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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第8章【番の印】

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3話

イザベラは、レイラの肩口に刻まれた紋様から目を離さなかった。


『竜が生涯にただ一頭にしか刻まない印を……』


琥珀色の瞳が、ヴェルドラへ向けられる。


『私には一度も刻まなかった印を、その人間には刻んだのね』


レイラの指先が、黒い紋様の上で止まった。


生涯に、ただ一頭。


その言葉の重さを確かめるように、レイラはヴェルドラを見上げた。


『なぜ、その人間なの?』


ヴェルドラの爪が、岩床を強く擦った。


『黙れ』


『答えられないの?』


『貴様には関係ない』


吐き捨てるような声が、洞窟の空気を震わせる。


それでもイザベラは退かなかった。


しばらくヴェルドラを見据えたあと、何かを嘲るように僅かに目を細める。


『人間の女と過ごすうちに、あなたまで随分と人間じみたものね』


ヴェルドラの赤い瞳が、鋭く細められた。


『何だと』


『まさか、その人間を愛しているとでもいうの?』


その瞬間、ヴェルドラの喉から激しい唸り声が上がった。


『愛などという人間どもの言葉で、我を語るな!』


怒声が洞窟の壁へ反響し、レイラの肩が震えた。


『レイラは我の玩具だ。それ以外の何ものでもない』


胸の奥に広がりかけていた熱が、一瞬で冷えていく。


昨夜、好きだと伝えた。


何度も名前を呼び、離れたくないと告げた。


ヴェルドラは何も答えなかった。


それでも番の印を刻まれたのなら、自分はヴェルドラにとって特別なのではないかと、また期待してしまいそうになった。


けれど、ヴェルドラが口にしたのは、これまでと同じ言葉だった。


玩具。


レイラは肩口へ触れたまま、俯いた。


イザベラが冷ややかに鼻を鳴らす。


『ただの玩具だというのなら、その番の印は何なの?』


ヴェルドラは答えなかった。


『竜が生涯にただ一頭にしか刻まないものを、あなたはその人間へ刻んだのよ』


黒い爪が、岩床へ深く食い込む。


『それでもまだ、玩具だと言い張るつもり?』


『貴様には関係ないと言っている』


イザベラはしばらく赤い瞳を見返していたが、やがてふっと鼻を鳴らした。


『……まあ、いいわ』


純白の翼を畳み直し、堂々と顔を上げる。


琥珀色の瞳が、真っ直ぐにヴェルドラを見据えた。


『私を番にしなかったことを、いつか後悔させてあげる』


ヴェルドラは何も答えない。


『あなたよりも、ずっと私にふさわしい雄を見つけてみせるわ』


イザベラは高く顎を上げると、ヴェルドラへ背を向けた。


純白の翼が、洞窟の入り口でゆっくりと広げられる。


「イザベラさん」


呼び止められ、琥珀色の瞳だけが振り返った。


レイラは一度唇を開いたものの、すぐには声が出なかった。


『何?』


「イザベラさんなら、きっと見つけられると思います」


イザベラの瞳が鋭く細められた。


『あなたに慰められるつもりはないわ』


「慰めたつもりではありません」


レイラは肩口から手を離し、イザベラを見上げた。


「本当に、そう思っただけです」


しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。


イザベラはレイラの顔を見つめている。


そこに嘲りも、勝ち誇るような色もないことを確かめるように。


「もしよければ……」


レイラは僅かに迷いながらも、言葉を続けた。


「また、お話しできたら嬉しいです」


イザベラの琥珀色の瞳が、僅かに見開かれた。


『何を……』


「イザベラさんのことを、私はまだ何も知りませんから」


イザベラは何も答えず、レイラを見つめ続けた。


やがて呆れたように、小さく息を吐く。


『……変わった人間ね』


それが拒絶なのか、そうでないのか、レイラには分からなかった。


イザベラはそれ以上何も言わず、洞窟の外へ踏み出した。


純白の翼が風を巻き起こす。


木々の葉が激しく揺れ、純白の巨体が空へ舞い上がった。


レイラは洞窟の入り口へ目を向けたまま、その姿を見送った。


イザベラは一度も振り返らなかった。


やがて翼の音が遠ざかり、純白の姿が山の向こうへ消えていく。


洞窟の中へ、静けさが戻った。


レイラの前を遮っていた黒い尾が、ゆっくりと退けられる。


残されたのは、レイラとヴェルドラだけだった。


レイラは肩口へ手を伸ばした。


生涯にただ一頭。


二度と代わりのきかない相手。


確かにそこには、ヴェルドラが刻んだ番の印がある。


それなのに、彼は自分を玩具だと言った。


「ヴェルドラさん……」


レイラが呼びかけると、赤い瞳が向けられた。


「どうして、私にこの印を刻んだんですか?」


ヴェルドラは答えなかった。


レイラから目を逸らすことも、肯定することもない。


番の印と、玩具という言葉。


相反する二つの意味だけが、沈黙の中に残されていた。

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