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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
1章【最凶の出会い】

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4話

洞窟には、再び静寂が訪れた。


聞こえるのは、どこか遠くで水の滴る音だけ。


レイラは岩の上で身体を丸めたまま、しばらく動くことができなかった。


全身には、まだ痛みが残っている。


少し身じろぎするだけでも身体の奥が疼いて、先ほどまでの出来事が否応なくよみがえった。


乱れていた呼吸が、ようやく落ち着き始めた頃だった。


「……っ」


きゅう、と小さな音が、静まり返った洞窟に響いた。


レイラははっとして、自分のお腹を押さえる。


昨日、山へ入ってから何も口にしていない。


『……耳障りな音を立てるな、人間』


寝床の奥から不機嫌な声が響き、レイラの肩がびくりと跳ねた。


「す、すみません……昨日から、何も食べていなくて……」


『我が知るか』


「…………」


冷たく突き放され、レイラは俯いた。


けれど、空腹は消えない。


食べられるものを求めて視線を巡らせると、少し離れた場所に、横倒しになった自分の籠が見えた。


若葉は萎れ、散らばった木の実や赤い果実のいくつかは潰れている。それでも、無事なものがわずかに残っていた。


レイラは岩へ手をつき、痛む身体をゆっくりと起こした。


『何をしている』


「昨日採ったものが、まだ少し残っているので……」


籠へ向かって一歩を踏み出した途端、身体の奥に痛みが走る。


「っ……」


力の入らなくなった足がふらつき、レイラはその場へ膝をついた。


『…………』


ヴェルドラは、そんなレイラをしばらく見つめていた。


やがて巨大な尾が岩の上を滑り、レイラのすぐ脇を通り過ぎる。


「……っ!」


また何かされると思い、レイラは身を固くした。


しかし、尾はレイラには触れず、その先に転がっていた籠へ伸びた。


尾先で横倒しになった籠を引き寄せると、散らばっていた木の実や果実もまとめて、レイラの前へ乱暴に押しやった。


『それを食って黙れ』


レイラは驚いたように、目の前の籠とヴェルドラを見比べた。


「あ……ありがとうございます。えっと……」


レイラは言葉の続きを探すように、ヴェルドラの大きな顔を見上げた。


『何だ』


「そういえば……私、あなたのお名前を知らないなって……」


ヴェルドラが僅かに目を細めた。


『我が名を知ってどうする』


咎めるような声に、レイラは籠の縁を握り締めた。


「これから、なんとお呼びすればいいのか分からなくて……。それに……あなたのことを、少しでも知りたいと思ったんです」


『…………』


ヴェルドラは、怯えながらも自分を見上げるレイラを無言で睨みつけた。


『我を呼ぶ必要などない。玩具の分際で我が名を知ろうなど——勘違いも甚だしい』


「……そう、ですか」


レイラは残念そうに目を伏せた。


迷うように視線を彷徨わせたあと、もう一度ヴェルドラを見上げる。


「……ありがとうございます、黒竜さん」


『…………』


ヴェルドラが、ゆっくりとレイラへ顔を向けた。


『誰が黒竜さんだ!』


「え……?」


『勝手にそのような間の抜けた呼び方をするな!』


「では……なんとお呼びすれば……」


『我を呼ぶな!』


「す、すみません……」


レイラは怯えたように身を縮め、籠へ視線を落とした。


それから、籠の中に残っていた赤い果実を一つ拾い上げ、汚れを袖でそっと拭う。


レイラは手の中の果実を見つめたあと、ヴェルドラへ差し出した。


「黒竜さんも……一緒に、どうですか?」


『…………』


ヴェルドラは、レイラの小さな手に載せられた果実を見下ろした。


そして、険しく目を細めた。


『貴様、我の話を聞いていたのか?』


「え……?」


『そのふざけた呼び方をするなと言ったはずだ!』


「す、すみません……」


『それに、我がそのような粗末なものを食うと思うか』


「そう、ですよね……」


レイラはしゅんと肩を落とし、差し出していた果実を引っ込めた。


その姿を見つめていたヴェルドラの胸に、また理由の分からない苛立ちが湧いた。


別に、哀れに思ったわけではない。


ただ、その沈んだ顔が妙に目障りだった。


『……寄越せ』


「え?」


レイラは顔を上げ、ヴェルドラを見つめた。


『一つだけだ。さっさと寄越せ』


「は、はい……」


レイラは戸惑いながら、再び手のひらの果実を差し出した。


ヴェルドラの巨大な顔が、ゆっくりと近づいてくる。


「……っ」


鋭い牙が間近に迫り、レイラの身体が強張った。


けれど、その牙がレイラへ触れることはなかった。


長い舌が手のひらを掠め、赤い果実だけを巻き取っていく。


ヴェルドラは果実を口に含むと、噛み砕くこともなく飲み込んだ。


レイラは目を見開いたまま、一瞬動きを止めた。


それから、ほんの少しだけ嬉しそうに頬を緩める。


「おいしいですか?」


『不味い』


「……そうですか」


レイラの肩が、また小さく落ちた。


『我は肉を喰らう。草の実など好んで食わん』


「そう、ですよね……」


『分かったなら、さっさと残りを食って黙れ』


「はい……」


レイラは籠の中から木の実を一つ拾い上げ、静かに口へ運んだ。


それ以上ヴェルドラへ話しかけることなく、食べられそうなものを選びながら、一つずつ口にしていく。


身体の痛みも、ヴェルドラへの恐怖も、消えたわけではない。


穏やかな食卓とは、あまりにもかけ離れていた。


祖母を亡くしてから、家で食事をするときは、いつも一人だった。


それでも、差し出した果実をヴェルドラが一粒だけ口にした。


誰かと同じものを食べたという、その小さな事実が、レイラの胸の奥に空いていた場所を、ほんの少しだけ満たしていた。


なぜそんなふうに感じてしまうのか、レイラ自身にもまだ分からなかった。

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