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ヒモノ女子は優雅に腐る  作者: せりもも
Short Stories
88/88

実家は肛門科の専門病院です

某サイトで、なぜか突出してPVがありましたので、SSにしてみました。お楽しみ頂ければ、幸いです。

 「どうなさったの、初音(はつね)お姉さま。お顔の色が、真っ青よ」


一乗寺財閥総裁夫人、綾音(あやね)は、訪ねてきた姉に、コーヒーを勧めた。馥郁とした香りが立ち上る。それなのに、姉は、コーヒーカップに、手をつけようともしない。


玲音(れおん)が……」

言ったきり、後が続かない。


「まあ! 玲音ちゃん! 彼、もう、高校生なのよね……。お祝い、あげたわよね!」

「あなた、それ、去年の話よ」

「去年! 月日の経つのは、本当に早いものね……」

「それはあなたが、40歳を過ぎたからでしょ!」

「なんてことを! 姉さんだって、とっくに過ぎたでしょ! お金をかけた若作りだけど!」


 姉は、綾音の挑発に乗らなかった。心ここにあらずで、そわそわと髪をいじっている。


「あのね、玲音が……」

「玲音君が?」

「あの子ね……」

「うん」

「玲音が……」


「だから、何よ!」

綾音が辛抱袋の緖を切らせた。


「痔らしいの」

観念したように、姉の初音が言ってのけた。


「痔!」

綾音は、目を剥いた。

「それは大変!」

「そうなの。大変なのよ」

「あれは、辛いのよ。私も、創を生んだ時、いきみすぎて、切れちゃったのよ」


「あなたのことは、どうでもいいの!」

今度は、初音が切れた。

「よくないわよ!」

 姉の剣幕などものともせず、綾音が言い返す。


 初音は、ぎろりと妹を睨んだ。

「あのね、綾音。玲音は、子どもなんか、生んでないのよ?」

「そりゃそうよ。男の子ですもの」

「うちの料理人が、食べ物に気を配っているから、お腹の調子だって、絶好調の筈! ヨーグルトも、ふんだんに食べさせているもの!」

「じゃ、どうして?」

「……」

「……」


「ねえ、綾音。玲音に、あなたの義理の娘さんを、会わせて貰えないかしら」

切羽詰った口調で、初音が言った。

「義理の……って、典子さんに?」

綾音が目を剥いた。

「なんで?」

「なんで? 彼女、その方面では、有名だからよ。経済産業省に勤めている、私の友人が、手放しで褒めていたわ。彼女のおかげで、日本の経済は救われたって!」

「ちょっと、姉さん、それ、何の話?」


「BLよ!」

きっぱりと初音は言った。


「BL!」

 綾音は、立ち上がった。2、3歩、姉の方に歩み寄り、立ち止まった。床にクッションが置かれているのを確認して、その上に倒れ込んだ。

「なんて恐ろしいこと言うの! め、目眩が……ああ、私、失神するわ!」

 

 初音は、妹のことなど、頓着しなかった。

「あなた、知らないの? BLが売れに売れて、今、日本経済は潤っているの。彼女の会社のBLは、海外では引っ張りだこだという話よ?」


「だからって、玲音君をなんで、典子さんに会わせなくちゃならないの? 彼女は危険よ! 若い美形の男性には、特にね!」

床のクッションの上から、失神したはずの綾音が金切り声を上げる。

「姉さんだって、かわいい息子に、男をあてがわれたくないでしょう? それでもって、典子さんは、物陰から覗いて、にやにやするんだわ!」


 「……手遅れかもしれないのよ」

べそべそと、初音は泣き出した。

「私、あの子の部屋で、いろいろ、見つけちゃったの……あの子、あの子……」

涙を拭いて、妹を見た。

「もう、何を聞いても驚かないわ。だから、この世界に造詣の深い典子さんに、玲音から、真実を聞き出してほしいの……」





 「それで、なんで、僕が……」

 モーリス出版社のオフィス。

 赤字を反映させた版下をPDFに変換させ終わり、本谷(もとや)直緖(なお)はぼやいた。小柄で色白、薄い色味の髪は柔らかく、癖がある。


 「仕方がないんです、直緖さん。典子お嬢様は今、ウィーンへ出張中ですし」

 背の高い黒服の青年が、諭すように言った。銀縁の眼鏡をしている。

 一乗寺別邸家の家令、古海(ふるみ)(りゅう)である。一乗寺家令嬢、典子のお目付け役でもある。彼女が興した会社、モーリス出版社の繁忙期には、敷地内にあるその会社で、手伝いもする。



「典子さんの出張は、例の、広告塔の件です!」

途端に、直緖の目が、生き生きと輝いた。

「彼女は、モーリス出版社の広告塔として、それはそれは素晴らしい貴公子を探し出してきたんです。ひっそりと暮らしておられたのに、本当に、よく、彼の存在に気がついたものだ! さすがは、典子さん!」


「せっかく隠れ住んでいたのに、お嬢様に見つかってしまうとは、なんと気の毒な方だろう……。ああ、直緖さん。お嬢様のことは、褒めなくてよろしい」

「褒めますよ! 素晴らしい上司です。僕は、彼女に、一生、ついていくんだ……」


 聞こえよがしに、古海はため息をついた。

「その貴公子って、そもそも、ウィーンから出られない人なんでしょう?」

「そうです! 箱入りです! 箱入りの御曹司なんです! 全く、なんて奇跡だ! 今の世の中に、そんな人がいたなんて!」

「おかげで、お嬢様は、長期の野放し……じゃなくて、出張。遠い外国で、今頃、どんな日本の恥を晒しておられるかと思うと、私は、心配で心配で、夜も眠れません」

「そんなことないでしょう? ゆうべも、ぐっすり眠ってましたよ」

「それは、直緖さん、さんざん貴方と……痛っ!」

古海の足を、直緖が、ぎゅっとふみつけた。


 足を抑え、ぴょんぴょん飛び跳ねる古海を無視して、直緖は言った。

「大丈夫ですよ。典子さんは、作家の、せりかももな先生とご一緒だから。まず、彼をモデルにした小説を、出版する計画なんです。当たりますよ、これは」


 熱い口調だった。

 古海は優しい目で、直緖を見た。

「当たりますとも。直緖さん、あなたがそう言うんなら」


 ぱちぱちと、夢から覚めた人のように、直緖は、目をしばたたかせた。

「あの、古海さん? そもそも典子さんは、通訳として、貴方を連れて行きたかったんですよ? 彼女、日本語以外は、さっぱりだから。それなのに、あっさり断ったのは、あなたの方でしょう?」

「直緖さんと、離れたくなかったんですよ。わかっているくせに」


 するりと、古海の手が伸びてきた。

 直緖の手に重ね、上から握りしめようとする。

 力任せに、直緖は、自分の手を引き抜いた。

 真っ赤な顔で、古海を睨む。


「僕には僕の仕事があります。職場で不埒な真似は、しないでください!」

「職場以外ならいいんですね?」

「知りません!」

ぷいと、横を向く。


 「あのう……」

 部屋の隅から、声がした。

 はっと、二人は、声のした方を見た。


「あのう」

もう一度、声は言った。


 玲音だ。

 典子の従弟の、高校生である。

 こぼれそうな大きな目や、長いまつげが、典子の弟と、よく似ている。

「二人は、できているんですか?」

不思議そうに、玲音が尋ねた。


「いいえ!」

「もちろん!」

直緖と古海は、同時に答えた。





 「おお、直緖。随分、久しぶりじゃないか」

直緖の祖父、本谷剛造は、診察室に入ってきた孫を、じろりと見た。

「古海の方なら、邪魔なくらい、ちょろちょろしてるがな」

「古海さんが、来たのか?」

負けずに祖父を睨み返し、直緖が答える。


 剛造は、鼻を鳴らした。

「ああ、3日前にも来て、風呂掃除をして帰っていきおったわい」

「風呂掃除……」

「その前は、庭の剪定、その前来た時は、台所の電球を、LEDに付け替えとったな」

「……」


 直緖の祖父は、カクシャクとしているが、寄る年波のせいか、足が悪い。また、その性格のせいであろう、親戚たちも、近寄りたがらない。


 剛造は、直緒に言いたいことが、山ほどあるようだた。

「古海に比べて、お前はちっとも来ない。まあ、ちょくちょく来たからって、儂は、お前らのことを、決して許しはせんが」


「ジジイに許して貰わなくても、平気だね」

きっぱりと直緖が言い放った。


 剛造が顔を顰めた。

「だが、困るとこうして、儂を訪ねてくる……」

「これは、綾音さんに頼まれて、」

「ほらみろ。お前の職場にだって、ちゃんと女がいるじゃないか。なにも、古海なんか、選ばなくたって……」

「綾音さんは人妻だ! しかも、上司の母親なんだぞ!」

「年上と不倫か。構わんぞ。男に比べたら……」

「黙れ」

「出口専用なんだよ! 医学的にみて! 逆走不可!」

「ジジイ、黙れ!」

「逆走不可と言ったのは、お前だぞ。お前はそう言って、儂に免許を返納させたじゃないか!」

「当たり前だ! ジジイは、高速道路を逆走しようとしたんだぞ! 危ういところで俺まで巻き添えに……つか、他人様を巻き添えにするわけにはいかんだろうが!」


 「一緒に乗ってたんだ」

 思いがけない声が聞こえた。

 玲音だ。

「仲、いいじゃん」

「いや、そうじゃなくて。じじいの運転が、あまりに危なっかしかったから……」


「ふん!」

 じろりと剛造が睨んだ。

「それで、そっちのが、客か?」

「ジジイの患者だ。診てやってくれ」

不承不承といったふうに、直緖が言う。

「ああ?」

「診てやって下さい」


「まあ、いい」

 剛造はにやりと笑った。

 診察用の椅子にふんぞり返る。


「そんなところで立っていては、話にならない。まあ、この椅子に座りなさい」


 「……本谷さんって、お祖父さんの前では、人格、変わるんですね……」

言いながら、玲音は、問診用の、丸い回転椅子に腰を下ろした。


 せいいっぱい心を落ち着け、直緖が言う。

「それはね、玲音君。この人が、古海さんの悪口を言うからだよ」

「なんだ。本谷さんも、古海さんのこと、やっぱり大事なんだ。さっきはあんなに、ツンケンしてたのにさ」

「そんなこと……」


「わしの前で、その手の話をするな!」

 診察椅子に座ったまま、剛造が、凄みのある声を出した。

「それから、直緖。この坊やは、痔なんかじゃない。儂に無駄な時間を取らせるな。とっとと連れて帰れ」


「は? まだ、何の診察もしてないだろ?」

「診察なんて、しなくてもわかる!」

「ズボンも脱がないうちに、わかるわけがない」


「この、馬鹿者が!」

剛造の雷が落ちた。

「何年、医者の孫をやっとるんだ! 痔疾専門の!」

「にっ、27年?」

「だったら、わかる筈だ。この若造は、固い問診用の椅子に、すとんと、腰を下ろした。尻を病んでいる者に、できる(わざ)ではない!」


 驚いたように、直緖は、椅子に座った玲音を見下ろした。

 玲音は、大きな目を、くるりと回した。座ったまま、勢いをつけて、椅子を一回転させてみせる。


 剛造が、舌打ちをした。

「直緖、お前だって、経験があるだろう。肛門が裂けていたら、とてもじゃないが、あんな真似は……」

「俺には、そんな経験、ないから!」

「嘘をつけ」

「嘘じゃない! 古海さんは、いつだって、とても優しく……」

言いかけて、直緖が固まった。


 剛造は、激怒した。

「ああっ!? 儂は、金輪際、そんな話は聞きたくないと、言ったろう!?」

「俺だって、言いたくなんか、なかった!」

負けずに直緖が叫んだ。


 玲音に向き直る。

「そもそも、君が、言ったんだろう? お尻が裂けたって、お母さんに」

 玲音は、にやりと笑った。

「僕は、何も言っていないよ。あれは、母さんが、勝手に勘違いしただけだ」





 「せめて、市販薬の封を切らずにおいておけばよかったじゃないか……」

 モーリス出版社の応接ブースに戻って、直緖がぼやいた。

「そんな、使いかけみたいなのを、あちこちにおいておくなんて……」

「反応をみたかったんだよ」

「反応?」

「いきなりカミングアウトしたら、母さんだって、びっくりするだろ」

「か、かみんぐあうと?」


 「直緖さん、何を驚いているんです?」

二人の前に、紅茶を配し、古海が首を傾げた。

 玲音に向き直り、真剣に尋ねる。

「それで、お相手は?」

「部活の先輩です」

「つまり?」

「普通です」


「ふうん」

そう言って、直緖の隣に、古海は腰を下ろした。


 「あのさ、玲音君。君、まだ、高校生だろう? 早急に結論を出す必要は、ないんじゃないかな」

おずおずと、直緖が口を開いた。

「まだまだ、素敵な出会いがあるかもしれないし。女性との」

「僕の場合は、結論が出ています」

「結論。はあ。でも、お相手は……」

「本谷さんだって、もともとは、そう(・・)じゃなかったんでしょ?」

性急な口調で、玲音が遮った。

「古海さんに聞きました」

「ええと……」


 直緖の頬に血が上る。ちらりと、隣の古海を盗み見た。古海は素知らぬ顔で、紅茶を飲んでいる。


 「だったら、僕にだって、可能性はあるはず!」

玲音が言った。

「可能性……」

赤面したまま、直緖は、言葉に詰まっている。


「やってみたらいい」

愉快そうに古海が笑った。

「私も、この人に受け容れてもらうまで、随分、失敗をしました。恥ずかしい思いも重ねてきました。絶望したこともある。でも、恋愛って、そういうものでしょう? 冷たくされたって、フられたって、なんなら嫌われたって、全然、へっちゃらです。自分は(・・・)、その人のことを、好きだから。好きな人のすることなら、何だって、受け容れることができるはずです。自分を否定されることさえ。だって、価値観を超えて、人一人、愛することは、大変なことですから。それを、私は、この人に求めたのです」

ちらりと、傍らの直緒を見た。


「古海さん、僕は……」


「直緖さんは、黙ってて」

古海は直緖を制した。

「大切なのは、男女の別ではありません。その人を、どれだけ好きか、です」


「僕は、彼が好きです。でも、その一方で、自分の家族に拒絶されるのが怖かった。だから、まず家族に……父と母に……、少しずつ、受け容れてもらおうと思ったんだ」

ゆっくりと、玲音が言った。

「それが、痔の市販薬を見ただけで、母さん、動転しちゃって……。ああ、こりゃ、ダメだと思いました。でも……」

玲音は言葉を切った。


 ちらりと直緖を見、続ける。

「でも、本谷さんとお祖父さんのやりとりを見ていて、思った。血の繋がりって、そう簡単に切れるものじゃないんだ」


「いや、俺とジジイの場合は、そこまで一般的じゃないから。そもそも、俺の方は、縁を切りたいんだけど、古海さんが……」


「直緖さん、あなたはそんな人じゃないはずですよ」

優しく、古海が諭した。

「それに私は、直緖さんと血が繋がっていると思うと、どんな人でも、愛しいんです」

「あんなジジイを……古海さん、悪趣味です」

言いながら、再び、直緖が顔を赤らめる。


 玲音が、少し、笑った。

「本谷さん、僕は、勇気づけられたんですよ、あなたとお祖父さんに!」


「うう、」

直緖は唸った。

「俺とジジイは、なんてことを……」


「自分さえ、しっかりしてたらいいんです。でも……」

不意に、玲音の目に涙がたまった。

「でも彼には、僕のことなんて、まるで見えてないんだ。僕は、恋愛の対象外なんだ!」


「そこは、大丈夫ですよ」

自信あり気に、古海が言った。

「そこは、全く、問題ありません」


「え?」

 玲音が怪訝な顔をした。


 紅潮していた直緖の顔が青ざめた。

「古海さん、まさか……」


「ええ」

古海は、紅茶茶碗を、テーブルに置いた。姿勢を正し、玲音に向き直った。

「帰国したら、すぐにでも、お嬢様を、その先輩の元に差し向けます。何、普通の(・・・)男性なら、イチコロですよ。彼は、確実に腐ります」


直緖に向き直って、にっこりとわらった。

「ね、直緖さん」

「NOVEL DAYS」さんでは、チャットノベルの形で公開しています。

https://novel.daysneo.com/works/38123c9b059eaf7ca42e28fabaafe8bb.html


またそのうち、投稿したいと思います。SSだけではなく、本編ももっと続けたいと考えています。

やりたいことが多すぎて、いろいろオーバーワーク気味です。頑張らなくちゃ。人生は短いのよ!!

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