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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第8章【番の印】

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1話

黒い鼻先が、レイラの首筋へ強く押しつけられた。


ヴェルドラは何度も匂いを確かめるように顔を擦り寄せ、熱い吐息を肌へ浴びせる。


毛布の上へ押さえ込まれたレイラは、逃げ道を塞ぐ前脚へ震える手を添えた。


「ヴェルドラさん……」


名を呼んだ途端、ヴェルドラの喉から低い音が漏れた。


黒い尾が岩床を強く打ち、そのままレイラの腰へ巻きつく。


細い身体が引き寄せられ、レイラは小さく息を呑んだ。


先ほどまでとは違う。


触れ方も、押しつけられる熱も、何もかもが激しかった。


「待って……ヴェルドラさ——」


最後まで言わせることなく、ヴェルドラはレイラを求めた。


『我から離れようとした罰だ』


「そんな……」


『村へ戻るなどと、二度と口にするな』


低く言い放たれ、レイラは黒い鱗を強く掴んだ。


ヴェルドラの胸元から伝わる熱に包まれ、乱れた呼吸の合間から何度もその名が零れる。


「ヴェルドラさん……」


名前を呼ぶたび、赤い瞳の奥に宿る熱が強くなった。


ヴェルドラはレイラの頬へ鼻先を押しつけ、その顔を背けることさえ許さない。


目の前には、自分だけを映す赤い瞳がある。


繁殖地では、どの雌竜も選ばなかった。


イザベラさえ抱かず、ヴェルドラはここへ戻ってきた。


今、その身体に求められているのは自分だけだった。


そう思うだけで、胸の奥が震えるほど嬉しくなる。


けれど、イザベラの言葉は消えてくれなかった。


——『なら、気が済むまでその人間を抱けばいいわ』


今だけなのかもしれない。


発情期の熱が過ぎれば、何も変わらない。


自分はこれからも玩具のまま、いつか飽きられる日を怯えながら待つことになる。


それでも、ヴェルドラから離れたくなかった。


「ヴェルドラさん……」


レイラは黒い首元へ両腕を回し、縋るように抱きついた。


ヴェルドラの喉から、さらに深い唸り声が漏れる。


首元へ触れたレイラの身体を抱え込むように、黒い尾へ力がこもった。


レイラは離れようとせず、何度もヴェルドラの名を呼んだ。


呼ぶたびに、涙が一つずつ頬を伝っていく。


『何を泣いている』


「違うんです……嫌なわけでは、なくて……」


なぜ涙が止まらないのか。


レイラにも上手く言葉にできなかった。


こうして求められることが嬉しい。


自分だけを見つめる赤い瞳から、目を逸らしたくない。


玩具でしかない自分が、それ以上を望んではいけない。


そう分かっているのに、ヴェルドラを求める気持ちは抑えられなかった。


黒い鼻先が頬へ触れ、流れた涙を乱暴に拭う。


その僅かな仕草だけで、胸の奥へ押し込めていたものが崩れていく。


「ヴェルドラさん……」


何度も名前を呼ぶ。


呼ばずにはいられなかった。


ヴェルドラがここにいることを確かめるように、レイラは涙を流しながら首元へ縋り続けた。


『何度呼ぶつもりだ』


「ごめんなさい……でも……」


レイラはヴェルドラの首元へ回した腕に力を込めた。


「好き……」


自分の口から零れた声に、レイラ自身が息を止めた。


ヴェルドラの動きも止まる。


赤い瞳が、首元へ縋りつくレイラを見下ろした。


『何と言った』


「何も……」


『我に嘘をつくな』


レイラは堪えきれず、黒い首元へ顔を埋めた。


「聞かないでください……」


黒い鼻先が頬へ押し当てられ、隠そうとした顔を無理やり上げさせる。


『もう一度言え』


「言えません……」


『言え、レイラ』


名を呼ばれ、レイラの瞳から新たな涙が溢れた。


イザベラのように、ヴェルドラと釣り合う竜ではない。


自分は人間で、ヴェルドラに捕らえられた玩具にすぎない。


それでも、もう隠し続けることはできなかった。


「こんな感情……持っては駄目だって、分かっているのに……」


声が震える。


「それでも……ヴェルドラさんが、好きです……」


涙に濡れた言葉が、洞窟の中へ落ちた。


ヴェルドラは答えなかった。


赤い瞳の奥で燃えていた熱が、一気に膨れ上がる。


黒い爪が岩床を深く抉った。


次の瞬間、レイラの身体がヴェルドラの胸元へ強く引き寄せられた。


「ヴェルドラさん……!」


『二度と我から離れようとするな』


レイラは黒い首元へ回した腕に力を込め、縋るように抱きしめた。


「離れません……」


乱れた息の合間に、震える声が続く。


「離れたくないです……。だから……そばにいてください……」


返事の代わりに、腰へ巻きついた尾がレイラをさらに強く引き寄せる。


それからレイラは、声が掠れてもヴェルドラの名を呼び続けた。


「好き……ヴェルドラさんが、好きです……」


その言葉を聞くたび、ヴェルドラは確かめるようにレイラを深く抱え込む。


レイラの身体には、もうほとんど力が残っていなかった。


それでも首元へ回した腕だけは離さず、ヴェルドラの熱を受け止め続ける。


やがて意識まで熱に溺れかけたとき、鋭い牙がレイラの肩口へ深く食い込んだ。


「っ……!」


突然の痛みに、レイラの身体が大きく震える。


それでも、黒い首元へ回した腕を解くことはなかった。


ヴェルドラの牙がさらに深く沈み、肩口から滲んだ血が白い肌を伝った。


やがて牙が抜かれると、首元へ回されていた腕からゆっくりと力が失われる。


「ヴェルドラさん……」


掠れた声を最後に、レイラはヴェルドラの胸元へもたれかかった。


激しく上下していた胸が、次第に緩やかになっていく。


身体を起こす力も残っていないまま、レイラは気を失うように目を閉じた。


やがてヴェルドラの視線が、レイラの肩口で止まった。


自ら残した牙の痕を囲うように、見覚えのある黒い紋様が刻まれている。


ヴェルドラの赤い瞳が見開かれた。


番の証。


自ら牙を立てたはずなのに、なぜこの女へそれを刻んだのか、ヴェルドラ自身にも分からなかった。

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