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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第6章【白竜の来訪】

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3話

『帰るぞ』


ヴェルドラはラルクから顔を背けると、レイラを胸元へ抱えたまま地面を蹴った。


傷の残る黒い翼が大きく広がり、木々の上へ舞い上がる。


「ヴェルドラさん、まだラルクさんが——」


『放っておけ』


言い終わるより先に、背後から羽音が近づいてきた。


振り返ると、白銀の巨体が何事もなかったように後ろを飛んでいる。


ラルクはレイラと目が合うと、穏やかに目を細めた。


やがて山の中腹へ辿り着き、ヴェルドラが洞窟の前へ降り立つ。


レイラを岩床へ下ろした直後、その背後へラルクも舞い降りた。


ヴェルドラの赤い瞳が、険しく細められる。


『何故ついてきた』


『もう少し、君たちを見ていたくなってね』


『失せろ』


『そう急かさなくてもいいだろう』


ラルクはヴェルドラの横を通り過ぎ、洞窟の中へ顔を覗かせた。


『ここが今の君の住処か』


『勝手に入るな』


制止する声にも構わず、ラルクは洞窟へ前脚を踏み入れる。


白銀の巨体が入ると、広かったはずの洞窟が急に狭くなったように感じられた。


ラルクは中を見回したあと、入り口近くの広い岩床へ身体を伏せる。


ヴェルドラの爪が、岩床を強く擦った。


レイラは二頭の間へ視線を行き来させたあと、抱えていた鞄を壁際へ下ろした。


「あの、荷物を片づけてもいいですか?」


ヴェルドラから返事はなかった。


レイラは鞄を開き、持ち帰った衣服や食料を一つずつ取り出していく。


畳んだ衣服を岩棚へ置き、袋に入れた食材を焚き火のそばへ運ぶ。


最後に毛布を取り出すと、岩床へ散らばったままになっていた草や葉へ目を向けた。


レイラはその場へ膝をつき、使えそうなものを集め始める。


その様子を眺めていたラルクが、僅かに首を傾げた。


『君は、そこで眠るの?』


「はい。いつもここで寝ていました」


草を集めていた手が、ほんの一瞬止まる。


「前の寝床は、壊れてしまいましたから」


ラルクの淡い水色の瞳が、ヴェルドラへ向けられる。


赤い瞳が睨み返すと、ラルクは何も言わずに顔を戻した。


レイラは集めた乾いた草を平らに整え、その上へ持ち帰った毛布を広げた。


新しい寝床を指先で確かめ、レイラは小さく息をつく。


洞窟の外へ目を向けると、陽はすでに西へ傾き始めていた。


レイラは焚き火の前へ移動し、鍋へ水を注いだ。


火を起こすと、持ち帰った野菜と干し肉を切り分け、鍋の中へ入れていく。


しばらくすると、煮込まれた肉と野菜の匂いが洞窟へ広がった。


ラルクが興味深そうに鼻先を動かす。


『それは何?』


「夕食です」


『人間は、食べ物へ随分と手を加えるんだね』


「はい。私たちは、獲物をそのまま食べることはできませんから」


『僕たちは、そのままで十分だけどね』


「ヴェルドラさんも、今は私が作ったものを食べてくださいます」


ラルクの視線が、泉のそばへ伏せているヴェルドラへ向けられた。


『君が、人間の料理を?』


『何か文句があるのか』


『いや。本当に随分と変わったと思ってね』


ヴェルドラは苛立たしげに顔を背けた。


煮上がったスープを木椀へ盛ると、レイラは一つをヴェルドラの前へ置いた。


もう一つの木椀にもスープを注ぎ、入り口近くへ伏せているラルクへ顔を向ける。


「ラルクさんも、よろしければ召し上がりますか?」


『僕にもくれるの?』


「はい。お口に合うかは分かりませんけど……」


レイラは差し出した木椀をラルクの前に置いた。


湯気の立つスープへ鼻先を近づけ、匂いを確かめる。


やがて舌先で一口掬うと、淡い水色の瞳が僅かに見開かれた。


『悪くないね』


「よかったです」


レイラは安心したように微笑み、自分の木椀を手に取った。


ヴェルドラは黙ったままスープを口へ運んでいる。


三人の間に、焚き火の弾ける音が響いた。


「ラルクさんとヴェルドラさんは、どうやって知り合ったんですか?」


レイラの問いに、ラルクが顔を上げる。


『初めて会ったとき、彼は僕の獲物を横取りしたんだ』


『我の縄張りへ入った貴様が悪い』


『あそこは君の縄張りではなかったよ』


『我が立った場所は、すべて我の縄張りだ』


ラルクは呆れたように息を吐いた。


『昔から、こういう奴なんだ』


レイラは木椀を抱えたまま、僅かに口元を緩めた。


それに気づいたヴェルドラが、鋭い視線を向ける。


『何がおかしい』


「すみません。何だか、今とあまり変わらないと思って……」


『君のことを知りたいと言うから、教えているだけだよ』


『余計なことまで話すな』


ラルクは気にすることなく、残っていたスープを舌ですくった。


『……けれど、本当に死んだと思っていたんだよ。君の気配は、どこにもなかったから』


ヴェルドラは答えず、空になった木椀から顔を上げた。


『そういえば、イザベラも君の気配が消えたときは気にしていたよ』


『知ったことか』


『君たちは、揃うと本当によく目立っていたからね』


「イザベラさんというのは……?」


『僕たちと同じドラゴンだよ』


レイラの指先が、木椀の縁をそっとなぞった。


何かを尋ねようと顔を上げたとき、ヴェルドラの低い声が響く。


『くだらぬ話は終わりだ』


ラルクはそれ以上続けることなく、前脚のそばに置かれた木椀へ目を向けた。


『しばらく、ここで過ごすことにするよ』


『誰が許した』


『別に許しを求めた覚えはないよ』


『今すぐ出ていけ』


『数日くらい、いいじゃないか』


ラルクは白銀の前脚へ顔を載せた。


ヴェルドラはしばらく白銀竜を睨んでいたが、やがて諦めたように泉のそばへ身体を伏せた。


レイラは木椀と鍋を片づけると、作り直した寝床へ向かった。


新しい毛布に包まり、二頭の竜へ顔を向ける。


「おやすみなさい、ヴェルドラさん」


赤い瞳が、レイラへ向けられた。


「ラルクさんも、おやすみなさい」


『おやすみ、レイラ』


ラルクは穏やかに答え、目を閉じた。


やがて寝床から、レイラの静かな寝息が聞こえ始める。


洞窟の入り口では、ラルクも身体を丸めている。


泉のそばへ伏せたヴェルドラだけが、いつまでも赤い瞳を閉じようとはしなかった。

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