2話
レイラは足元に生い茂る草へ目を凝らしながら、ゆっくりと森の中を進んだ。
食べられる山菜なら、この辺りにも生えているはずだ。
けれど、いつものように自由に探し回ることはできない。
背後から、ヴェルドラの赤い瞳がじっと自分を追っている。
——『少しでも逃げる素振りを見せれば、今度こそその脚を折る』
先ほど告げられた言葉が蘇り、レイラの足取りは自然と慎重になった。
少し離れただけでも、逃げようとしていると思われるかもしれない。
レイラは背後から注がれる視線を意識しながら、足元の草を一つひとつ確かめていった。
「あ……」
見慣れた若葉を見つけ、しゃがみ込む。
食べられるものだけを選んで摘み、籠の中へ入れていく。
しばらく進むと、少し先の木に小さな赤い実がなっているのが見えた。
レイラはそちらへ向かおうとしたが、その足を止めた。
恐る恐る背後を窺うと、ヴェルドラの赤い瞳と視線が重なった。
「あの……」
『何だ』
「向こうの木に、食べられる実があるので……あそこまで行ってもいいですか?」
ヴェルドラはレイラの示した先へ目を向けた。
『その程度、いちいち我に聞くな。目の届く場所から離れなければ好きにしろ』
「……はい」
レイラは小さく頷くと、木の実のある方へ歩き出した。
その間も、背中に注がれる視線が途切れることはなかった。
木の実を摘み終えると、レイラはすぐに元の場所へ戻った。
それからも、決して遠くへ行かないよう気をつけながら、山菜や木の実を籠へ集めていった。
やがて籠の底が見えなくなるほど集まったところで、レイラは立ち上がった。
「これくらいあれば……」
しばらくは空腹を凌げるだろう。
レイラは籠を抱え直し、ヴェルドラのもとへ戻った。
「お待たせしました」
『…………』
ヴェルドラは何も答えず、踵を返す。
レイラもその後ろをついて、洞窟へと戻った。
洞窟の奥へ入ると、ヴェルドラはそのまま自分の寝床へ向かった。
先ほど鹿を喰らったばかりだからだろう。
大きな身体を丸め、翼を畳む。
そのまま頭を前脚の上へ乗せると、レイラなどもう興味がないとでも言うように目を閉じた。
レイラは少し離れた岩の上へ腰を下ろした。
籠の中の山菜や木の実を取り出し、少しずつ口にしていく。
静かな洞窟の中に、小さな咀嚼の音だけが響いた。
ふと、レイラは丸くなっているヴェルドラへ目を向けた。
「……あの」
『…………』
「ここには……いつからいるんですか?」
ヴェルドラは目を閉じたまま、鬱陶しそうに答えた。
『知らん』
レイラは少しの間、ヴェルドラを見つめた。
「……そうですか」
そう言って、手にしていた木の実を口へ運ぶ。
しばらくして、レイラは再びヴェルドラへ目を向けた。
「……黒竜さん」
ヴェルドラの片目が開いた。
『……その呼び方はやめろと言ったはずだ』
「……すみません」
レイラは小さく謝ると、少し躊躇ってから尋ねた。
「人間のことは……やっぱり嫌いなんですか?」
『嫌い?』
低い声が洞窟に響いた。
『笑わせるな。人間など虫ケラ同然だ』
ヴェルドラは低く鼻を鳴らした。
『……忌々しい虫ケラどもめ。反吐が出る』
その赤い瞳が、僅かに細められる。
『人間なぞ皆、我の玩具だ』
「…………」
レイラは何も言えず、そっと視線を落とした。
分かっていたはずだった。
ヴェルドラにとって、自分は退屈を紛らわせるための玩具でしかない。
それでも、改めてそう言われると、胸の奥がほんの少し沈んだ。
レイラは俯いたまま、また黙って木の実を口にした。
少しの間を置いて、レイラは再び口を開いた。
「……あの」
『今度は何だ』
「今までにも……ここへ迷い込んできた人はいるんですか?」
『……何が言いたい』
「もし、いたなら……その人たちはどうなったのかなって……」
ヴェルドラの赤い瞳と、レイラの視線が重なる。
不安を滲ませたその瞳を一瞥し、ヴェルドラは冷たく言い放った。
『どいつも壊れるまで、存分に弄んでやったわ』
「…………」
レイラの顔から、すっと血の気が引いた。
その瞳に、隠しきれない恐怖が滲む。
ヴェルドラはそんなレイラを、冷めた赤い瞳で見つめた。
『次は貴様かもしれんな』
「……っ」
レイラは息を呑んだ。
『そうなりたくなければ、せいぜい我の機嫌を損ねぬよう努めることだ』
レイラは何も答えられず、視線を落とした。
ただ俯いたまま、自分に訪れるかもしれない結末を憂うことしかできなかった。




