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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第8章【番の印】

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2話

レイラはヴェルドラの胸元にもたれたまま、眠り続けていた。


牙を立てたときの、柔らかな肌の感触が口元に残っている。


雌竜と身体を重ねたことは何度もあった。それでも、誰かを番にしようと思ったことはない。


玩具として手元に置いていた人間だ。


そう思っていた。


それなのに、なぜレイラに。


赤い瞳が、肩口に刻まれた紋様へ戻る。


ヴェルドラは目を閉じることなく、黒い線を見つめ続けた。


やがて洞窟の外が白み始める。


浅かったレイラの呼吸が落ち着くと、ヴェルドラは胸元にもたれていた身体を毛布の上へ横たえた。


それでも、そのそばから動くことはなかった。


レイラが目を開けた頃には、洞窟の外はすっかり明るくなっていた。


「……おはようございます、ヴェルドラさん」


レイラはゆっくりと身を起こした。


身体には昨夜の疲れが残り、肩口には鈍い痛みがある。


顔を洗おうと泉へ向かい、水をすくうために身を屈めたとき、水面に映った自分の姿へ目が留まった。


肩口に、黒い紋様が浮かんでいる。


「何、これ……?」


レイラは水面に映る紋様を見つめた。


昨夜、牙を立てられた痕を囲うように、見覚えのない黒い線が刻まれている。


「あの、肩に変な模様が……」


泉のそばにいたヴェルドラが、レイラの肩口へ目を向けた。


『知らん』


「でも、昨日まではこんな模様なかったのに……」


ヴェルドラは何も答えず、紋様から目を逸らした。


レイラは濡れた手を止め、水面へ視線を落とす。


今も、紋様のことを教えてはくれない。


レイラの表情が、静かに翳る。


しばらくして、ヴェルドラが低く告げた。


『我から離れられなくなる呪いだ』


「呪い……?」


レイラは再び肩口へ目を向けた。


そんなものを刻まなくても、自分は離れないと言ったのに。


ヴェルドラは、あの言葉を信じていないのだろうか。


それとも、玩具を手元から逃がさないために、本当に呪いをかけたのだろうか。


レイラは肩口を覆うように衣服を整え、納得できない思いを残したまま朝の支度を始めた。


身の回りを整え、ひと息ついた頃、洞窟の外から翼の音が聞こえてきた。


木々が大きく揺れ、純白の竜が洞窟の前へ降り立つ。


ヴェルドラの赤い瞳が鋭く細められた。


『まだこの山にいたのか』


『ええ。朝になれば、あなたの頭も少しは冷えると思ってね』


イザベラは翼を畳むと、ヴェルドラの視線をものともせず、洞窟の中へ足を踏み入れた。


『昨夜は、玩具との戯れを楽しめたかしら?』


ヴェルドラは答えず、赤い瞳でイザベラを見返した。


レイラが無意識に肩口へ手をやる。


その動きを追ったイザベラの視線が、衣服の隙間から覗く黒い紋様で止まった。


イザベラはしばらく口を開かなかった。


琥珀色の瞳が大きく見開かれ、その表情から余裕が消えていく。


『……まさか、その紋様は』


黒い尾がレイラの前へ伸び、イザベラとの間を遮った。


それでもイザベラは、尾の向こうにあるレイラの肩口を見つめている。


『どうして、その人間に番の印があるの』


「番の……印?」


ヴェルドラの喉から、低い唸りが漏れた。


『イザベラ』


名を呼ばれても、イザベラの視線はレイラから離れなかった。


『人間に番の印を刻む竜など、聞いたこともないわ』


驚きに揺れていた声へ、次第に怒りが滲んでいく。


『番など必要ないと言っていたくせに』


イザベラの尾が、岩床へ強く打ちつけられた。


乾いた音が洞窟の中へ響く。


『あなたが番を持つのなら、私以外にあり得ないでしょう』


琥珀色の瞳が、レイラの肩口に刻まれた黒い紋様を睨みつける。


『それなのに、よりによってその人間を選んだの?』


レイラは肩口の紋様へ触れた。


番の印。


人間の自分が、ヴェルドラの番。


指先で黒い紋様をなぞる。


昨夜、好きだと伝えても、ヴェルドラは何も答えてくれなかった。


それなのに、なぜ自分へこの印を刻んだのだろう。


なぜ今朝、呪いだと言ったのだろう。


レイラは答えを求めるように、ヴェルドラを見上げた。


赤い瞳が向けられる。


「ヴェルドラさん……」


呼びかけても、ヴェルドラは何も言わなかった。


何を尋ねればいいのか分からず、レイラは肩口を押さえたまま視線を伏せた。

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