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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第8章【番の印】

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4話

沈黙が続くほど、肩口へ触れたレイラの指先に力がこもった。


ヴェルドラは赤い瞳でレイラを見下ろしている。


やがて、低い声が洞窟の中へ響いた。


『だから、我から離れられぬ呪いだと言っただろう』


「でも、イザベラさんは、番の印だと……」


『番だろうが呪いだろうが、同じことだ』


黒い尾がレイラの腰へ巻きつく。


『印があろうとなかろうと、我は貴様を離さん』


強く引き寄せられ、レイラの身体がヴェルドラの胸元へ触れた。


「ヴェルドラさん……」


レイラは黒い鱗へ腕を回した。


「離れません。離れないと、言ったじゃないですか……」


返事はなかった。


けれど、腰に巻きついた尾は緩まない。


レイラは瞼を伏せ、硬い鱗へ頬を寄せた。


「好きです……ヴェルドラさん……」


『……もう喋るな』


低い声とともに、黒い尾がさらに強くレイラを胸元へ引き寄せた。


押しつけられた鱗から、ヴェルドラの熱が伝わってくる。


「ヴェルドラさ——」


名前を呼び終えるより先に、ヴェルドラの口元が重なった。


「……っ」


レイラの瞳が大きく見開かれる。


身体は何度も重ねてきた。それでも、互いの唇が触れたことは一度もなかった。


初めて触れた熱に息を止めたまま、レイラは黒い鱗を掴むことさえ忘れていた。


やがて太い舌が唇を押し開き、口内へ入り込んでくる。舌先まで絡め取られ、息を奪われながら、レイラの指が黒い鱗を強く掴んだ。


ようやく唇が離れたときには、レイラの呼吸はすっかり乱れていた。


「んっ……」


頬に触れた舌が、そのまま首筋へと下りていく。


番の印を確かめるように肩口を舐められ、身体の奥が甘く震えた。


「そこ……」


黒い尾がレイラの身体を持ち上げ、岩床へ横たえる。


ヴェルドラに覆いかぶさられれば、洞窟の明かりさえ遮られた。


視界を埋め尽くす漆黒の巨体に、恐ろしさよりも安堵を覚えてしまう。


彼の下にいる。


どこへも行けないほど強く、捕らえられている。


「ヴェルドラさん……」


『喋るなと言ったはずだ』


咎める声とは裏腹に、黒い鼻先はレイラの頬から離れなかった。


名前を呼ぼうと唇を開けば、再び深く口づけられる。


今度は、レイラも黒い鱗へ縋りつき、入り込んできた舌へ自ら舌先を重ねた。


腰へ巻きついた尾に抱え込まれ、ヴェルドラの熱に包まれていく。


玩具を見る目なのかもしれない。


そこに人間が呼ぶ愛など、少しもないのかもしれない。


それでも今は、この赤い瞳に映るものが自分だけであることが嬉しかった。


レイラは首元へ腕を回し、離れまいと強く抱きしめた。


それからどれほどの時間が過ぎたのだろう。


荒い呼吸が静まるまで、レイラはヴェルドラの胸元へ抱き寄せられていた。


腰に巻かれた尾も、身体を覆う翼も、離れる気配はない。


レイラはまだ熱の残る頬を黒い鱗へ寄せた。


「ヴェルドラさん……私、嬉しいです」


『何がだ』


レイラは肩口へ触れた。


「ヴェルドラさんの番になれたことが、です」


赤い瞳が僅かに細められる。


「たとえ玩具のままでも……こうして印を刻んでもらえたことが、嬉しいんです」


ヴェルドラは何も言わなかった。


その沈黙を拒絶とは思わず、レイラはしばらく彼の胸元へ頬を預けていた。


「あの……ヴェルドラさん。番というのは、人間でいう夫婦のようなものですよね?」


『人間どもの風習を我に当てはめるな』


すぐに不機嫌な声が返ってくる。


「でも、生涯にただ一頭だけなんですよね」


ヴェルドラは答えなかった。


レイラは首元へ手を伸ばし、首飾りの留め具を外した。


細い鎖の先で、青い石が揺れる。


赤い瞳がその石へ向けられた。


「知っていますか? 人間は結婚すると、相手に指輪を贈り合うんです」


レイラはヴェルドラの爪へ両手を添えた。


細い鎖を爪の付け根へ回し、留め具を繋ぐ。


「ヴェルドラさんは大きいので……これが、指輪の代わりです」


『いらん』


ヴェルドラは吐き捨てるように答えた。


『人間の儀式などに興味はない』


それでも、爪へ巻かれた首飾りを振り払おうとはしなかった。


レイラの口元に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。


『何を笑っている』


レイラは答えず、青い石へそっと指先を触れた。


ヴェルドラは不機嫌そうに顔を背けたが、首飾りを外すことはなかった。


その爪先で、青い石が小さく揺れていた。

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