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暴虐の黒き竜と囚われの娘【R15版】  作者: いをり。
第6章【白竜の来訪】

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2話

『我の玩具だ』


低く響いた声に、ラルクは僅かに目を細めた。


『玩具、ね』


ヴェルドラの赤い瞳が、険しく細められる。


『何だ』


『別に。ただ、君にしては珍しいなと思っただけだよ』


先ほどヴェルドラが人間を抱えていた姿を思い返すように、白銀の尾がゆっくりと地面を撫でた。


ヴェルドラの爪が、苛立たしげに地面を掻いた。


『用が済んだなら失せろ』


『久しぶりに会ったんだ。もう少しくらいいいだろう』


ラルクはヴェルドラの返事を待たず、木々の間へ身体を伏せた。


ヴェルドラは不快そうに唸ったものの、それ以上は何も言わなかった。


やがて陽が高く昇り、木々の影が短くなり始めた頃、森の奥から微かな足音が聞こえてきた。


ヴェルドラの耳が動き、赤い瞳が木々の向こうへ向けられる。


それまで苛立ちに満ちていた意識が、たった一つの足音へ向けられたことに気づき、ラルクも同じ方角を見た。


やがて木々の間から、大きく膨らんだ鞄を抱えたレイラが姿を現す。


「ヴェルドラさん、お待たせしまし——」


言葉が途中で止まった。


見慣れた漆黒の巨体の向かいに、もう一頭の竜がいる。


ヴェルドラとはまるで異なる、白銀の竜だった。


レイラの足が止まる。


「……ドラゴン?」


思わず漏れた声に、二頭の視線が同時に向けられた。


レイラは驚きに目を見開いたまま、ラルクを見上げる。


「ヴェルドラさん以外にも……ドラゴンって、いたんですね」


『もちろん。滅びた覚えはないよ』


ラルクは穏やかに目を細めた。


『僕はラルク。ヴェルドラとは昔からの知り合いだよ』


レイラは二頭の竜を交互に見た。


ヴェルドラ以外の竜と出会うなど、考えたこともなかった。


「私はレイラと申します」


ドレスの裾を摘まむ代わりに鞄を胸元へ抱え、軽く頭を下げる。


『レイラか。よろしく』


ラルクが顔を近づける。


レイラは僅かに身体を強張らせたものの、逃げることはなかった。


近くで見る白銀の鱗は、ヴェルドラのものとは全く違っている。


光を吸い込むような漆黒ではなく、表面を滑った陽の光が淡い輝きとなって森へ散っていた。


『いつまで見ている』


ヴェルドラの低い声に、レイラは我に返った。


「す、すみません。ヴェルドラさんとは鱗の色が全く違うので……」


『構わないよ。君が見たいなら、好きなだけ見ればいい』


ラルクは余裕のある声で答えた。


その視線を遮るように、ヴェルドラが二人の間へ顔を割り込ませる。


「ヴェルドラさん」


レイラが宥めるように名前を呼ぶ。


ラルクの視線が、二人の間を行き来した。


『君、人間に名前を教えたんだね』


『それがどうした』


『ずいぶん気に入っているんだね』


『まだ壊れていない。それだけだ』


ヴェルドラは吐き捨てるように答えた。


ラルクはそれ以上何も言わず、レイラの抱えている鞄へ視線を移した。


『それを持って、彼のところへ戻ってきたの?』


「はい。ここで暮らすために必要なものを取りに行っていました」


『自分から?』


「はい」


レイラは迷うことなく頷いた。


「日が沈む前に、ここへ帰ってくると約束しましたから」


ラルクは淡い水色の瞳を僅かに見開いた。


逃げる機会がありながら、自ら黒竜のもとへ戻ってきた人間。


しかも、ヴェルドラのそばを帰る場所と呼んでいる。


『ずいぶん変わった人間だね』


「そうでしょうか……?」


『彼と一緒に暮らそうと思うくらいにはね』


ヴェルドラの赤い瞳が険しく細められるのを眺めながら、ラルクは白銀の尾をゆるりと揺らした。


『君、僕のところへ来ない?』


「え?」


『少なくとも、彼よりは丁寧に扱うよ』


レイラが答えるより先に、黒い尾がその腰へ巻きついた。


身体が後ろへ引かれ、ヴェルドラの胸元へ抱え込まれる。


鞄を落とさないよう抱き締めながら、レイラは赤い瞳を見上げた。


『二度と我の玩具に戯言を吐くな』


森の空気を震わせるほど低い声だった。


それでもラルクは怯むことなく、楽しそうに目を細めた。

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