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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第7章【黒竜の渇望】

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1話

ラルクが山を去ってから、三ヶ月ほどが過ぎた。


洞窟には再び、二人だけの日常が戻っていた。


朝になればレイラが目を覚まし、薪を足して火を起こす。ヴェルドラが狩りから戻れば、その獲物を二人で食べられるように整える。晴れた日には洞窟の外へ出て薬草を摘む。


何かが劇的に変わったわけではない。


ヴェルドラは相変わらず尊大で、レイラを自分の所有物として扱った。機嫌を損ねれば尾で行く手を塞ぎ、勝手に遠くへ行こうとすれば、首根をつかんで連れ戻した。


ただ、レイラのほうは以前ほど彼を恐れなくなっていた。


夜、ヴェルドラが身体を求めることもあった。


初めの頃のように、レイラが身を固くして耐えるだけの夜ではない。腕を伸ばせば、おずおずとではあってもその背へ回される。名を呼べば、かすかな声で呼び返される。


行為が終わる頃には、レイラはヴェルドラの胸元へ頬を寄せ、そのまま力尽きたように眠ってしまう。


そんなレイラを見下ろすたび、ヴェルドラは妙な気分になった。


人間の女が自分に馴染みつつある。


それは決して悪いことではない。


手に入れた玩具が主人を受け入れ、従順になっているだけだ。


その程度には、穏やかな日々だった。


そんな日々が続く中、ヴェルドラの身体に変化が現れ始めた。


最初に気づいたのは、腹の奥へ沈む熱だった。


食事をしても消えない。


冷たい水を浴びても、夜風の中を飛んでも冷めることのない、鈍く重い熱。


ヴェルドラには、その正体がすぐにわかった。


発情期が近い。


ドラゴンにとって、珍しいことではない。


一定の周期で訪れ、一週間ほど続く。時期が来れば雄も雌も繁殖地へ集まり、それぞれ相手を選んで衝動を鎮める。


ヴェルドラも、封印される以前には何度も経験していた。


だが、山へ縛りつけられていた数百年の間は、繁殖地へ向かうことなどできなかった。


結界の内側をひたすら飛び、獣を狩り、暴れ回り、それでも収まらぬ熱が過ぎ去るのを待った。運悪く山へ迷い込んだ人間の女を抱いたこともあったが、所詮は一時しのぎにしかならない。


竜の本能を満たせるのは、同族だけだった。


今はもう、繁殖地へ向かうことを阻むものはない。


ならば、昔と同じように繁殖地へ行けばよい。


そう結論づけていたはずだった。


それにもかかわらず、ヴェルドラの足はすぐには山を離れなかった。


代わりに、狩りへ出る回数が増えた。


夜明け前に洞窟を飛び立ち、昼過ぎに戻ったかと思えば、日が沈む前にまた翼を広げる。必要以上の獲物を仕留め、血の匂いをまとったまま帰ってくる日もあった。


飛び続ければ、身体の熱を紛らわせられる。


獲物の骨を砕けば、苛立ちもわずかに薄れる。


だが、洞窟へ戻った瞬間、その努力は無駄になった。


レイラの匂いがする。


焚き火の煙や薬草に混じった、柔らかな人間の女の匂い。


それを嗅ぐだけで、腹の奥の熱が再び膨れ上がった。


『……貴様、今日どこへ行った』


夕刻、戻ったヴェルドラは、食事の支度をしていたレイラの背後へ立った。


「川辺です。洗濯と、少し薬草を摘みに」


『それだけか』


「はい」


答えを聞いても、ヴェルドラは離れなかった。


レイラの肩へ顔を寄せ、首筋から髪へ、執拗に鼻先を這わせる。


「ヴェ、ヴェルドラさん……?」


森の湿った土。


薬草。


水。


ほかの獣や人間の匂いはない。


それを確かめて、ようやく胸の奥のざわめきが静まった。


『我の許しなく遠くへ行くな』


「遠くへは行ってないですけど……」


『口答えするな』


低く言い放つと、尾がレイラの腰へ巻きついた。


逃がすまいとするように引き寄せる。細い身体がヴェルドラの胸へぶつかり、レイラが小さく息を呑んだ。


「少し、苦しいです」


その一言に、尾の力が緩んだ。


レイラはほっとしたように息を吐く。


その様子を見て、ヴェルドラの眉間に深い皺が刻まれた。


この女は我のものだ。どのように扱おうが、我の勝手ではないか。


『……軟弱な人間め』


吐き捨てるように言いながらも、ヴェルドラは尾を巻いたままレイラをそばへ置いた。


「やっぱり、どこか悪いのではありませんか?」


『何がだ』


「このところ、ずっと落ち着かないように見えます。狩りへ出る回数も増えましたし……」


『我がいつ狩りへ出ようと、我の勝手だ』


「それはそうですけど、いつもと違います」


『我は何ともない』


「本当ですか?」


『しつこいぞ』


レイラはそれ以上何も言わなかった。


だが、その夜もヴェルドラはほとんど眠れなかった。


洞窟の奥では、レイラが乾いた草と毛布で作った寝床に横たわっている。


少し離れているはずなのに、呼吸の音も、鼓動も、匂いも、すべてが鮮明に感じられた。


意識するほどに、腹の底の熱が膨れ上がっていく。


ヴェルドラは舌打ちをすると、身を起こした。


洞窟の外へ出て、夜の山を仰ぐ。


風の中に、かすかな匂いが混じっていた。


遠く離れた地に集まり始めた、同族の気配。


繁殖地が開く合図だった。


翌朝。


レイラが目を覚ますと、ヴェルドラは洞窟の入口に立っていた。


すでに出かけるつもりなのか、その背には黒い翼が広がっている。


「狩りですか?」


『違う』


短く答えて振り返る。


『我は七日ほど、ここを離れる』


「七日も……?」


レイラの表情が曇った。


『食料は置いていく。水も薪も足りるはずだ』


「どこへ行くんですか?」


『貴様が知る必要はない』


突き放すように言うと、レイラは口を閉じた。


いつもなら、それで話は終わる。


だが、その日は俯いたまま、服の裾を握っている。


「……帰って、きますよね」


その小さな声には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。


ヴェルドラは目を細めた。


『愚問だ。ここは我の棲み処だぞ』


「そう、ですよね」


レイラは安心したように小さく笑った。


『よく聞け、レイラ』


名を呼ばれ、レイラが顔を上げる。


『我が戻るまで、山を下りるな。洞窟の周囲からも離れるな』


「はい」


『それから——』


ヴェルドラは巨大な顔をレイラへ近づけ、赤い瞳で見据えた。


『逃げようなどと考えるなよ』


レイラは一瞬だけ目を見開いた。


それから、困ったように眉を下げる。


「逃げません」


『その言葉、忘れるな』


洞窟の外へ進み、巨大な翼を広げると、土埃が舞い上がった。レイラは髪と服を押さえながら、その場に立って彼を見上げていた。


「お気をつけて、ヴェルドラさん」


黒竜は答えず、大地を蹴った。


翼を打つたびに、洞窟も、レイラの姿も小さくなっていく。


目指すのは、山脈をいくつも越えた先。


人間が足を踏み入れることのない、竜たちの繁殖地。


風の向こうから漂う同族たちの気配を辿り、黒竜はさらに速度を上げた。

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