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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第6章【白竜の来訪】

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4話

翌朝、レイラが目を覚ますと、洞窟の入り口は淡い朝の光に満たされていた。


身体を起こし、肩からずり落ちた毛布を掛け直す。


入り口近くでは、ラルクが外へ顔を向けたまま伏せている。


泉のそばでは、ヴェルドラが目を閉じていた。


「おはようございます、ヴェルドラさん」


赤い瞳が、すぐに開いた。


「ラルクさんも、おはようございます」


『おはよう、レイラ』


『朝から騒ぐな』


「すみません」


レイラは毛布を畳むと、寝床の脇へ置いた。


それから水と新しい布を用意し、ヴェルドラの前脚へ近づく。


「傷を見せてください」


『またか』


「治るまでは毎日見ます」


ヴェルドラは面倒そうに顔を背けたものの、前脚を引くことはなかった。


レイラは巻かれていた布を解き、傷口へ残った薬草を取り除いていく。


その様子を入り口から眺めていたラルクが、ゆっくりと顔を上げた。


『君が、人間に手当てをさせるなんてね』


『こいつがうるさいから、好きにさせているだけだ』


レイラは二頭の会話を聞きながら、新しい薬草を傷口へ当てた。


昨日よりも血は滲んでおらず、傷は少しずつ塞がり始めている。


「これなら、もう数日でよくなりそうです」


『ならば、もう触る必要はない』


「完全に治るまでは駄目です」


布を巻き終えると、レイラは使ったものを片づけ、壁際に置かれていた籠を手に取った。


「近くで、山菜と木の実を採ってきます」


ヴェルドラの赤い瞳が、レイラへ向けられた。


『必要ない』


「持ってきた食材だけでは、すぐになくなってしまいますから」


『ならば、獲物を喰えばいい』


「私は、ヴェルドラさんたちのようには食べられません」


籠を手に洞窟の入り口へ向かうと、ラルクが身体を起こした。


『僕も一緒に行こうかな』


ヴェルドラの尾が、ラルクの前へ叩きつけられる。


『貴様がついていく必要はない』


『少し、この辺りを見てみたいだけだよ』


『一人で行け』


『一人で見ても、面白くないだろう?』


赤い瞳が険しく細められる。


『我の玩具に近づくな』


『別にいいじゃないか。少し興味があるだけだよ』


ラルクは黒い尾を避け、その横を悠然と通り過ぎた。


レイラは困ったように二頭を見比べる。


「あの、本当に近くまでですから」


『我の気配が届かぬところまで行くな』


「はい」


レイラは素直に頷き、洞窟の外へ足を踏み出した。


ラルクも当然のようにそのあとへ続く。


『おい』


ヴェルドラの低い声に、白銀の巨体が足を止めた。


『その女に触れれば殺す』


ラルクは振り返り、赤い瞳を見つめ返した。


『分かっているよ』


穏やかな声で答えると、今度こそレイラのあとを追って木々の間へ入っていった。


朝露に濡れた草を踏みながら、レイラは洞窟の周りをゆっくりと歩いていく。


木々の隙間から差し込む光が、白銀の鱗へ淡く反射していた。


レイラが足元へ屈み込むと、ラルクもその手元を覗き込む。


『それを食べるの?』


「はい。柔らかい葉は、煮込むと美味しいんです」


摘み取った山菜を、手にした籠へ入れる。


ラルクはその隣に生えているよく似た草へ鼻先を近づけた。


『こっちは?』


「そちらは食べられません。よく似ていますけど、口にするとお腹を壊してしまいます」


『僕には同じものに見えるけどね』


「葉の形が少し違うんです」


レイラは二つの葉を並べ、指先でその違いを示した。


ラルクはしばらく眺めたあと、興味を失ったように顔を上げる。


『人間は、食事をするだけでも大変だね』


「慣れてしまえば、それほどでもありませんよ」


レイラは微笑み、再び山菜を摘み始めた。


しばらく歩くと、木々の間に赤い実をつけた枝が見えた。


レイラは背伸びをして手を伸ばしたものの、実のついた枝には指先が届かない。


もう一度つま先立ちになったとき、白銀の尾が頭上を通り過ぎた。


尾の先が枝へ巻きつき、レイラの手が届くところまで静かに引き下ろす。


「ありがとうございます、ラルクさん」


『どういたしまして』


レイラは赤い実を摘み、籠へ入れていく。


その様子を見下ろしながら、ラルクが口を開いた。


『昨日、彼のところへ帰ると約束したと言っていたね』


「はい」


『どうして?』


レイラの手が止まる。


「どうして、というのは……」


『村へ残ることもできたんだろう?』


「……はい」


ラルクは急かすことなく、レイラの答えを待っている。


レイラは摘み取った実を掌へ載せたまま、僅かに目を伏せた。


『彼が怖くないの?』


「怖いです」


迷いのない答えに、淡い水色の瞳がレイラへ向けられる。


「今でも、怒っているヴェルドラさんを見ると身体が竦みます」


『それなら、どうしてここにいるの?』


レイラはすぐに答えられず、摘み取った実を籠へ入れた。


「村に残っても、きっとヴェルドラさんのことが気になっていたと思います」


『彼の何が、そこまで気になるの?』


レイラの指先が、胸元の首飾りへ触れる。


「それは、私にもまだ分かりません」


青い石を指先で包み、ヴェルドラのいる洞窟の方角へ目を向ける。


「だから、もっと知りたいんです。ヴェルドラさんのことを」


ラルクは何も言わず、その横顔を見つめた。


やがて白銀の尾から枝が離れ、赤い実をつけた枝葉が元の高さへ戻っていく。


『やっぱり、君は変わっているね』


「そうでしょうか……?」


『彼のそばへ自分から戻ろうとする人間なんて、君くらいだと思うよ』


レイラは返す言葉を探したものの、何も浮かばなかった。


十分な山菜と木の実を集め終えると、二人は来た道を洞窟へ引き返した。


やがて木々の向こうに、漆黒の巨体が見えてくる。


ヴェルドラは洞窟の入り口へ伏せ、レイラたちが戻ってくる方角を見据えていた。


姿を見つけた途端、黒い尾が岩床を一度打つ。


「ただいま戻りました、ヴェルドラさん」


『遅い』


「すみません。木の実を探すのに、少し時間がかかってしまって」


『僕が一緒にいたんだから、心配する必要はなかっただろう?』


『貴様がいたからだ』


ラルクは気にした様子もなく、ヴェルドラの横を通って洞窟へ入る。


『何を話していた』


背後から飛んできた声に、レイラが振り返る。


「山菜や木の実のことを、少し」


『それだけか』


「それから……どうして私がここへ戻ってきたのかと、ラルクさんに聞かれました」


赤い瞳が、ラルクへ向けられた。


『余計な詮索をするな』


『ただ気になっただけだよ』


『貴様には関係ない』


『彼女は答えてくれたけどね』


ヴェルドラは牙を覗かせ、低く唸った。


『そんなに怒らなくてもいいだろう。君のことをもっと知りたいと言っていたよ』


「ラルクさん……!」


レイラの頬が、微かに赤くなる。


ヴェルドラは何も言わず、目の前に立つレイラを見下ろした。


「その……まだ、知らないことばかりですから」


赤い瞳から逃れるように、レイラは顔を伏せた。


しばらく沈黙が続いたあと、ヴェルドラは鼻を鳴らして泉のそばへ戻っていく。


『勝手にしろ』


レイラはその背中を見つめていたが、やがて集めた山菜を片づけるため、焚き火の前へ戻った。


ラルクは入り口近くへ身体を伏せた。


その口元には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。


『また採りに行くときは手伝うよ、レイラ』


「ありがとうございます」


ヴェルドラの尾が、岩床を強く打った。


音に驚いてレイラが振り返ると、赤い瞳はラルクを睨みつけている。


ラルクは気づいていながら、何も言わずに白銀の前脚へ顔を載せた。

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