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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第9章【命の兆し】

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1話

それから数日間、ヴェルドラの発情が鎮まるまで、レイラは朝も夜もなく求められた。


身体を重ね、疲れ果てて眠りに落ちても、目を覚ませば黒い尾に捕らえられている。


一日に何度抱かれても、しばらくすればヴェルドラは再びレイラを欲しがった。


そしてあの日を境に、名前を呼ぶレイラの唇を、ヴェルドラは何度も塞ぐようになった。


その間も、漆黒の爪には青い石の首飾りが巻かれたままだった。


やがて発情期が終わり、洞窟には、それまでが嘘だったかのような穏やかな時間が戻ってきた。


ヴェルドラは以前と変わらず狩りへ出かけ、レイラも食事を作り、衣服を洗い、洞窟の周囲で食べられるものを集めて過ごした。


それから、三週間ほどが過ぎた頃だった。


洞窟の入り口から差し込む光に気づき、レイラはゆっくりと瞼を開いた。


すでに陽は高く昇っている。


普段なら、とっくに起きて朝の支度を始めている時間だった。


身体を起こそうと岩床へ手をついたものの、腕に思うような力が入らない。


レイラは再び毛布へ身体を預けた。


「……どうしたんでしょう」


独り言のように呟き、額へ手を当てる。


身体が重い。


昨夜は早く眠ったはずなのに、まだ目を閉じていたかった。


発情期の間、ろくに休むこともできなかった。その疲れが、今になって残っているのかもしれない。


そう思いながら、レイラはもう一度身体を起こした。


洞窟の奥にはヴェルドラの姿がない。


狩りへ出ているのだろう。


レイラは毛布を畳み、いつものように朝の支度を始めた。


けれど、少し動いただけで身体が重くなる。


泉の水を汲み、焚き火のそばまで運んだところで、レイラはその場へ腰を下ろした。


胸元へ手を当て、静かに呼吸を整える。


「少し、休めば……」


そのとき、洞窟の外から大きな翼の音が聞こえた。


風が吹き込み、焚き火の炎が大きく揺れる。


獲物を咥えたヴェルドラが洞窟へ降り立った。


赤い瞳が、焚き火のそばに座り込んでいるレイラへ向けられる。


『何をしている』


「少し疲れたので、休んでいただけです」


ヴェルドラは咥えていた獲物を岩床へ落とすと、レイラへ顔を近づけた。


『まだ寝足りぬのか』


「今日は、少し眠りすぎてしまいました」


『貴様はいつも眠っているだろう』


「そこまでではありません」


いつものように答えたものの、声に力が入らない。


ヴェルドラの鼻先が、レイラの額へ触れた。


突然のことに、レイラは僅かに目を見開く。


熱い吐息が髪を揺らし、赤い瞳が間近からレイラを見据えた。


『熱いな』


「少し熱があるのかもしれません」


『少しではない』


低い声とともに、黒い尾がレイラの身体へ巻きついた。


そのまま持ち上げられ、ヴェルドラの胸元へ引き寄せられる。


「ヴェルドラさん、食事の支度が……」


『寝ていろ』


「でも……」


『我に同じことを言わせるな』


有無を言わせぬ声に、レイラは黒い鱗へ頬を預けた。


身体を支えていた力を抜くと、再び瞼が重くなっていく。


「少しだけ、休みますね」


ヴェルドラは答えなかった。


それでもレイラが眠りにつくまで、胸元へ巻きついた尾が緩むことはなかった。


翌日になっても、身体の怠さは消えなかった。


その翌日も、レイラは普段より長く眠り、起き上がってもすぐに疲れてしまった。


食欲も、少しずつ落ちている。


休めば治ると思っていた身体は、数日が過ぎても元には戻らなかった。


ヴェルドラは狩りへ出る時間を短くし、洞窟へ戻るたび、レイラの額や頬へ鼻先を押し当てた。


レイラが立ち上がれば赤い瞳が動きを追い、洞窟の外へ出ようとすれば、すぐに尾が腰へ巻きつく。


その日も、レイラは毛布の上に座ったまま、しばらく迷っていた。


やがて意を決し、すぐそばに伏せているヴェルドラへ顔を向ける。


「ヴェルドラさん……少しだけ、村へ行ってきてもいいですか?」


赤い瞳が、ゆっくりとレイラへ向けられた。


『何をしに行く』


「お医者さまに診てもらおうと思って……」


『ならん』


「でも、何日休んでも治らないので……一度、診てもらった方がいいと思うんです」


ヴェルドラは何も答えず、ゆっくりと身体を起こした。


黒い尾がレイラの腰へ巻きつき、その身体を持ち上げる。


「ヴェルドラさん?」


『貴様の足で山を下りていては、日が暮れる』


レイラの身体が、そのままヴェルドラの前脚へ抱え込まれた。


「村の近くまで、連れていってくださるんですか?」


『黙って掴まっていろ』


レイラは僅かに微笑み、黒い鱗へ腕を回した。


「ありがとうございます」


『礼などいらん』


大きな翼が空気を打ち、漆黒の巨体が洞窟の前から舞い上がる。


レイラはヴェルドラの前脚に抱えられたまま、眼下に広がる木々を見下ろした。


山を越える風は冷たく、熱を持った頬に心地よい。


けれど、遠くに見え始めた村の屋根を眺めているうちに、再び身体が重くなっていく。


レイラを抱える前脚に、僅かに力がこもった。


ヴェルドラは村へ近づくことなく、以前と同じ森へ降り立った。


木々の向こうには、村へ続く道が見えている。


ヴェルドラは前脚に抱えていたレイラを、ゆっくりと地面へ下ろした。


「ここからは歩いていけます」


ヴェルドラは前脚をすぐには退けなかった。


赤い瞳でレイラを見下ろし、その足元が揺れていないことを確かめるように、しばらく動かなかった。


「大丈夫です。診てもらったら、すぐに戻ってきます」


ようやく前脚が退けられる。


『当然だ』


「ここで待っていてくださいね」


『さっさと行け』


不機嫌そうな声に、レイラは小さく笑った。


「行ってきます」


レイラは村へ続く道へ足を向けた。


木々の間を歩きながら、一度だけ振り返る。


ヴェルドラは森の中に立ったまま、レイラを見ていた。


その姿が木々に遮られて見えなくなっても、赤い瞳が自分の背中を追っていることだけは分かっていた。

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