイルは自分の手より一回りほど小さく柔らかい手を握り返す。
「お兄ちゃんみたいな人はいるんだけど、お兄ちゃんなわけじゃないから……」
そう言ったサナは少し眉を下げてしょんぼりした様子を見せ、カイルは僕も本当の兄ではないのだけれど……。と内心で思いつつ、兄として受け入れてくれた事に安堵して大人しく手を繋ぎながら歩いていく。
サナの手はカイルの手ですっぽりと包めてしまえるほど小さく、強く握ってしまうと壊れてしまいそうで力加減に戸惑って少し緊張しながらそのままいろいろな話をしながら少一時間ほど村を歩いていく。
もともと人数の多い村ではないため、短時間で大体の村の住民達に挨拶を終えて、その後は村の近くを流れる川やその川に建てられた作物を育てるための水を引く水車のおいてある小屋なども案内される。
村の人々は気性が良く、サナがカイルを紹介すると、戸惑ってすこしおろおろしているカイルを笑顔で快く受け入れてくれたのであった。
そして村の大部分を見終わったであろう頃、サナはある家の前で立ち止まる。
「ここがリアンのおうち。おじ様とリアンはいつもここでけいこしてるの」
そう言ってサナが家を囲む柵に手をかけて、柵の扉を押し開けると庭へと入っていく。
「まだけいこの時間のはずだからおじ様も一緒にいるはずよ」
そう言いながらサナは勝手知ったる他人の家と言うように真っ直ぐ裏庭に向かう。
勝手に入っていいものかと躊躇いつつもサナの後ろをついていくカイル。
家の周りを囲む柵の外側に広がる更に大きな柵の中には牛や馬などの家畜たちがいて、見知らぬ少年が来たことに気がついたのか彼らはぴくりと耳を揺らして顔をあげる。
じっとこちらを見つめてくるその様子に少しおののきつつ目を逸らし、
「稽古って、剣の?」
裏庭からは少年の声と物のぶつかり合う音にカイルがそう聞くと、サナは頷く。
「魔法のけいこもしてるの」
「魔法……?」
「サナも一緒にけいこをしたいんだけど、女の子に剣を使う必要はないって言われるし、魔法も使えないから」
サナも魔法が使えたらいいんだけど。
少し拗ねたような表情でサナがそう言いながら裏庭へ出ると、そこには木刀を片手にヴァイスハイトに斬りかかっている少年が。
ヴァイスハイトは自身も片手に携えた木刀で少年の攻撃を躱していて、二人の剣は幾度となくぶつかり合う。
激しく動きながらもヴァイスハイトが激を飛ばし、リアンと呼ばれた少年は汗を飛び散られせながらそれに応える。
見たところ、少年はサシュアが言っていたようにカイルと同い年ぐらいだったが、体格はその少年の方が見るからにしっかりしていて、少年は筋肉がバランス良くついた腕から放たれる鮮やかな剣捌きでヴァイスハイトに斬りかかっていた。
同い年とは思えないその剣技に目を見開いたカイルだったが、攻撃を受けている張本人のヴァイスハイトは全く動じることなく少年の攻撃を受け流していく。
何度も木刀のぶつかり合う音がなり、ほどなくしてヴァイスハイトと距離を取ろうと後ろに跳びずさった少年はすばやく剣を握る手とは逆の手を前に突き出す。
突然の奇行に目を奪われたカイルだったが、
「はっ!」
と短く少年が息を吐き出すようにそう言って、その瞬間彼の手から鮮やかな炎が吹き出す。
一瞬でその場の気温が上がり、ブワッと大きく広がった炎がヴァイスハイトを包んだかと思った時、ヴァイスハイトの足元から氷の塊が現れる。
ヴァイスハイトを灼熱の炎から守るかのように現れた氷は少年の炎とぶつかりあってジュワッっと音を立てながら水蒸気を生み出す。
もうもうと白く立ち上がるそれに包まれた二人の姿が一瞬見えなくなったと思った瞬間、鈍い音がして、少年が煙の中から転がり出てくる。
「うわっ」
少年はズザザッと盛大に砂の上を滑る音を立てて尻餅をつく。
「まだまだだな」
風に押し流されていく水蒸気の中からそう言いながらヴァイスハイトが姿を出すと、ヴァイスハイトを見上げて苦笑いを浮かべた少年は素早く立ち上がると服についた砂を払い落とす。
「次こそはって思っていたのにやられてしまいました」
短めに切りそろえられたダークグレーの髪をかきながら少年がそう言って、
「わしもそう簡単に負けていられぬからな」
少年に応えるように唇のはしに笑みを浮かべたヴァイスハイトは木刀を革でてきた鞘に仕舞うとカイルたちを振り返る。
初めて目の前で見た魔法にあっけに取られているカイルを他所に
「リアン!」
そう言ったサナが少年に駆け寄って、少年はニコニコと頭一つ分ほど高い彼を見上げたサナの頭をくしゃりと撫でてサナに笑い返す。
それに少し頬を染めたサナが少年の袖を引いて、促されたように少年はカイルの方を見ると、少年はカイルの顔が初めて見る顔であるはずなのに驚いた様子もなく、代わりに爽やかな笑みを浮かべる。
他の住民達はサナがカイルを連れてきた時に驚いた顔をしていたのに、少年のこの落ち着いた様子にカイル逆に緊張して顔を強ばらせる。
「どうだ調子は」
汗を拭いながらゆっくり近づいて来るヴァイスハイトがそう尋ねて、少年に少しぎこちない笑みを返したカイルは口を開く。
「もう、大丈夫です。」
カイルがそう言うと、カイルの目の前に立ったヴァイスハイトは頷き、カイルの背に手を回すと少年に紹介しようと前に押す。
「この者がわしが言っていた小僧だ。仲良くしてやれ」
ヴァイスハイトがそう言って、だからかと内心合点がいったように考えを巡らせていたカイルに、サナと寄り添うように立っていた少年は頷いて近づいてくる。
「俺はリアン。よろしくな」
爽やかな笑顔でそう言ったリアンは稽古や日々の生活で節くれだってごつごつした手を差し出す。
その差し出された手にカイルは少し瞳に躊躇っ色を一瞬浮かべるが、少年の手を握り返す。
「僕はカイル。……よろしく」
ぎこちなくも僅かに微笑み返すと、リアンは二カッと笑ってみせた。




